第19話 不良の行方

Sideアレックス



「いってきます」

「いってらっしゃい」




 せがむキスに玄関先で応えながら、私は彼女と暮らすアパートメントを出た。

 入学から三か月余り。交際は進み、先々月から同棲をしている。



 彼女に私が両刀とカミングアウトしても、未来のない付き合いと断っても、ジュリアンことジュリーは笑いながら驚きもせず「好きにしたら」と受け流す。


 彼女の家から学校も程よい距離にあり、下手をすると下町にある寮よりも近い。

 道行く街並みにも飽きることなく、彩どりの王都の色彩を人や暮らしが放っていた。


「おはようございます」

「おはよう、アレックスさん、今日はどうする?」


「帰りに寄らせて頂きます。いつも声掛けありがとう」


 

 どちらが尻軽だが分からないような関係は心地よく、このように花屋の娘や息子に目移りしている罪は美の研鑽と自然現象だと都合よく解釈している。




◇◇◇



「おいアレックス、お前また妄想してんのか?」


 早めに士官学校の門をくぐり、特殊科のクラスの席で新薬に浸っていると必ずこのバカが絡んでくる。


「いちいち煩い。バカはバカらしく励んだ方がいいよ、カーティス」


 てっきりあの試験で落ちると思っていた男はちゃっかり私の隣の席を確保している。


「あいかわらず朝早ぇな。ちゃんと飯食ってのか? 育たねぇぞ」


 このバカの言う通り、ジュリーの支度や同じ場所に通う都合上、私は時間をずらして早めに出てくるようにしている。彼女は気を遣うな、と言っているが私も支度の最中はあまり見られたくない。


 成長具合は精神が根付いた13歳で外見は止まってしまった。

 ギフトの不老のせいなのは確実だが、いずれこの身体の謎を解くための時間が必要だろう。



 その後のなんかかんだバカ話をカーティスと交わしていると、次々と他の生徒たちが入ってくる。


 この士官学校は軍が運営する養成所だ。他の学校のように年齢制限や入校条件は厳しくない。

 15歳以上であり、健康体であり、試験の結果かコネがあれば入れてしまう。


 その代わりに優秀な成績を取りつづけないと一兵卒としての卒業、軍隊送りが即時待っている。なかなかに厳しい。

 個性と能力、士官としての資質がなければ二年間を通い抜くことはできない仕組みになっていた。



「おはようアレックス」

「おはようリンダ」



「今日もその香り、素敵ね」



 私の空いている左手側には私と同じ、魔法兵士官を目指しているリンダが座った。

 二十代後半とういう噂だが見た目は十代でも通用する若さを保っている。


 キメの細かい白い肌とボリュームのある茶色の髪、薄く整った眉は手入れをしっかりしている証拠で、赤い瞳が珍しく、なぜか私は強く惹かれる。

 この世界で珍しい自分を正しい方向に磨いているタイプだった。



「おいリンダ、俺がアレックスと話ししてんのに割り込んでくんじゃねぇ!」


「あら、カーティスいたの? 男の嫉妬は嫌われるわよ」



「嫉妬なんかじぇねーぞ! ババアの癖に」


「へぇ、可愛らしい蛇の赤ちゃんを飼っている割に口は汚いのね、お父さん」



「蛇の赤ちゃん? ふざけんな焚火女!」



 そういえばカーティスもその黒蛇の赤ちゃんで魔法兵士官を目指している。

 リンダの魔力はそれ以上あるはずだが、人に向けて撃つような攻撃魔法は使いたくないようだ。試験のときはどうやったのか一瞬で木に火を点けていたそうだ。



 どやどやと応酬を繰り返していると気配を消していたカーティス教官が近くに立っていた。



「いいかね? 授業を始めても?」


「「「はい」」」



 彼の授業は甘い見掛けと違い熾烈で過激だった。


 言葉では仲間の友誼、裏切りを許さない組織を常に説き、座学は組織が瓦解した歴史を紐解きながら我々の役割の大義や信義を熱心に刷り込んでくる。

 そして国を瓦解させるような策略や謀略を思案させる授業を繰り返すのだ。


「ではカーティス。先ほど説明したような国にお前が潜入したとする。戦わずして勝つにはどう動けばいい?」


「……第三勢力、レジスタンス、市民組織、反社会的なグループなどを扇動し、どちらかの勢力に加勢した形を取ります。その後劣勢の勢力に武器を流し、取り込みつつ組織を掌握してきます。あとは大義名分が欲しいですね……王子や王女、公子ぐらいまででしょうか」

