第18話 不正



「……不正は……認められませんでした」



 会議室は荒れていた。

 そしてこの一報。

 儂はこの会議を収める役目を果たさなければならない。



「メキドゥ師よ。もう一度訊こう。魔具に不具合なく、修正した痕跡もない、ということでよろしいか?」


「くどいぞモルガン! 私自ら確認した。他者の魔力残滓はない!」



 上辺に座る教授会のモルガンは優秀過ぎるために他者を信用していない。

 そのモルガンに差し込む鋭さを持っているのは貴族学院専属の技術教員のメキドゥだ。

 二人のやりとりはそのまま派閥を刺激し、至る所で激論が交わされている。


 いい傾向だ。

 かつて論理を捨て日和見になった教授たち、保身に走った教員たちが熱く語り合う。

 

 議題は「受験生は学科試験で満点を取ることができるのか否か」である。



 教授会は一週間かけて受験生が満点を取れない、と結論付けた。

 一方教員たちは歓喜と共に満点が取れる、と即断したのだ。



 問題を作ったのは教授会、不正を監視していたのは教員たち。

 どちらも譲れるはずがない。



「こほん。少しいいかね?」


 場が落ち着き静まるのを待つ。

 学院長は国王だが、実質この学院を取り仕切っているのは儂だ。

 それに教授会の会長も兼務している。これより先の発言には重みと責任を取る必要があった。



「どうじゃろう。今度は教員が問題を作り、教授会が不正を見守るというのは?」



 皆が息を飲むのが分かる。要は再テストを受けさせるのだ。



「俺はその案に賛成だ。なんなら問題も教授会がつくればいい。なぁ、みんな?」



 メキドゥの発言に教員たちは大きく頷く。彼ら教員の理論は単純だ。

 不正はない、よってすべて実力満点である。


「あははは! いいでしょう、問題は私が直々に作ります。そしてできた問題はその場で回答させる、こういう楽しみもあっていいのでは?」



 なんとも智の末は恐ろしいものだ。すまんなジリアン嬢よ。学術の発展のにえになってもらおう。



「よかろう。二人の意見は総意で間違いないな? モルガン、自重を忘れる出ないぞ? 学生相手に難易度は間違えぬように」









Sideジル



「……ない」




 俺の受験番号がない……。

 すまないココ先生……みんな! 俺はやっぱり猛将になるしか道はないようだ。



「ティナ、行こう……」




 聞こえていないのか?

 ティナは動こうとしない。


 俺はいつまでも人ごみにいつまでもいたくなかった。



「ティナ?」



「……ジル様……あれ……ジル様の番号ですか?」



「ん?」


 合格者の番号が続く中、掲示板に囲み文字があった。ぐるりと一周装飾のように番号と文言が交互に何度も書かれている。



“受験番号2319のあなた、そうあなた! これを読んだらすぐに受付1番へお越しください。副院長ラドカーンより”



「……ジル様のことですよね?」

「……そ、そうだね」




 とりあえず掲示板の横を抜けて受付に向かって歩いていく。

 途中、前に会った優しい守衛さんに「受付? もう試験は終わってしまったぞ」と慰められ、俺とティナは再び受付の入口をくぐった。




「あの……受験番号2319のジリアン・ブライですが、副院長がお呼びだとか?」


「しょ、少々お待ちください!」



 受付のお姉さんは、何やら黒いローブを来た背の高い性別不肖の若者を連れてきた。

 


