第26話 ウサギちゃんララバイ

「たのもー」


 翌週、俺はジュリーとの約束の日に学院を休み、彼女に因縁をつけている不良のいるアジトに来ていた。


 腹案として奴と彼女と揉めているところを、通りすがりの通行人Aとして、たまたま介入し、たまたま成敗するやり方を提案したのだが……。


 アジトにむかってほしいと粘られ、短絡的だが仕方なく殴り込みを選んだ。



 着いたそばから野郎六人に囲まれる波乱。

 だが、かわいい女子一人なのでまったく警戒はされていない。

 低能で卑猥な会話が俺を通り越していく。



「おい、そこのスケ、ここはお前がくるようなところじゃねぞ」

「俺らと遊びたかったら入りなよ、うひひひ!」

「ここで攫っちまおうや。そのままお持ち帰りだぁ。ぐひひ」

「でもよ、スゲーいい女だぜ、何かの冗談にしてはおかしいだろ? ヘッドを呼んだ方がよくないか?」



 俺はバカどもを無視していたが、アジトの中から一向に応対者が現れないので仕方なしに野郎どもに話を合わせた。



「おう、そのバカ頭でよく分かったな。ここの首魁のズルーってヤツに話があるんだ。今すぐここへ呼んで来い」



 全員がポカンと呆けたが、真っ先に逆モヒカンが正気に戻った。

 念のため平民の格好をしているが、俺の醸し出す高貴な雰囲気に只者ではないと、やっと気づいたようだな。


「プッ、どうせ家族の借金でも身体で返しに来た可哀そうな子猫ちゃんだろう? 俺たちが先に相手しもいいんじゃねぇか?」



 はぁ、どうしてそうなる……。どう見ても子猫ちゃんじゃなくウサギちゃんだろうが! 想像力の足りないゴロツキどもだ。


 とにかく臭い男たちに押され、体中触られながら汚いアジトに入ることができた。

 俺の尻をしつこくまさぐっているヤツ。絶対にコロス。



「おい! お前らヘッドの許可なしに勝手に入れんな! そのウサギちゃんはなんだ?」



 俺はこいつの味方をしよう。


「いやぁょ、すげぇ上玉だから皆で回しちまおうかと思ってな」



「お前らのクソダメでやれ。ここはダメだ」

「おい、そんなこというなや。偉そうに」



「あー? 今なっつった?」

「ガミガミうるせーんだよ。俺のおふくろか?」



「んだと? やんのかコラァ!」

「オウ! やったるわ!」


「はいはい、君は黙れ」


 さすがに見かねた私は仲裁に入った。



 俺をウサギちゃんと呼んだ偉そうなハゲちょびんの入れ墨男にウインクして、尻をこね回していた逆モヒカンの髪を引っ張り地面に押し倒す。


「痛てててて! 放せクソ野郎!」

「誰が野郎だ、超絶美少女相手に臭い口を向けるなハゲ」


「おい、お前何してる!」


 味方のはずの入れ墨男が俺の肩を掴む。

 周囲の不良どもは余興としてみているのか、ヘラヘラと笑っているだけだ。


「入れ墨! お前、裏切るのか?」

「なんの話だ、手を離してさっさとそいつらと出ていけ」


 空気の読めない逆モヒカンは立ち上がろうと唸るが、俺の手は解けない。

 腰のナイフを抜こうとしたので先に拝借して柄で数回殴りつけた。


「大人しくしていろ」

「うぐっげっ」



 やりすぎたらしく気持ち悪い声を出して倒れたので、ぐったりしている逆モヒカンの手にそっとナイフを戻した。


「ふぅ……危なった。やらねば私がやられるところだった」


「……」

「お、お前……」

「こいつヤベぇ!」


「やっちまえー!」

「ブッ殺せ!」


 実力差を目の当たりにして、どうして「やっちまえー」になるのかわからないが、踏み込まれる前に後ろ回し蹴りを墨男の顎に入れ、右の男の股間を蹴り上げ、左の男は喉に手刀を入れた。


「うごっ!」

「ギャッ!」


 後ろから羽交い絞めにされるが、頭突きをお見舞いし、最短距離から肘を叩き込む。


 受け身も取れず、ただ転げまわる奴らをみても周囲の不良どもが戦意を失わないのは、俺をレイプする競争相手が減った認識なのだろう。


 全部で二十四人。


 俺は入り口でも出口でもない部屋の壁際に向かって走った。

 戦闘態勢をとっていない三人が壁の前にボケっとたっていたからだ。


「はっ!」


 二人の顔面を蹴り飛ばし、残り一人を突き飛ばす。

 広くない部屋。

 遮蔽物や障害物が多い。


 俺にはどうしても背を守る壁が必要だった。

 

「囲め!」

「捕まえろ!」


 興奮した男たちは手に武器を持ち、俺を追いかけ囲った。

 それを横目でほくそ笑みながら眺め、軽く挑発する。


「やりたきゃこいよ」

「このアマぁー!」


「ぐぇ」


 真っ先に突っ込んできた男を利用し、他の奴らから死角を作ってもらう。

 十分に引きつけ、クロスカウンターで仕留める。


 みられたくないアイテムボックスから、金属製のナックルとトリネコの木に似たリダという樹から削り出した四尺棍(約1.2メートル)を取り出した。

 倒した男の身体をわざとらしくまさぐり、武器を奪ったようにみせる。


 これで罠は張った。

 

 左半身を前に棍を背に回し、腕を使ったテコを意識しながら勢いで回す。

 これはブライ家に伝わる”馬上棍”と呼ばれる構えだ。


 海や大河がある地での棍術は右半身を前に出すそうだ。

 ブライ家うちは古今東西、汎用から色物までありとあらゆる武器の使い方を習得する。

 それぞれを使いこなしていく過程で、”得手”と言われる自分専用の得物に出会うと初めて深く、達人の域まで技を作り上げることが許された。

 

 数ある武器の中でも”棍”は剣と並び、基礎中の基礎だ。


「やっちまえ!」


「うぉらぁ!」

「死ねやぁぁぁ!」


 パン! パン!


