第11話 密売と殺意

sideアレックス


「いらっしゃい。どんな薬がご入用で?」


 店主の対応は早い。

 三十代の痩せた男で、表向きにこやかで愛想がいいがこちらの立場で態度を変えそうだ。


「こんにちは。薬草や薬を売りにきました。こちらが身分証です」



 商業ギルドと従士のものを二つとも見せた。

 自己紹介をお互いに交わし、商売の話に移る。


 彼の名は薬師ヒミズ。この店を十年前に開店させたそうだ。置いてある商品はどれもよい物が多い。


「おお、わざわざボルドからですか。どのような薬をお売りになりたいと?」


「交渉の前にこれを見てもらえますか?」



 私は三種類の丸薬と一つの塗り薬を並べた。



「物鑑定してもよろしいですか?」


「ええ、構いません」



 ヒミズは黒い別珍のようなものを張った木製の台を出し、魔石灯で照らしながら次々に餞別していく。



「この二つを買いましょう。いくつ卸せますか?」


 彼が選んだのはケシに似たリラ草から取ったオピオイドと同じ作用を持つ鎮痛作用のある薬と、その上位互換の部分麻酔作用薬だ。鎮痛剤と麻酔塗薬といったところか。


 残りの二つ、体力回復や精力剤は弾かれた。

 薬局では珍しい選択のように感じるが……問題はどこまで深く視れたか、だ。


「ひとまず三十ずつ、買って頂けませんか?」


 これで足りないと渋るようなら原材料まで辿り着けていない。これだけで満足しているようなら自分で調合するだろう。


「試していただいているようですね。もちろん、原材料まで視ることはとてもできない、素晴らしいモノでしたよ。何錠でも買わせて頂きます」


 私は日本にいたときは草花なんかにまったく興味はなく、ひまわりとバラぐらいしか見分けることができなかった。それが今では生きとし生ける小さな生物を触り、摘まみ、食べている。

 

 そして誰よりその効能と効果、毒と薬の境界線を分かっているし、分子レベルで調合する。

 辿られる危険は少ないはずだ。


「それは失礼しました。初回ということで五十錠お売りします。用法を守って頂かないと毒にもなりますのでお気をつけて。価格はヒミズさんが決めてください」


 この鎮痛という価値に気付いた時点でこの薬師はできる。


「おや、それは恐ろしい。価格を私が決めるとは……それではこちらを一錠銀貨二枚、この強力なものを銀貨四枚で如何でしょうか? 売れいきで価格を調整しましょう」


 鎮痛剤が二万円×五十錠=百万円、麻酔薬が四万円×五十瓶=二百万円。

 原価はタダみたいなものだ。

 日本だったらすぐに億万長者、笑えてくる。


「そちらで結構です。売れなかったら申し訳ないですし、今後も考えるとそのあたりで私は十分です。もちろん、二つは回復魔法や回復薬、その他のポーションと併用できますよ」


 実証済みなのでその懸念は払しょくしておく。

 誤用や犯罪目的で使われないように処方箋として身元確認と販売履歴を残すように伝えた。

 

 後は飲み方や体重に則した半量、塗布のやり方などを教え、実際に腰痛持ちの隣のお婆さんに試すのを立ち会った。


「こ、これはすごい! 必ず売れます! 専属の契約を追加で結んでくれませんか!」


 専属契約など願ったりなので、ひとまず金貨十枚を追加で受け取った。

 他の危険な副作用を取り除いているとはいえ、十分注意するように念書を交わす。



「良い商売ができましたよ。この薬、今後はなんと呼べば?」


「そうですね……鎮痛のほうはモルヒーネ、麻酔のほうはエーテールでお願いします」


「分かりました。類似品防止にこちらで特別な着色をさせてもらいますがよろしいですか?」

「ええ、構いません。それと……私の名は伏せて頂けますか? 違う仕事に就く予定ですので、悪目立ちは避けたいのです」


「もちろんです。絶対に漏らすことはありません。私の店は多くの商人から購入していますのでアレックスさんに飛び火する前にお知らせできるでしょう。この薬は世界を席巻する可能性がありますね。今から護衛でも雇っておきます。ははは」


