第32話 策士VS鬼謀

大橋にて

side:イーギス


「盾は上空の矢を防げ! 魔法は障壁を張るんだ!」

「「「「「おう!」」」」」


 偽装した特殊兵たちは橋幅を一杯に使い、一歩一歩着実に近づいてくる。


「おい! このままではジリ貧だぞ!」

「……んなこといわれても弓兵と魔法兵に反撃する手立てなど……」


「「……あるな」」



 バルジは弓の雨を盾で防ぎながら器用に魔法を避けている。

 今のところ被弾者はおらず、騎馬のない我々は出鼻を挫かれていたが、防戦に回る必要などないことに全員が気が付いた。


「おっとっ、あぶねぇ。おおい! スコット!」



 バルジの呼びかけに涼しい顔の優男が応えた。


「なんでしょうか」


「例のあれ、やってくれ」


「ああ、適任だな」

「スコットさん、どうぞ」

「お任せします」


 彼のアレをよく知っている他の者も次々と(名誉ある)先陣を押し付けた。


「みんな……いいのかい?」

「「「どうぞ」」」


 その言葉に感動したのか、お人好しのスコットは嬉しそうに鼻歌混じりで台車から荷を取り出した。


「出る幕なさそうだな」

「……あいつら……なんか可哀そうになってきた」


「先輩、スコットさんは何をなさるんですか?」


「あまり気持ちの良いものじゃない。何を見ても朝食は吐くなよ」

「は、はぁ……」

 


「と、とりあえずミシガン、リチャード、スコットに飛んでくるものはお前らが弾け! バルジ、お前責任もって手伝ってやれよ」


「「はっ!」」

「はいよ」


 スコットは背伸びをするとアトラトル投槍器を構え、短槍の束から一本手に取った。


「いきますよー」


 緊張感のない声で助走を軽くつけ、無造作に敵陣に放つ。

 槍はほぼ水平に飛んでいき、敵陣に血しぶきと悲鳴とともに消えた。


「……お、おい、マジか。あいかわらず恐ろしいな」

「二百メートル以上あるよな……」

「な、何人やった?」

「わ、わからん」

「ヤ、ヤバ……」


「次」


 バルジが我にかえり、短槍を彼に渡す。

 

「ふん!」


 二投目も敵陣に吸い込まていった。

 たった二投で阿鼻叫喚地獄絵図。

 俺の表現力ではこれが精いっぱいだ。



「「「「……」」」」

 

 葬式のような沈黙が敵味方に起こり、誰ひとり現実を受け入れられていない。

 証左、すでに反撃も消え、矢と魔法はピタリと止んでいる。



「次」


 次々にスコットは投げ続ける。

 訓練で体験していた俺たちでさえ、死神の投擲に足が震えている。


 現実離れした悪夢の六投目が終わるころには……敵は気が付いたようだ。

 これは戦っちゃいけない奴だと。明らかに戦意を消失している。


 盾すら貫通した串刺しが並ぶ光景は恐怖しかない。


「お、俺も戦う気が失せた」

こいつスコットは人間兵器だな」

「ああ、震えが止まらん。カタパルトを喰らったほうがマシだ」

「味方でよかったです」

「朝飯が……うぇぇ」



「先輩、そろそろ突撃します?」


 陸軍の特殊兵ごときに突撃専門職の騎士団を防げない。

 天然スコットの突貫に全滅してしまう。

 これ以上遺族を増やす必要はないだろう。


「いや、やめておこう。……降伏を勧告してくれ」


 スコットは短槍を担ぎながら一人で敵陣に歩き始める。


「おおい! 降参してくださーい!」


「ひぃぃぃ!」

「に、逃げろ!」

「冗談じゃない!」

「あ、悪魔だ!」

「悪魔が来たぞ!」


 堰を切ったように残兵は我に返り、あっという間に散った。

武器と貫かれた仲間だけが橋に残る。


「せんぱーい! 逃げちゃいました!」


「なぁ、イーギス、さっきから震えて動けねぇんだが」

「命令はここを死守することだから問題ない。俺も動けねぇしな」


 人間扱いしてもらえないスコットのお陰で、大橋の戦いは団長の読み通り簡単に片付いてしまった。




◇◇◇


城内、広間


Side:スレーター公爵


「閣下、地下からの侵攻部隊は追撃部隊と騎士団の挟み撃ちで殲滅。大橋はすでに騎士団が圧勝しております。敵の主要な将兵はすべて捕えたとのこと……大勝利です!」


「「「「おおおおおお!」」」」


 一方的な戦果報告に、ここ議事室は地鳴りのような歓喜に包まれた。

 集まった大臣や高級官吏、宮廷貴族たちは肩をたたき合い、安堵の表情を浮かべている。

 伝統の『勝利の美酒』が回され、皆が勢いで飲み干す。

 

