第17話 試験という名の欲望



 男装が趣味の俺は連日慣れないミニスカに苦戦していた。

 ミニスカといってもこちらの世界のミニスカなだけで、ふつうの膝上丈だ。


 それでも股はスースーするし、くるっと大きく立ち回っただけでパンツが丸見えなのだ。


 先日の喧嘩(第十五話)、いや他流試合をしたとき、周囲の騎士どもを前屈みさせた罪で俺に『騎士団の妹ナイツシスター』なる二つ名がついてしまった。



 実際、俺の下着はセクシーだ。

 この世界のパンツは大半がドロワーズというげんなりカボチャパンツが八割、残り二割がすっぽんぽんなのだ(ジル調べ)。


 だが俺は製作研究と裁縫技術を持ち合わせているのでパンツを数枚保持している。

 もちろん自作の紐パンが自慢の逸品だ。




「えっと、ジリアンさん、聞いているのかね?」

「あ、はい、すみません。なぜ風魔法を取得したか、ですね?」



 試験会場に行って早々、実技の前にトラブルが起きた。

 

 脳筋と知られたくない俺は魔法実技試験を選択、その魔法を披露する前に試験官との面談を受ける必要があった。


 このジジイは一番探られたくない心の傷を抉ってくる。まさに拷問官だ。


 いいわけから入らないといけないのが辛い。

 俺の風魔法の習熟が5で止まってしまっているのは、全部かぼちゃパンツのせいだと思っている。


 その理由を語ろう。俺がジルに転生したばかりのころ、覚えたての風魔法は大活躍した。

 視線が低いためメイドのスカートをめくるには微風程度ですべて事足りたのだ。


 ところが肉体的思春期に差し掛かると、偶然を装った微風は経験値を積んだメイドたちに察知され、スカートを捲れない。そこで大胆な方向転換をおこなう。


 ラッキースケベを捨てゲリラスケベに切り替えたのだ。


 部屋の天井、柱の陰、夜陰に紛れた闇討ち、壁に同化などあらゆる物陰から旋風を起こす。

 面白いように……”かぼちゃパンツ”を堪能した。


 が、正直、俺は挫けた。

 ”かぼちゃパンツ”を眺める日々。俺は何に興奮しているのかと。


 魅惑の美尻も秘密の花園もない。……黄ばんだカボチャ。

 結局、挫折した俺の風魔法はそれ以上伸びなかったのだ。



「最初はロマンと出来心でした。ふと気の許した瞬間に訪れる至宝の逆風。夏が来る前に街を駆け抜ける薫風。深まる秋と共に幸をもたらす金風。厳しい冬に忘れていた寒風には驚喜があり、興奮がありました。……そこには畏怖があり神秘があると錯覚してしまったのです。常人の私には造形美のない醜悪な形状はひたすらに辛く、とうとう生きる屍のような様態になったのです」



 正に悪夢。あのときは辛かった。だが! 俺は成長したのだ!



「そこで私は発想を切り替えました。自分自身の誇りと精神を保つために、神のいたずら、その息吹を無駄にしてはならないと。そこからは早かった。見て頂こう! これが私の出した答えです」


 私は少し恥ずかしかったが試験官のうち2名は女性だし、1人はジジイだ。

 身をもって知らしめるしかない。


 俺はフレアスカートの端を持つとたくし上げた。

 ふははは! 世界の下着を変えるんだ! 俺の風魔法が停滞したのは努力をつぎ込む対象がないのだ!

 女性試験官は頬を染め、目が釘付けになっている。そりゃ世界初の紐パンですもの。

 とくと刮目せよ!



「それで、なぜ風魔法を取得したのかね?」


 空気を読め、このジジイ! 人が折角「中途半端は僕のせいじゃありません。全部パンツがダサいせいです」と熱弁していたのに! まあいい。他の試験官は俯いているし、このジジイだけ納得させればいいのだ。



「えっと、楽しいからです」

「よろしい、では見せてもらおうか」

「……」


 一言で納得しやがって! ……待てよ?

 俺の風魔法は二つしかない。一つは自分に掛ける「追い風参考記録」とスカートを捲る為だけに生まれた「無手スカートメクリ」のふたつだ。



「そちらの女性試験官、す、すみません。そこに立ってもらっていいですか?」

「私?」


「はい―――」

「儂が代わろう」


「い、いやぁ、ちょっとあの試験官がいいんですけど?」

「ほっほっほっ。年寄りだからと遠慮するでない、これでも魔法防御には自信がある。掛かってきなさい」


 おいおいおいおい!

 ジジイのローブを捲ってどうする?! ど、どうする?!

 

 考えろ俺!


「……で、では、これより、試験官に私のオリジナル『暴風竜ストームドラゴン』という風魔法を掛けます。弾けるようなら弾いてみてください」


「「「?」」」


 やばい、他の試験官の目が点だ。中二病過ぎたか?