 その後、金銭のやりとりを行い、契約書を確認して店を出た。




「チーちゃん、お待たせ。時間掛かってごめんね」


「ううん、いいよ。次は軍の士官学校でいい?」


「ああ、頼むよ」


 この店は四軒目だった。チーちゃんも余計なことを聞いてくることはないし、恐らくあのノアという子の指示だろう。



◇◇◇



「ダメだ。お前みたいなガキの来るところじゃない」

「年齢は問題ないはずだ、証明もある。何がダメなんだ?」


「だからガキはダメなんだよ。帰りな」



 まだ中にすら入れてもらえていない。

 門兵たちに止められている。



「条件はすべて達している。試験を受ける権利もある。それを止めるというのか?」

「生意気なガキだな。忙しいんだ、シッシッ」


 こんな奴らが同僚になる、背を預ける仲間かと思うとやるせなくなる。

 私は初めてこの見た目の劣等感に猛烈に腹が立った。


「君たちの上司を呼んで欲しい。話にならない」


「上司? 俺様を呼んだか?」

「はっ、いつからお前が俺の上司になったんだよ」

「うけけけ」


 これはもう、許される範囲は越えたとみていいだろう。

 私を舐めるな。



「……チーちゃん、ここまででいいよ。これ貰って」

「えっ? こんなに多すぎるよ」


 銀貨二枚を握らせてその場から離れるように伝えた。


 大金を手に入れた私は気が大きくなっているようだ。

 別に兵士にならなくても生きていけることが証明された今、怒りに支配されつつある。

 何を躊躇っているのか。



「本当にいいんだ。ノアによろしく伝えておいてくれ。かならずこの場から離れるんだよ?」

「う、うん。お兄ちゃん大丈夫?」


「大丈夫だよ。じゃあね」


 チーちゃんが離れていくのを確認し、門兵に振り返る。ニヤニヤしている二人に最後通牒をしておく。


「これが最後だよ。私を通さない理由は見た目がガキだから、ということでいいね?」


「はぁ? それ以外に何があるっていうんだおかま野郎」

「がははは!」


「お前たちの基準でいう”ガキ”が何をしてもガキの理屈、大人には通用しない、ってことで相違ない?」


「ガキが偉そうに語るな」

「こいつ何言ってるかわかんねー」


「ではし―――」

「待て! 何をやっている! 止めろ!」


 我に返った。

 私を覆う黒い何かが散り、視界が鮮明になる。門兵の後ろから若い男が走ってきた。


「お前ら何をやっている! この御仁の志願者資格はあったのか、なかったのかどっちだ!」


 黒に近い茶の髪に優しそうなホリの深い顔、声も心地いい。

 この緊迫した空気にも関わらず私は彼をみて淫らな邪推をしていた。


「も、申し訳ありません、閣下」

「申し訳じゃない、お前たちこの御仁に……まあいい。私が預かる。身分証はお持ちか?」


「はい、ここに。士官試験を受けに参りました、ブライ伯爵家従士アンブロジーニ騎士爵の長子アレックスと申します」

「それはご丁寧に。私は王立士官学校教官、マーカスです。こちらへどうぞ」


 身分証を私に返し、丁寧な動作で中へ導てくれた。

 門兵たちは平然としている。


「あの者たちは軍部からの派遣です。大変失礼した。次はないでしょう」

「こちらこそ、止めていただき感謝しかありません」


「彼の者たちの死角から尖った針のようなものが地中から出ていました。避けられる者は僅か、貴殿が下手人と分かる者もごく僅かでしょうね」


 見抜かれていた。髪の毛と同じ細い鋼線を地中から操り、後頭部の付け根を貫くつもりだった。完全犯罪用の護身魔法のひとつだ。


「それに彼らの次は……口封じに私も殺されていたかもしれませんな。あははは!」


 その通り、たぶん殺していた。

 命の重みは私に使われる草虫のほうが重い。




「―――これで申し込みは済みました。入学試験は来週の半ばです。推薦状があれば受け取りますが……」


 受付の女性の説明を受ける。試験には間に合った。

 やはり噂通り、推薦状の有無の世界なのか?


「私でよければ推薦人になりますよ」

「?」


「マーカス卿! よろしいのですか?」


 受付の人は驚いているが、私はよく分かっていない。


「まだお会いして半時も経っていませんが……」

「あははは! いいんです。私は命拾いしたのですからこれぐらいさせてください。そ、れ、に、推薦状がなければ絶対に受かりませんよ?」


「マーカス卿!」


 片目を瞑り愛嬌のある笑顔を私に向けた。

 受付の女性は慌てている。きっと建前上言ってはいけないことなんだろう。


「で、では甘えさせてください。推薦お願いします」


「と、いうことで処理を頼むよ。ところで来週の試験は大丈夫です?」

「え、はい、試験勉強はこれから励みます」


「ブッ! それはすごい。因みにどの科目を受ける予定です?」


 私は恥ずかしくなり顔が熱くなるのを感じた。

 全くの不勉強、というよりここで聞くつもりだったからだ。


「ははは! 面白い方だ。いいですか、大きく分けると三つ。戦術科と戦略科、それぞれ指揮官になりたいか参謀になりたいか、という分類です。あと一つは特殊工作や工兵、斥候、魔法兵などの特殊科ですかね」


 指揮官は向いていないし興味がない。恐らくなったとしても兵は私の言うことなど聞かぬだろう。

 参謀は向いているかも知れないが歴史の加点が多そうでこの世界の過去の合戦など何もしらないし、覚えたくもない。すると残るは……。


「……ん……歴史の加点が少なく、私みたいな低身長でも舐められないところはどこですか?」


「それなら特殊な能力があれば一目置かれる特殊科がいいと思いますね」


 私は一考する。扱える属性は少ないが魔力はかなり多いほうだ。

 それに回復魔法が使えるのは相当なアドバンテージになるはず。必ず受かる。


「ありがとうございます。特殊科を受験してみます。ところで……マーカス卿はどちらの科の教官ですか?」


 屈託のない笑顔とは彼のことだろう。白い歯を見せ、嬉しそうだ。



「特殊科ですよ」



 差し障りのない程度に試験内容を聞き、入学金やその後の寮生活などについて話を聞いた。私が御礼について話が及ぶと、御礼(賄賂)は受け取れないと彼は笑いながら去っていった。



 また正門まで戻ると門兵が違う二人に変わっていた。

 通り過ぎる際は慇懃に敬礼を受ける。

 同じ兵士とは思えないほど印象や雰囲気、何もかもが違っている。

 


 晴れない靄を残しつつ士官学校を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る