「ふむ。では防諜に対する対策は?」


「規模と段階に分けるべきでしょう。例えば―――」


 意外だったのがバカのカーティスだった。

 諜報戦略と戦術に驚くほど長けていた。他の皆も相当に優秀。

 

 人を陥れる考えや、恐ろしい行動をとれる人間が本当にいる世界……。

 私は毎日、認識を改めないといけなかった。




「では午後は実地訓練を行う。今月は斥候、工兵、魔法兵、その他特殊兵の四名で一班を作っておくように。必ず一人は前回のメンバーを替えること。カーティスは観察記録係だ」

「「「「はい!」」」」



 この実地訓練はそれこそ実戦と変わらない。

 実在組織を相手に数班ずつで戦闘兵士を使わず制圧するのだ。



 今週から私の班はスラムの不良グループを制圧訓練対象にしている。


「obj(目標)は常に三名以上のグループで行動しています。本拠に総員が集まることは……集会と呼ばれる不定期の集まり以外、確認できません。聞き込みも概ね同じです」


「了解、さてどうする? 各個撃破を取るか?」



「私は反対です。不良はなわばり内を適当に歩いているだけで統制など取れていません。こんな不確定の塊を各個撃破はリスクが高いだけですね」


「敵対勢力は?」



「数人の町人と揉めていますが他の同年代の若者は軍門に下っているようです。別の地区の不良どもが殴り込みを掛けるのは難しいですね」



「……どうする? アレックス、案はないか?」



「不良の掌握といったら一対一タイマンはどうですか?」


「「「タイマン?」」」


「リーダーの男はその暴力性と戦闘能力がカリスマに昇華され、トップとして君臨している場合が殆どだと思います。まぁ不良なんて強さへの憧れと畏怖で成り立っているだけですだから。マフィアと違って頭脳戦も苦手でしょうし。要はリーダーと一対一で戦って勝てばいいのではないでしょうか?」



「野犬じゃないんだから」

「そんな畜生と同じ思考回路なのか?」

「……野蛮です」

 

「他に手があればいいのですが、もっとも簡単で効果的だと思いますよ」



 三人は悩んでいる。

 この作戦が有効なのは誰もが納得しているが、問題はそこじゃない。



「有効だろう。でも問題は……」

「「「誰が一対一タイマンをするんだ(すんです)?」」」



「因みにタイマンはする、ではなく張るです。リーダーを上回る戦闘力とカリスマ性を持った者……マーカス教官はどうでしょうか?」



「そうですね。教官を使ってはいけない、なんてルールないし、いい策だと思います」


「よし、では早速相談にいこう!」




◇◇◇




「ダメだ」


 そう答えると思った。教官は恐ろしいくらいの剣幕で続ける。


「だが着眼点はいい。問題はここのメンバーを決して表に出してはならない、秘密裏に行うことだ。人材の採用、確保から運用、その後の扱いも含め外部の者のみを使うんだ。資金は運用計画書を出せば大概通してやろう」



「わ、分かりました。私はここの出身ではありませんので……どのように人材を発掘すればいいのでしょうか?」


「そうだな。裏の人間はコントロールが難しい。正義感が強すぎれば組織を潰す。賢すぎるとこちらが利用されかねない。プロの喧嘩屋はトップに立つことは嫌う。……金を使うなら元傭兵や冒険者、マフィア崩れ。義や騙し、美人局で動かすなら好漢や無頼漢だろう。もちろん命の保証は必要だがな」



 そんな都合のいい人間がいるのか?

 教官は私たちがここに来ることは想定していたようないい方を繰り返している。彼の頭の中にはきっと思い描いた人物がいるのではないだろうか。



「教官、一体誰なんです?」



「……さあな。ひとつ心当たりがあるが、充てにするなよ。数か月前に騎士団長に戦いたいから、という理由だけで模擬戦というより喧嘩を挑んだ阿呆がいる噂があったな。……知っての通り、騎士団長はこの国最強、不敗の喧嘩タイマン屋だ」


「……勝敗はどうだったのですか?」



「わからん、というより素人が挑むだけで狂っているし、実力差が離れていれば騎士団長は挑戦を受けない。後は分かるな?」


「そ、その男の名前はご存知ですか?」




「男ではない、女だ。しかも貴族のご令嬢だとさ。貴族であれば問題が起っても表にはでないだろう。後は自分たちで調べてみればいい」




 嫌な予感がした。貴族を嫌う彼がその貴族令嬢を推挙するとは思えないし、その噂も真実とは思えない。


 きっと何か裏がある。


 その噂の令嬢を調べるところから私たちは始めることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る