第27話 不断

 俺は首を垂れ、棍を捨て膝に手を付いた。


「ぐふっ」



 もうだめだ、絶対絶命だ、と相手にみえることがポイントだ。



 ブンブン丸相手に降参なんてするはずがないだろうが。

 これから身をもって知ってもらうが、槌技とはもっともっと美しいものだ。



 ゆっくりと両手を曲げた股の間に滑らせていく。

 腰を限界まで落とし、股関節を広げる。

 膝の力を抜いてき、脹脛ふくらはぎに力を蓄える。

 

 闘気を巡らせ身体強化を掛けた。



「お、お前! くそっ!」



 気付くのが遅い。

 ヤツは俺の行動に驚き、スタンスを広げ、構え、メイスを振り上げていることだろう。


 一瞬後には俺の頭をカチ割っているはずだ。

 


「だが、遅いよ」



 俺の鉄槌が奴に股間に吸い込まれる。


 グシャ!


「い、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 鈍い感触と濡れた破音、一瞬で血の気を引かせ、悲鳴とほぼ同時に奴はゲロを飛ばす。

 内股のままヨロヨロと揺れたと思ったら泡を吹いて倒れていた。




 純粋に動作の差だ。

 追い込んだハズの部屋の隅は左右と後ろの三辺を安全に埋めてくれる。

 相手は正面の刺突か、大上段から叩きつける二択。


 追い込んでからの刺突はこない。

 選択肢はあるようでないのだ。


 攻撃方向を限定させる角は反撃カウンターには最高のポジションだ。


 ヤツは『驚く・構える・持ち上げる・振り下ろす』の4つのモーション。

 俺は既に腰を曲げ、『構え』は終わっている。

 

 後はアイテムボックスを股の間、尻に出し、俺の鉄槌を『振り上げる』だけ。



 多少卑怯だが、たったの1モーション。どちらが美しく早いか。



 腰の持ち上げる力は体重の三倍、上体を起こしただけでかなりの威力になる。



「これが正しい槌の使い方だ! って……メッチャ痛そう……うわぁ」


 

 ちゃんと勝因はそれだけじゃない。大ぶりな槌技は常に鋭いカウンターを警戒する。


 コイツもそれを警戒していたハズだ。

 ところが俺の得物の”棍”は殺傷能力がなく一撃必殺を持たない。要はメイス男には効かないのだ。

  

「他は……」


 見渡すと無傷な者はいなかった。

 敵、味方構わず雑魚を巻き込んで戦闘不能にしてくれたメイス男に感謝しないと。

 〇玉を潰してしまったが、感謝感謝。

 

「第一ステージクリア!」


 俺は頭を軽く下げ、ボスが待つという奥の部屋へ進んだ。





◇◇◇



Sideアレックス



「ジュリー、急いで! ジルさんに追いつかなくちゃ」



「はぁ、アレックス、彼女に任せておけばいいわ」

「何を言っているんだ、君のことだろう?」



 待ち合わせに遅れたジュリーの腕を取り、ジルの乗り込んだアジトへ急ぐ。

 私以外にも同じ班のメンバーは突入せず、周囲を警戒しながら張っているはずだ。



 提案者が遅れる訳にもいかないし、ジュリーが押し付けた責任もある。

 気乗りしない彼女に私は腹を立てていた。



 ピィーーー!


 ピィー!



「あれは……軍の突入の笛?」

「あら、予想外に早かったのね。私は行くところができたわ。またね!」



「お、おい、ジュリー! ジュリア! 待つんだ!」



 彼女は緩んだ腕を解き、信じられない速さで街角へ消えていった。

 方向もアジトとは逆で、私は彼女を追うべきか、笛の鳴る不良のアジトの方を追うべきか、結局迷ってジュリーを見失ってしまった。


 優柔不断な私は精神が追いつかず、何一つ決められない。

 もう何かに巻き込まれることは直感で分かっていても、彼を異世界に飛ばした日と同じで客観視している私がいる。


 同じ過ちを犯そうとしている自分が情けなさよりも、容認している恐ろしさが完全に上回ってしまった。





 気持ちが整理できぬまま、足は止まらず、アジトへと着く。

 当然のごとく物事は動き始め、事態は想像を超えていた。




「……」



 兵士たちが不良たちを捕縛し、次々と連れ出している。

 一個中隊は来ているだろうか、中からガラの悪い少年少女を縄に付け、急ごしらえの天幕の側まで連行している。

 半分以上が担架で運ばれていた。



「特殊科の課題だと通じていないのか?」



 連れていかれる中に背の高いボーイッシュな少女がみえた。



「え、ちょ、ちょっと待って! ジルさん、か、彼女は違うんです! ちょっと!」



 連行されていく中にジルがいた。

 体中汚れて血塗れ、特に左耳の辺りは赤黒く肩や胸まで血に染まっている。

 大人しく連行されているが、傷が酷いのか足どりは怪しい。



「ジルさん! どうなって……ちょっと、何するんですか! 私は士官学校の生徒です!」



 兵士たちは聞く耳を持たず、次々に天幕の側で身辺徴収をされ護送馬車に乗せられていく。

 声が枯れるまでジルへの誤認を説明したが、誰一人相手にしてもらえない。

 規制線が張られ、盾持ちの兵士が等間隔に並び始める。



 野次馬たちは集まり始め、不良たちを好奇の目で眺めながら揶揄したり、近くの兵士と何事かと会話をしていた。



「でたぞ!」

「見つけたぞ!」



 何事かアジトの入口をみると袋を抱えた兵士たちが声を上げていた。


「え?」



 その兵士のもつ袋から見えた中身。

 遠く離れていたため、あまりよく見えない。



 いや、そんなことない。はっきり見える。

 あの赤い錠剤。




 私の薬だ。




 ヒミズさんの薬局に卸しているモルヒネがなぜ?



 見間違うはずがなくこの距離の解析も同じ答えだ。


 なにがどうなっている? まずはジルの無実を証明しに……。



 ……私は安全なのか?

 いなくなったジュリー、あの錠剤、そしてジルの捕縛。


 陰謀? 権力もなにもない私を狙うことはない。するとジルか?

 何を迷う。私は悪くない。

 

「どうする?」


 今度こそ迷ってはいけなかった。

 私はブライ家の屋敷に向かって走り出した。





◇◇◇




「慌ててど、どうしたの? ジル様ならとっくに向かっ―――」

「とにかく中へいいかな。時間がないんだ!」


 姉を押すように屋敷内に入り、周囲を確認してから玄関先で告げる。



「申し訳ない! ……ジルさんが拘束された」


「アレックス落ち着いて。意味が分からない」




 私は一呼吸してすぐに自分の目でみたこと、軍の課題とジュリーのことも正直に話した。だが薬のことは言えなかった。



「ジュリーさんはどこへ?」

「わ、わからない。向かう途中ではぐれてしまった」



 どこか彼女を庇う自分がいる。

 姉はそれを見抜いているが、口に出さなかった。



「どうすればいい?」



「う……うん、私たちでは解決できないよ。アレックスはその教官に確認してほしい。間違いならその教官が助けてくれると思うよ」

「わ、わかった、姉さんはどうする?」



「私? ジル様を救うだけだよ」


 お互いの情報共有のために、何か進展があったらここへ来ること、お互い万が一のことがあったときは騎士団のジルの兄に必ず伝えることを打ち合わせた。

 


 姉の目つきが変わり、柔らかな表情は今や武闘派のようだ。気合と決意、覚悟ぐらいの血は私にも流れているはず。

 


「待っていてくれ、ジルさん」

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