「君がレディ・ブライだね? 私は教授会のモルガンという者だ。早速だが奥へ来たまえ」



 薄紫のストレートロングヘア、賢そうにみえるメガネ。

 敵意をわずかにかんじるがそれ以上に随分偉ぶっている。


 イケメンだが、ガキ相手にイキるのは好きじゃない。



 案内された奥の部屋にはおびただしい数の大人たちが待っていた。



「そこの女、お前はここまでだ。従者ごときが入る場所ではない」


 この糞メガネを俺は睨みつけた。

 ティナに向かってふざけた口をきく糞野郎め。


 自分を宥めつつティナに外で待っているように改めてお願いした。





「おお! 待っていたぞ娘よ!」


「ああ? ジジ……試験官殿?」



 スカート捲りをあの歳でやり遂げた、老いて益々盛んなジジイが中央に座っていた。



「わざわざすまんのう? おぬしの試験結果がここまでの騒ぎになってしまっての。申し訳ないがもう一度学科試験を受けてくれんか?」



 周囲の大人たちは学院の教師たちだろうか。この茶番を嬉しそう傍観にしている。

 どうせ全部ジジイの策略だろう。



「お断りします」



 セオリー通り、俺は即答した。

 不合格なら仕方がない。だが試験結果が気に入らないから再試験? そんな酔狂に付き合ってられるか。条件もなく、交渉もしようとしない貴族学院なんて通いたくもない。



「不合格でもよいのか?」



「はい、結構。別に構いませんよ。そこのクソメガネが私の従者にマウント取って、いい気になる程度のアホ集団の選定に付き合うなんて冗談じゃないので。ではおさらば。ドロン」



「ま、待ちたまえ!」



 キモメガネの導火線に火が点いたようだ。こういうインテリは飛び抜けたバカの一言に弱い。



「キモ! ちょっと、イっちゃった視線で私をなぶらないでくれる?」

「貴様っ! 私は女だ! だれが貴様のようなガキに欲情するかっ!」



「ごめんあそばせ。私ったら自意識過剰でしたわ。てっきりお日照り・・・・が続いているのかと。おほほほ。さようなら~」



 俺は嫌味を言い切って出口に向かった。

 ココ先生の足元にも及ばない。

 


 ここでメガネがいう。“そりゃないぜ!”



「逃げ出すのは不正に心当たりがあるからかな?」



 オホン……ちょっぴり違ったが大まかには同義だ。

 それにしても不正ってなんのことだ?

 

 パフォーマンスじゃなく本気なのか?

 

 なるほど、それで俺はここに呼ばれたのか。




「ぷっ」

「何がおかしい!」



 こんな傑作はない。周囲の大人たちはココ先生の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいな。



「何を哂っている!」


 

「いやね、私が不正をしていたら不合格にすればいいだけの話でしょう? 反対に不正をしていなければ合格にするばいいじゃないですか」


「うーん、その両方で割れとるんだよ。ジリアン嬢」


「ですからその前提がおかしいんです」


「そ、それの何がおかしいんだ!」


 いちいち割り込んでくる。受験生を何だと思っているのか。



「はぁ、この学院は学生に何をさせたいんです? 例えばですね。私の家庭教師は常に私をみてギリギリを突いてきます。お前なら解ける、お前ならまだやれる、とね。それはもう嫌らしい」


 あの人には感謝しかない。世の中本当のバカは誰なのか、俺に教えてくれた。


「その嫌らしさって、成長を望み、本気で世の中の役に立つ人材を育てる気概がないとできないんですよ。要は設問に、想いがすべてが滲み出るわけです」



 俺は大人たちを一瞥する。全員失格。



「こんな生徒が欲しい、こういう気持ちで育てていきたい。だからこういう問題を解いて欲しい。それが試験じゃないんですかね? 私が解いた問題は殆どが自慰オナニーです。俺様たちはこーんな良問を作ったと悦に浸っている。ふんぞり返えっているんです。思いやりと嫌らしさの欠片もない。……だから解かれると真っ先に不正を疑う。例えるなら浮気をするヤツほど浮気を疑うんです」


 浮気の例えは例えになっていなかったようだ。数人の目が泳いでいる。


 まぁ、言いたいことは少しは言えたかな。だってこの人たち受験生を見ていないんだもの。

 


