第34話 貧血

Side:アレックス



「ジ、ジルさん、本当にクンスカするんですか?!」


 彼らを連れ、ジュリーの家に来ている。


「ジュリーの下……ま、魔力残滓を感じるにはそれしかない、のだ」


 ジルは震える手で彼女の肌着を鼻に押し付けている。

 この変態野郎。


「おお……大分アレックスの匂いが……青春しやがって……お盛んな……ん! ……甘美でコシのある大人の残香……マジか……なんて羨ましい……」


「変態! 魔力を調べるんじゃなかったの?」

「儂のジュリーが汚されていく……」


 闇堕ちしている彼をみるとなんだか下腹部が熱くなってくる。

 あぶない。


「ちょっと、ジルさん……どう? 場所はわかる?」


 彼は手を伸ばすと何かを開始した。

 

 ……見つけたようだが浮かない顔をしている。

 

「ああ、なんかマズいな。捕まっているかも。スラムの最奥の廃墟だ」

「おぬしら急ぐぞ!」


 さて、どうする。

 どうやって出し抜くか。

 私はあのメモに書かれた彼の名をみたときから、違和感とある答えに辿り着いていた。

 

 No.624……。

 数ある異世界の中でもパッとせず、魔法のせいで足踏みしている文明は死亡率も高い。

 現代ギャップ率はかなりのもので精神崩壊を起こす。


 それを補う方法が異世界リンクといわれる精神プラグインと単独で働き続けるエッジデバイスだ。

 チートを具現化し、精神安定物質を常に供給し続ける。これらが動いている間は死ぬことはない。


 そう。

 きちんと補助ツールやチートが稼働していれば発狂することなどありえないのだ。


 近衛兵はなぜ発狂したのか。


 どうやって“転生”という言葉に行きついたのか。


 『勝利の美酒』は城内の数百人規模に振舞われている。

 近衛兵ひとりですら失敗したのに、ここまで慎重に準備したマーカスが強行すると思えない。


 まだある。

 数百人を一気に転生させる意味がないことだ。

 技術的に可能だとしても、派閥の要人、下手をすると王様に転生すれば好きにこの国は牛耳れる。


「さっきから青い顔をしてどうした? クンスカは不可抗力だぞ」


「大事な薬を士官学校に忘れてきてしまいました……。リンダ、申し訳ないけど取りに行くのに付き合ってくれないかな。ジルさん、お爺さん、先に向かってください」


 ジルは頷くと怪訝な表情のお爺さんを連れて部屋を出て行った。


「ふぅ。さあ、急ごう」

「……わかったわ」



◇◇◇



「ねぇ。アレックス。……どういうこと? なぜ一緒に行かなかったの?」

「ごめん。こっちも大事なんだ」


 私たちは少し寄り道をした後、薄暗い地下アジトに戻っていた。

 まだランタンの灯りは残っていたが、すでに規制線は解かれ、衛兵たちは散っている。


「どーして戻っているのよ! 早くジルを追わないと!」

「しー! そんな大声だしたら見つかっちゃうよ」


 奥へ進む。

 私がいた部屋から薄明かりが漏れている。


「……やっぱり」

「!」


 理科室のような部屋は魔力で溢れていた。

 保護したはずの研究者や軍人、使用人の姿もある。


 目でリンダに合図をして静かに中に入ると資材の後ろに隠れた。


「あ、あれ、マーカスじゃない? なんでここにいるのよ。お爺さん……死んだって」

「静かに……今に分かる」


 長机の上にシーツが敷かれ、その上に見たことのない男女数人が横たわっていた。


「さて、諸君。これから忙しくなるぞ! 急いで暗示を掛けろ。薬の増量も忘れるなよ」

「「「「はっ」」」」


 

「リンダ、説明はあとで。私たちが気付かれずに妨害できる?」

「そうね……。やってみるわ」


 彼女は即座に黒猫に変化すると部屋の隅に立つ兵士の後ろに素早く隠れた。

 隠ぺいを使ったのか、存在は感じるが気にならない。


 よく目を凝らしてみると兵士の口を後ろから抑え、首筋に噛みついている。

 一瞬膝を曲げた兵士だったが脱力したままふらりと歩き出した。


「……あれただの貧血症状じゃない?」


 半吸血鬼になって襲い掛かるものだと思ったらどうやら違うらしい。


 ドシャ!


 兵士はフラフラになりまながら実験器具の棚に寄りかかり、派手な音を立てて倒れた。

 視線が注がれた隙を見つけ、詠唱を始める。


「いでよゴーレム!」


 魔力が充満していることもあり、簡単に三体のゴーレムが作れた。


「侵入者だ!」

「奴らを近づけるな!」


 腕を振り回すゴーレムに次々に飛ばされていく。


「アレックス、君だろ? わかっている。まずは話をしようじゃないか」



 マーカスに殴りかかったゴーレムが爆ぜた。

 そして他の二体も崩れ落ちる。


「出て来いよ。君は勘違いをしている。ゆっくりでいい……」


 ……彼の言葉が黒く染み入る。

 心地よく堕落が私を導こうとしていた。

 聞いてはダメ……。



「マーカス教官……今、いきます」



 私は両手を上げながら物陰から静かに出た。

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