 大して美味くもない酒。無理やり喉を通す私とは対照的であった。



「スレーター宰相閣下、何かご不安でも?」

「いや、なんでもない」



「大勝利おめでとうございます。あの策士マーカス大佐を手玉に取るとは流石でございます!」


「……マーカス大佐は何か吐いたか?」

「いえ、まだ尋問は始まっておりませんが……」


「どうした?」

「それが、閣下ご本人に伝えることがあると申しておりまして」


「私に? ……よし。それなら尋問に立ち合おう。支度をしてくれ」

「はっ」






 地下の尋問室は廊下を挟んですべて埋まっていた。

 悲鳴や怒声が混じる扉を何枚も過ぎ、最奥の静かな部屋に入る。



「ほう。まさか本当に来ると思ってもみなかった。呼んでみるものだ」

「口を慎め! 裏切者がっ!」


 手練れの拷問官が痛点を刺突するが彼はヘラヘラと笑っていた。


「よい。彼は優秀な軍人だ。痛みには強いだろう。……私に伝えたいこととは何かね?」

「そうだな……まずこの拘束を解いてくれ」


 鉄製の椅子に後ろ手で縛り、裸のまま自死封じの首枷を付けている。

 こんな調子では、言いたいことだけを聞かされる羽目になりそうだ。


「残念だが、外すことはできなのだよ。すまんな」

「ははは! 冗談だ。まずは聞きたいことがあるなら答えようではないか」


 尊大な態度は敗者のそれではない。

 

「……君ほどの者がこのようなバカげた作戦を行った意図は何かね?」

「バカげた? 完璧だよ。ただ運がなかったようだ」


 適当に会話をこなしているのがわかる。狙いがまだわからない。

 私は少し付き合うことにした。


「地上でも地下でも何百人もの犠牲者を出した。可愛がっていた部下や士官学校の生徒もいる。それについては思うことはないのかね?」


「彼らには申し訳ない。だが細事・・だ」


 この惨劇を細事と言い切った。

 多くの教え子が今回彼に乗せられ、信じたばかりに将来と命を失った者も多い。

 

 この男は本物のクズだ。

 

 無駄な時間、ならば去ろう。



「君と最後に話せてよかったよ。……もう少し有意義な時間が過ごせると思ったのだが」

「待て。もう少し……その件について話そうではないか?」


 態度が急変した。

 一体何に反応したのか。


 わずかだが突如の狼狽。怯み。


「その件とは?」

「有意義な時間についてだ」


「よくわからん……座して死を待て」



 踵を返す。

 時間稼ぎならば……さぁ、呼び止めろ。


「……ま、待て! 私はどんな死を選べる?」


 これで引き止めたいのは間違いない。

 だが何のために?

 死ぬ気がないのに死に様を気にするなど笑止。


「情報だ。内容によっては好きな死に方を選ばせてやる」

「おお、本当だな? で、何が知りたい?」


「目的だ。真の目的を話せ」


 わざとらしく見上げ、考えているフリをしている。

 露骨な時間稼ぎだ。


「とっておきの話をしよう。……十日前、王を襲った近衛兵の事件を覚えているか?」

「忘れるわけがなかろう」


 錯乱した近衛兵が背後から王に斬りつけた事件。

 王は一命をとりとめたが、斬りつけた彼は他の近衛兵に串刺しにされた。

 その後の捜査で彼の部屋から効き目の強い薬と、見たことのない文字の羅列が書かれた手紙、そして首を吊ろうと思ったのか、ロープが発見されている。


 結論はその薬の量を間違え、ことを起こしたことになっていたが……。


「表向き薬の飲み合わせが悪かったことになっているが実はちがう」

「違う? 薬が原因じゃないと?」


 彼は深く息を吐くと真っすぐに私をみた。


「その薬が発端なのは間違いない。ただ彼は混乱はしていたが、発狂もしていなければ錯乱もしていない」

「何?」


 もったいつける彼に私は苛立った。


「転生、という言葉を知っているか? たとえばあんたが私になる。正確には“乗っ取る”といったほうがしっくりくるだろう」


 転生? 乗っ取り?


「この転生は何も同じ世界の中で起こるとは限らない。まったく別の世界からこの世界にやってくることもあるという」


 時間稼ぎの話にしてはお粗末。

 荒唐無稽もいいところだ。


「最後まで聞けよ。あの事件簿に書かれている目撃者の話を読み返せば……合点がいくさ」

「別の世界の者……それがあの近衛兵だと? バカバカしい。仮にそうだとしたら元の彼はどこにいるんだ」


「ヤツがどこへいったかなんて、どうでもいい。大切なのは私のことだよ。もし仮に私の体に誰かが入ったら私はどうなると思う?」

「……真実かどうかもわからない話の先を語りようがない」



「ふん、確かに。……ある日、私は神に出会い、彼は言ったのだ。『その体を渡せば、好きな体をくれてやる、と』どうだ、凄いと思わないか?」


「……」



「それからだよ。転生というやつに憑りつかれたのは。研究し、依り代を用意し、やっと安全で完璧な薬が完成したのだよ」


 マーカスは口角が上がり、ニヤついている。

 異常に興奮しているようだが目は真実を語っていた。


 信じられぬが、マーカスが真実として受け入れてしまっている。



「それで、君の体はだれが使うのだ?」


 話を合わせ、情報を引きだす。


「さあな。聞いたこともないし、知りたくもない」

「話を戻そう……近衛兵が転生した者という証拠はあるのか?」


「くくくっ。証拠? あの薬を飲ませたのは私だ。目の当たりにすれば嫌でも信じる。まったくの違う人格が彼に憑りついたのだ! ……そうそう、なぜ私はこの話をしたと思う? あんたならわかるだろう?」



「何が言いたい。早くいえ」

「私の目的は達した、ということだよ。……カンパイ! がははは!」

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