 名前はド派手だが効果が地味すぎて不合格にならないか心配だ。ならば複数の効果を持たせよう。



「えー、とジジ……試験官殿はあちらに向かって歩いてくれますか?」

「ん? 承知した」



 本当は無詠唱だけど適当に両手を上げながら唱える。



「逆巻け風よ! 風神の護符によりその身を疾風はやてにかえろ! ストームドラゴン!」



 ジジイに推進力をつけ前方に流線型の風よけを生み出す。それだけで“風”になるのだ。


「ん? ぼ、防御が効かぬ! ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」


 更に足がもつれないように踏み出すタイミングに合わせ足を刈るように滑らせた。

 ふははははは! お楽しみはこれからだ! 時速40キロ突破!


 ジジイを向かわせた方向には実技待ちの女性受験者と試験官がいる。

 そう! 俺は一石で二鳥を落とす凄腕ハンターだ。


ジジイを使った久しぶりのラッキースケベ!


「キャァァァ!」

「イャーー!」


「なんなのこの変態ジジイ!」

「最低!」


 ふむふむ。さすが王都。多少野暮ったいが少しは可愛げのあるドロワーズが多い。

 眼福、眼福。


 

 試験終了後、ジジイに別室に呼ばれ、こってりと絞られた。

 ジジイは風になったのだ。時速は最速の46キロを達成した。



◇◇◇


 午後は問題の学科だ。

 午前の実技も違う意味で問題だったが、自他共に認める脳筋少女が超難関の学科試験を受けることを想像するだけで吐き気がする。



 大きすぎて迷子になる学舎にそれぞれ振り分けられ、七日掛けて学科試験が行われる。

 七日といってもひとりひとりの受験生には半日しかない。

 それだけ受ける人数が多く、不正防止に万全を期しているようだった。



 到着した試験会場は異常だった。

 雰囲気の問題ではない。厳格な監視体制と統制。


 試験官の説明によると試験中、不正監視に三人に一人の監視者がつき、魔力探知機がすべての机に埋め込まれている。


 これは魔力を使ったカンニング対策だった。しかも周囲の受験生たちの問題の出題順番はランダムになるそうで、覗き見は無意味、即刻退場と罪だけが残るそうだ。



 当然、守秘の契約書は事前に書かされているので、一生涯外に漏らせない。

 だからこそ試験問題に近い応用、改問できる家庭教師は超人気の取り合いになるのだ。



 ここまでして守る試験内容。

 俺は机に貼られている受験番号を四十六回は確かめ、使い慣れた羽ペンをインク壺を出した。

 間違えた場合は手を挙げ、監視者がみている前で訂正をするらしい。


 喉が鳴る。胃が痛い。

 この緊張感はいつぶりなのだろう。




「試験開始!」




 一斉に高価な紙を捲る音がする。

 うっすらと浮かぶ魔法陣。転写魔法を使用している紙だ。

 問題はランダム、早速一問目は歴史、二問目に数学がみえる。……あれ?




第1問、次の問いに答えよ(歴史:5点)


 ①いまのこくおう(いちばんえらい人)はだれですか?

 ②むかしのこくおうの名前をひとりかいてください。

 ③となりのくにをひとつかいてください。


第2問、y=2cos2θ-√3cosθsinθ-sin2θ(0≦θ≦π)の最大値とその値を与えるθの値を答えよ。(数学:3点)



……ギャップがありすぎませんかね?



 途中何問か引っかけのような低学年問題があったが、概ね想定内だ。

 ココ先生の受験対策は凄まじい威力を発揮している。知力の低い俺がまるで秀才の如く答えを書いていく。


 四時間の長丁場、二十四回目の見直しの途中で試験は終了した。

 

 この後約二週間掛けて精査され、最終的には百人の狭き門、競争倍率百倍の行程、全日程が終わるのだ。



◇◇◇


 結果発表の朝、俺は案外ゆっくり寝ることができた。

 逆にティナは寝不足のようで目の下にクマを作っている。


 ティナは俺の着替えを手伝おうとするが、自分が寝巻のままだと気が付いて着替えに戻る。

 俺はココ先生からもらったお守りと母が編んでくれた腹巻をつけ、合格発表の会場に向けて口数少なく二人で出発した。



 途中、黒猫が横切ったり、鉢植えが落ちてきたり、朝食を食べそびれたりしたが、無事会場に着いた。大勢の若者や家族でごった返し、さながら国家規模の押し競まんじゅうである。



 息も絶え絶え、ティナとはぐれることなく掲示板を見上げる位置までたどり着いた。



「ジル様! 受験番号はいくつですかー!」



 大声をあげないとまったく聞こえない。歓喜というようり狂喜の声を上げている一家や、人目をはばからず泣きじゃくる両親、気絶した教師などドラマが各地で起っている。



「2319! ニーサンイチキュー! ブサイク!」



 心当たりのある数人が振り返るが、なんとかティナは聞き取れたようだ。

 俺もティナより視力は劣るが、なんとか読める。


「1988、2275……」



「え?」



 ……マジか。

 俺は目を何度もこすり掲示板を見つめた。

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