第12話 軽い女

sideアレックス

 



 あいにくの雨。


 宿を早めに出たが、着いたときには他の受験生で溢れていた。


 ギャバジンを羽織っているがこっそり起毛素材を使っているので雨は避けている。

 フェルトの焦げ茶の帽子は濡れた私の赤毛と同化していた。



「戦略科は右手、戦術科は左手にお進みください。特殊科はそのまま真っすぐ、こちらへどうぞ!」


 軍服を着た兵士たちが案内を勤める。数人学校の生徒たちもいるようだ。

 私は特殊科の列に並び、順番を待つ。人数も他が数百人はいるのに、その三分の一ぐらいの人数しかいない。



「えー、お名前はアレキサンダー・アンブロジーニさんだね。マーカス様のご推薦を頂いている。どうするかね?」


 私の番になったのはいいが、よく分からないことを受付の軍服を着たおじさんは言ってきた。


「“どうする”とはなんのことでしょうか?」


「そりゃ、もちろん試験を受けるかどうかだよ。既に席はあるし、今更受けなくても問題はない」

「……そ、それは凄いですね、一応他の目もあるので受けさせてくれませんか?」


「あ、モノ好きだな。ではこれをもって測定に進んで。その後に学科、そして実技、時間厳守で頼むよ」

「は、はい、ありがとうございます」


 測定はあっという間に終わり、私の低身長でも問題ないようだ。

 犯罪歴を調べる石板をクリアし、スキルやギフトを自己申告する。


スキル:調合5/土魔法5/回復魔法5/鋼糸術4/睡眠魔法4/身体強化4/生存技術4/採取4/交渉3/性技3

ギフト:不老/調薬/奇策妙計/解析/毒耐性/麻痺耐性/催眠術/看破/雌雄

性 格:独創/冷徹/妄想癖

称 号:『ドラックマスター』


「軍で役に立ちそうなのは……土魔法、回復魔法、生存技術、看破あたりだろうか」


 この数年であまり触れたくないモノまで増えているが、かなり強くなった。

 スキルの強さ表示が中途半端な”5”が最高らしく、中学生の通信簿のような感覚になる。

 この世界では人を視るのはタブーとされているため、あまり積極的に視ることはないが、大概が私よりスキルの強度は劣っているし、鑑定持ちは少ないのか、視られることもない。



 ここでもあまり正直に書くと悪目立ちしてしまうだろう。

 初級から中級程度にしておこう。



「これでよし……と。次は学科か」


 頭は悪いほうではない。むしろ有名な大学院を出ているので素頭はいい。この異世界プロジェクトを任されるほどの実務能力もある。才女として妬まれることも一度や二度じゃない、ライバルも大勢蹴落として来た。


 たとえ薬漬けのショタでも学科は全く問題ない。



 予想通り、学科に関して歴史以外は問題なし。数学や物理はほぼ高校生1年生レベル、それ以外も予習のお陰でほぼ解けた。


 合格が決まっているとはいえ、自分と周りの差異を知るのには最高の道標だ。

 マウントを取りたいがために受けたのではない、自分の立ち位置を知りたかったからだ。まぁ少しは優位性を感じたいところもあったが。



「それでは特殊科の受験生、ここへ集合!」



 百人弱の人数が雨上がりの訓練場に集まった。風も止んで先ほどより暖かい。

 戦術科は人数と場所を使うので別日に行なわれるため、このだだっ広い訓練場を貸し切り状態だ。


 午前中は戦略科が実技で午後は私たちと入れ替わりのようで処かしこに騎馬が通った泥濘があちこちにある。



「なぁ、おチビ、お前も受験生か?」


「……」



「おい、返事しろよ、チビ!」


「……」



「チッ、面白くねぇ」



 どこにでもウザいヤツはいる。

 受験生以外がここにいたらそれこそ問題だろう。面白いかどうかなんて関係あるのか?