 銃器のような破裂音とともに棍がしなる。

 命を奪わない棍の打撃は死んだ方がマシなくらい痛い。


「ギャァァァァ!」

「イエテェェェェ!」


 少しは学んだのか、四人目配せしながら同時に襲ってきた。


 が、完全同期の挟撃など、不良ごときでは不可能だ。

 個があって武が成る。この場合でいうと左のデブが最も遅く、右端のチビが僅かに速い。


「シュ」


 棍を脇の下から逆回転で回し、チビの顎を砕く。

 その勢いは殺さずテコで勢いを生かし、鎖骨を狙う。

 悶絶してよろけている男の服に棍を引っかけ、そのまま巻き込みながらデブにぶつけた。


「寝るには早いぞ?」


 素早く近づき、上からナックルつきでパウンド(マウントパンチ)を繰り返す。


「ヤバイぞ……」

「……殺される」


「カカカカ!」

 

 返り血を浴びながら大げさに笑うことで多数の戦意を挫いた。

 俺のナックルは刺突がなく、僅かにイラが付いている。

 要は派手に皮膚が破れ、血が跳ねる。


 四人を血塗れの戦闘不能にしたところで、挑発するように手先をクイっと何回か曲げた。


「そこまでだ」

「でたな中ボス」


 もっさりとした巨漢が怯えた不良たちを押しのけ、前に出てきた。


「あ? てめぇ、うちの若いのを随分可愛がってくれたな」

「可愛がる? ププ。準備運動にもならんね。かかってこい木偶」


「フンゴー! ぬん!」


 おっと、あぶない。

 一撃を避ける。


 屈んで正解。

 腕が消えたと思ったら後ろの壁が抉れ、二人の不良が巻き込まれ……本当に飛んだ。

 

「珍しいな。メイス使いか」


 ヤツの腕の延長上に黒光りするごついメイスが伸びていた。

 三十キロはありそうな黒鉄製。

 一部錆にみえるのは返り血だろうか。


「どうした、ビビったのか? ぐへへへ」


「シュ」


 棍は正確に急所を突き、叩き、いなす。

 だが、効いていないし、反対にヤツの攻撃を受けとめることはできない。

 

 元祖の”根の棍”でもあの一撃はあしらえず危険。

 なんとか半開し、閉じ、滑らせ突く。

 

 体術を絡め、風圧に耐え、隙を伺う。


「ちっ!」


 大ぶりなようで柄の根本を離していないため、すぐに打撃が飛んでくる。


 

「お前、もしかして”ボルドの麒麟児”か」

「だったらどうする?」


「フン! 何しに来たのかわからねぇが、田舎の小娘に街の流儀を教えてやろう。ふはははは!」


 どうやら手加減をしていたようだ。

 明らかに手数と速度が上がっている。


「くっ!」


 不利なポジションで傷が増えていく。

 なんとか不良どもをけん制し、メイス男の左側に辛うじて逃れた。


「ほう、背中の壁を捨てるのか。多少は分かっているじゃないか」


 メイスに壁は悪手なだけだ。振り下ろした瞬間がメイスの隙だが、壁で跳ね返る打撃は予想外の動きになり、致命傷をもらってしまう可能性があった。


 俺の動きを先回りしていたのか、すり抜けたと思ったが、ヤツの足先がこちらに向いている。


「やばっ!」

「ふんぬ!」


 間一髪、いや間に合わなかった。初撃を最大威力にする鈍器を使った戦いは厄介極まりない。

 避けたつもりが耳の半分が千切れた。


 俺はたまらず第二撃を嫌がり前方に転げる。


「がははっ!」


 奴は笑いながら詰め寄ってきた。またも重い一撃が飛んでくる。


「?!」

 

 さっきもそうだが避けたはずがなぜか捉まった。

 首を捻って躱したが、鎖骨が砕けた。


「なるほど、突きながらメイスを飛ばしたのか」

 

 メイスと革紐を繋いでいるため、思った以上に伸びてくる。


「わかったところで避けられまい?」


 またも一伸びする。

 屈んで避けながら、そのまま転がり続ける。

 耳が猛烈に熱く、朦朧としてきた。

 

「はははは! なんだその戦い方は! 大口はどこへいった。んぬ!」


 奴がメイスを振るうたび、俺が盾にしている不良たちが潰れていく。

 味方に殺されたら可哀そうなので頭を守るように言いながら走り回る。


「逃げても無駄だ! ぬう!」


 逃げている訳じゃない。機会をうかがっていると言って欲しい。

 


「おらぁ! ふんぬ!」


 とうとう俺は部屋の角に追い込まれてしまった。

 不良たちは誰一人立っていない。


「さて。ここまでかな。”俺は”命だけは助けてやる。ここのボスは知らんがな。さぁ、跪け。がははは!」 


「はぁはぁはぁ」


 俺は首を垂れ、膝に手を付いた。

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