「かっかっか! 嬢ちゃんのあの魔法といい、面白いのう。そういうことじゃよ先生方。嬢ちゃん、彼らをもう許してやってくれんか?」


「うーん、そうですね、ですがメガネは許しませんよ。私の従者をバカにしました」

「それは本人に詫びさせれば―――」


 まだ俺はメガネに対して腹の虫がおさまらない。



「私がここへ連れて来られたのは何をさせるつもりだったのです? 再試験ですか?」


「そうじゃよ。モルガンに問題をその場で作らせ、君が即座に解ければ、不正の疑いなしとして満点合格させるつもりじゃよ」



「プッ。いいんですか? 本当に満点合格が生まれてしまいますよ?」



「はははは! その傲慢さがガキには相応しい。座れ。私の問題が自慰行為か解いてもらおうではないか!」



 この割り込み具合、最高だ。俺は心の中でガッツポーズをしてしまった。

 無礼はすべてティナをバカにしたせいにできたし、このメガネは難問を出して悦に浸れば満足だろう。このついでに交渉もしておきたい。


「席に着く前に副院長にお願いがあります」


「ん? 何かね?」



「仮に私がこのメガネの問題を一問・・でも解いたら、私の従者をバカにした詫びとして王都の美味しい店をハシゴする費用をもっていただきたい」


「待ちたまえ! それは私が応えようでないか。従者に詫び、貴様の望む格好をして連れまして構わんぞ? 一問・・でも正解できれば、だがな。わはははは!」


 このメガネ、大丈夫なのだろうか。

 問題をすべてすり替えたのに貴族としての腹芸も腹黒さもない。こっちが心配になってきた。

 

 ココ先生恐るべし、だな。



 取り決めは交わされ、いよいよ勝負である。


 ……勝負の前から勝敗が決まってしまった。

 要は俺が正解するまで問題を出し続けされてばいい。メガネ以外全員苦笑している。

 すり替わったことで合格云々はまた副院長と別で交渉は必要かもしれない。


 くだらない勝利条件と提示したことで周囲の気勢が逸れ、すでに数人の教授や教員たちは興味をなくしている。

 やはりメガネに同情票は集まらないようだ。




「それでは……始め!」

 

 ニヤニヤしながら問題を書いている。

 何度も見上げて頷いているところから、どうやら会心の問題ができたらしい。



「くっくっくっ。解いてみたまえ?」

「パス。次」


「は? うっ、き、貴様! 私の会心作―――」


「次、早くしてください」


 くそっと呟きながら難問を描いている。次第にメガネの溶けたような顔つきになる。表情がキモイ。


「どうだっ! 美しいだ―――」

「パス、次」


「これなら―――」

「パス、次」


「がははは美―――」

「パス、次」


「なぁ、頼むよ問―――」

「パス、次」


「そろそろ―――」

「パス、次」


 どうやらこのアホルールにやっと気づいたようだ。


「き、貴様謀ったな!」

「問題まだですか? 暇なんですけど」





 もうすぐ日が暮れようとしている。ティナを早めに帰らせておいて正解だった。

 大人たちも半分以下に減っていた。


「パス。次」


「なぁ、頼むよ、……いい加減に解いてくれないか?」

「だったら歩み寄ったら?」



 時間が過ぎていく。夜の時間に入ってきた。問題がなかなかできないみたいだ。

 目が座り、髪の色がないように見える。


 

 この場にいるのは数人しか残っていない。




「で、できた……これでどうだ?」

「はい、解けました。確認お願いします」




「え?」




 俺は壊れかけのメガネ以外に答え合わせを頼む。

 残っている教師たちは解くのに時間がかかっているようだ。

 問題の作成中から覗いて考えている。

 


「せ、正解じゃ」


「はい、私の疑いはこれで晴れましたか? まだ疑うようなら……どっこいしょ」



 俺はメガネが出し続けた問題を暇があったからすべて解いていた。

 怪しいのがニ、三問あったがオナニーメガネの出題傾向は簡単に掴める。

 

 


 俺は紙の束を教師たちに渡し、ティナへの詫びと王都グルメツアーの念押しをして家に帰った。

 オナメガネにどんな格好をさせようか、ティナに相談してみよう。


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