 マジでコイツはバカだ。無視するのが一番。やっぱりこの身長だと絡まれやすいのだろうか。


 見たくないが振り返ると青黒い髪の色をしていた。

 私がチビならヤツはガリ。目つきは鋭く、爬虫類のようだ。

 正直キモイ。



「呼ばれたら、名前と受験番号を言うように。そこのスペースで何をやっても構わん。自分が有用だとアピールしなさい」



 教官は次々と名前を呼び評価を下していく。

 三人が次々に魔法やスキルを披露しているが、驚くようなものはない。



「カーティス・サラマン君。こちらへ」


 ガリガリの男はブースに入ると自信ありげに右手を前に突き出した。

 後ろの視線を感じているのか、やたら恰好をつけている。


「出でよ! ブラッティスネーク!」

「ブブッ!」


 噴き出してしまった。

 中二病まで患っている。闇魔法かなにか知らないが、たいして大きくもない黒蛇がにゅるっと手から落ちた。

 蛇ではなくアイツが落ちてほしい。


 微妙な召喚サモンに受験生たちは流すことにしたようだ。

 なんだか可哀そうに思えてくるから不思議だ。



「次、アレキサンダー・アンブロジーニ君」



 私は無詠唱でゴーレムを土魔法で作り、カーティス君に見せつけてやった。

 教官と受験生全員が呆然と座り込んでいる。


 やらかした一日が終わった。




◇◇◇



「はぁはぁはぁ、アレックスもっと、そこ、そこ」


 前世の私より肉付きもよく、敏感なこの女は士官学校の事務で初めて行ったときに受付をしていた娘だ。


 名前はジュリア。ショタ好きらしく、甲斐甲斐しく私に奉仕を教えてくれた。

 当然知っていることばかりだったが、肌が恋しく寂しい私は彼女に溺れ、彼女はそれ以上に私に溺れている。


 合格発表までの間、ノアがプレゼンしてくれた王都巡りは完璧で、この王都生まれのジュリアも知らないディープな店に導いてくれた。あっという間に彼女との距離は縮まり、デートに誘ったその日に体の関係になった。


 私の魅力というより、ノアの企画力や判断力が功を征したといってもいい。

 コンサル出身だからこそ彼の凄さが分かる。


 それに彼との不思議な友誼は身体の関係を一切想起させない、媚も売らないビジネスライクな態度も気に入っていた。


 今はジュリーに集中しよう。


「ジュリーお姉ちゃんこう?」

「そ、そうよアレックス、いいわ、上手よ」


 何度か絶頂に達すると、彼女はわがままを言い始める。

 今日は合格後の寮生活を話すと、一人暮らしの彼女宅で一緒に暮らすように催促された。

 


「ジュリー、ありがとう。気持ちは嬉しいけど私は心の病気を抱えている。……知っているかも知れないけど、男の人も好きなんだ……」


「うふふふ。とっくに知っているわ。デートでもよくいい男に私以上に目移りしていたよね。それくらい気にしない」


「あ、ありがとう、それにあまり深い付き合い……結婚前提とか、気はないんだ。ごめん」


「あら! それならもっと都合がいいわ。私もそんな気はないし、いい男が他にできたらそっちに乗り換えるから」



 このぐらいの軽い女なのに、なんで一緒に暮らそうとするのだろうか。



「ねぇジュリー、それならなぜ一緒に暮らそうって誘ってくれるの?」

 

 ふぅ、とため息を彼女はつくとほおづえしながら私の耳を撫でる。

 さっと顔を近づけ、額にキスをしてくれた。



「あなたは独りにしちゃいけないひとだからよ?」



 いつも通り、口づけをして頭を撫でてくれた。

 私はその日、彼女の胸の中で泣いた。そして何度も求め、応えてくれる。


 ここ数日で初めて薬を絶った一日。




 一七〇三年 春 私は知らない世界で孤独を埋める恋人と仲間を知らぬ街で得た。

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