第25話 操り人形

side:ジル


「アレックスくん、いらっしゃい。ようこそ我が家へ」



 俺より頭一つ分背の低い男の子が、これといって特徴のない女を連れて我が家へやってきた。

 ティナの弟は今年で十五歳、俺と同じ年ということになる。


 アレックスは自己紹介をしつつ、彼女も紹介してくれた。付き合っているなんて羨ましい。



「さぁ、中へどうぞ」



 あまりのボロ屋に驚いているのかもしれない、顔を見合わせている二人を案内した。玄関入ったらすぐ客間兼居間兼食堂だ。


 ティナは家族の話や森の村の話などを振ったが、話題の情報量に極端な差があった。

 俺もボルドのことや小さいときに流行ったものなど話題を提供したが緊張しているようで返ってこないことが多い。


 食事の用意に立つティナが都度フォローしているが、明らかに反応が変だ。


「じ、実は――」


 ティナから少しだけ聞いていたが、まさか記憶が飛ぶほどのジャンキーだとはしらなかった。


「……そうか。すまなかった。大したもてなしできないけど、今日は楽しんでいってくれ」



 俺の口は貴族らしくなく、男装までしているが特に奇特な表情や視線は感じない。

 アレックスはどちらかというと女性らしい振る舞いと所作にみえ、隣の彼女よりも女らしいときがあった。

 

 話題を王都の話に変えると二人とも詳しく、俺の知らないことや街の店のことなどいろいろと教えてくれた。


 赤い髪とどことなく個々のパーツはティナに似ているが、他は姉弟と言われてもまったくわからないほど似ていない。

 知性と落ち着きの中に、どこか破壊的な危うさを感じたが、もしかしたら俺以上にティナもそう思っているかもしれない。



「アレックスくんは士官学校へ通っているんだって?」


「はい、そうです」


「それは凄いね。どんなことを学んでいるんだい?」



 同い年と分かっていてもついつい年下に向かって話す口調になってしまう。

 隣に座るジュリーさんは不思議な眼でこちらを見たまま一言もしゃべっていない。



「そうですね、特殊科という学科に通っていまして―――」



 ティナは嬉しそうに弟の話に夢中になっている。

 ああ、なんだこれ。途中から首の後ろがチクチク痛む。

 


「なるほど。凄い実戦的なんだね。ところでジュリーさんとはどこで知り合ったの?」



「私が士官学校の受付をしているんですけど、彼が受けに来たんです」

「へぇ、その時に口説いたんだ」



「はい! 口説かれちゃいました! ただ私、その時は他の方とお付き合いをしていたんです。……アレックスとお付き合いするときに別れたのですが……」


「えっ?! そんな話初耳だけど?」



「心配掛けさせたくなくて。あなたには黙っていたの」



 なんかきな臭い話になってきた。

 元カレと二股掛けているのかな。

 さっぱりしているからそんな感じしたけど。



「私ははっきり別れ話はしているの、でも向こうは納得していなくて……ごめんなさい、こんな話、ここですることじゃないのに」



 ジュリーさんが涙を浮かべている。アレックスは本当に知らなかったようだ。

 ティナもどうすればいいのか困っている。……俺には話を持ち出したジュリーさんの落としどころがわからない。



「元カレに何か嫌なことでもされているのかい?」



「……いいの。ここでいうべきことじゃないから」



 アレックスは彼女の肩を抱き寄せると頭を撫でている。

 俺にはこの情景に作為的な何かを感じた。

 

 絵になり過ぎていて、胸やけが酷い。



「あまり悩むようなら私でよければ聞きますよ?」


 ティナが助け船を出す。

 なんだか普通と言えば普通だが、おかしいと言えばおかしい。


 ちらちらとティナに目を向けるジュリーさんは頷きながら頭を下げた。

 ティナも首の後ろを気にしている。



「お気遣いありがとうございます。相手の暴力や脅しがエスカレートしていて……」



「そんな相手に拗れているの? もっと早く相談してくれたらよかったのに」


「アレックスに相談してどうにかなると思う?」



「そ、それでも言ってくれないとわからないだろ」


「そうかしら。無駄な気がするけど」




「まあまあ、お二人さん落ち着いて。その男を少し懲らしめるだけなら私が出ましょうか? 内容にもよりますけど」


 ジュリーさんが悲し気な顔をつくり、頷きながら口に手をあてながら嗚咽を漏らす。

 アレックスはどことなく怪訝な顔をしており、ティナはアレックスしか見ていない。

 


 その後具体的な嫌がらせや暴力の内容を聞いていたがどうやらかなり酷いことが続いているようだ。

 その男のことに話が及ぶとアレックスは短い悲鳴をあげた。

 ジュリーを睨みつけているが、彼女は俺への説明に必死だ。



「よし、わかった。それだけのことをされているなら来週にでも相手にちょっかい出すのはやめるようにいってくるよ」




◇◇◇



Sideアレックス



「どういうつもりだ! なんであんなことをしたんだ!」



 食事会は途中から記憶が曖昧だった。

 突如ジュリーが暴走して特殊科の課題である街の不良制圧に、彼女をけしかけたのだ。

 私はブライ家の屋敷を出ると怒りで頭が染まっていた。



「アレックスも分かっているでしょ? 最初から頼むつもりなら別に私が言ってもいいじゃない」


「そういうことじゃない! いうのであればこの私から頼むべきだ!」



「うふふふ! 私は正直に言ったわ。付き合っていたのは不良だし、脅されていたことも事実よ」


「なんてことを……本当に元カレなんだね? どうして最初に言ってくれなかったの?」



「うふふ。さっきも言った通り、お互い軽い関係でしょ?」



 そういうことじゃない、と分かっているのにこれ以上いえなかった。


 中身の男との邂逅は思った以上に問題なかったはずだ。

 向こうは多少警戒していたが、私がジャンキーで記憶がない話をすると同情までしてくれた。ティナに少しずつ自分から情報を漏らせば特に探られるようなこともないだろう。



 ただ『側仕えメイドの弟』というだけで、恋人のトラブルに助力を請うなどありえない。女性の頼みは断れなかった、ということにしてもどこかおかしい。




 急激にジュリーへの不信感が増大していく。

何かとてつもないことが私の知らないところで動いているのだろうか。



「それでその後はどうするつもりなんだ?」


「うーん、そうね、あなたは課題をクリアできる。私は因縁から逃れられる。いいことしかないわ」




「……ジュリー!」



 ジュリーはこんなことをする娘だったのか。俺にはわけがわからない。



「あら、私にとってはあなたの方が分からないわ。でもお互い不干渉、それでいいじゃない? ねぇ、これから、やらない?」






Sideジル


 俺は何を約束してしまったのか。公爵からあれほど何もするな、と言われてたのに街のチンピラをノシに行くはめになってしまった。



「わ、私のせいです! ジル様申し訳ございません!」



「ティナのせいじゃない。私の軽率な返答が原因だよ。……でも参ったな」



 本当にわからない。彼女がものすごく可哀そうにみえて……弟想いのティナを悲しませたくなくて……。



「でも受けてしまったんだ。その首魁を大人しくさせればいいだけだ、心配するな」



 できればティナも巻き込みたくない。ジュリーさんの話が本当であれば説得は無意味で戦闘は免れないだろう。タイマンなら問題ないがツルんでいる仲間たちは黙っているだろうか。


 俺は何かわからない冷たいものがぬるりと服の隙間から這い上がってくるような悪寒を覚えた。




「今日はもう寝るよ。下がっていいよ」

「は、はい……」



 この先は俺にしかできないことをする。

 ない頭で考えていても仕方がないからだ。

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