第10話 王都にて

Sideアレックス


 行商人との旅は夢のようだった。

 知らない町、寂れた村、活気のある街、途切れないバカ話。

 物が売れ、人々が交わす。


 僅かな利益でも笑顔を綻ばせる商人とそれ以上に喜ぶお客。

 前世の知識や僅かな優位性があったところで人の営みや出会いの前では無力だった。

 

 そして新しい薬。

 私は片っ端から草やキノコ、虫をアイテムボックスに入れていき、イベントリを利用した乾燥、分離と精製を繰り返し保存。宿に泊まれたときに一気に調合や調薬を行った。

 煎じ薬として効能別に分け、毒素や毒物はギリギリ化学的特徴を残しつつケミカライズしていく。


「解析は……幻覚効果と共感作用……? どれ、ひと摘まみ」


 幾重にも掛けた鍵など無意味だった。

 口に入れたモノはすんなりと喉を通り越し、胃に簡単に溶け込む。


 欲望が渇望に変わってしまうのに一刻も掛からない。


 溺れた後はどの町でも繰り出し、夜の酒場や花街に足を向けてしまう。

 寂しいのか、心が求めているのか、何もおかしなことはないと彷徨い、相手が見つかるまで疼きが収まるまで繰り返す。




「坊や、どう? 安くしておくよ」


「ああ、あ! いいよ! うふふ、楽しもうか」



「こ、ここでかい? いたいっ! 何するのさ!」


「手を握らせてもらっただけじゃないか、口を犯してくれよ」




 亜人、獣人、男女区別なく楽しむ。

 ただ快楽は一瞬でそれに支配的だ。男の体は余韻を楽しむことはできず、性感帯が極端に少ない。

 どうしても新しい快楽を探求してしまう。

 


「あんたガキの癖に女みたいにしつこいね、もう終わりだよ。離れなよ、気持ち悪い!」


「待ってよ……金ならあるんだぁ」


 

 翌朝は後悔から入る。私は何をやっているのだろう。

 薬に飲まれている自覚はあっても支配されていることはなかった。


 王都が近づくにつれ野宿は減り、薬の時間は増えていく。


 もうすぐ絶つための目的地に辿り着いてしまう。



 私はもうダメなのかもしれない。



◇◇◇


「あれが王都マレだ。すごいだろう?」


「ああ、城壁でまったく分からないけどね」

「確かに」


 この辺りは治安もよく、護衛の冒険者は数日前から雇っていない。

 気候も厳しい冬を完全に抜け、春が周辺の草地を訪れていた。


「とにかくその身分証明だけでは時間がかかる。中に入ったらどこかのギルドで作ることを薦めるぞ」

「そうする。散策もしたいし、金も稼がないといけないしね」


「お前の見た目と口の上手さがあれば私以上に物は売れるさ。商才もある。いっそのこと商人にでもなったらどうだ?」


「冗談。私は軍人になるためにここにきた。それに見掛けが子供だから商人なんて無理だよ」



 行商人の言葉は私を揺さぶる。本当にこのまま軍人に?

 薬を絶つ? 何しにきたの?


「次、何しに王都へ?」


 列がいつの間にか進み、私たちは衛兵の前に出ていた。

 行商人は荷物を見せ、私は身分証明を渡す。

 軍人になることを正直に話すと簡単に入場させてくれた。


 街だ。日本を知っているだけにさして感動はないが、やはり異世界の大都市はすべてが違った。



「アレックス、そんなところで突っ立ていると馬車に轢かれてしまうぞ。ここまで本当に助かった。これは餞別だ、またな」


「商人の別れはつれないね。ありがとう、本当に楽しかったし、勉強になったよ。これは受け取っておく。代わりにこの薬を貰って。疲れたときに飲むといい」


「ありがたく受け取っておくよ。お前の薬効きすぎるから気を付けなくてはな。あははは」



 一か月の共は友となり、ここで別れる。

 これで私は本当に一人きりだ。貴族に転生したあの男を探すつもりが、男が望んだ変態行為を私は繰り返し、求めてしまっている。最低のクズはどっちなんだ。

 淫らな想像で股間はすぐに反応した。



「こんにちは! えっとお兄さん? 宿や案内が必要なら銅貨十枚で連れていくよ」

「それなら僕は銅貨八枚でいいよ」

「こっちだよカッコイイお兄さん、私は七枚でいい」


 我に返ると身なりはマシだが、臭いのきつい子供が群がっていた。

 ポケットの違和感に気が付くと既に薬数粒と銅貨数枚がすられている。

 強請対策用だったが、その前に使ってしまっていた。


「君たち、宿への案内だけで銅貨五枚出す。その宿が良ければ翌日以降は銅貨九枚で案内を頼むよ。できれば湯浴みができて清潔な個室がある宿屋がいい。誰が案内するか決めてみて。どうだい?」


 子供たちが一斉に案内を引き受け、自信たっぷりに自慢を始める。

 その中でひとりの男の子だけが冷静に私を見ていた。


「君は参加しなくていいのかい?」

「今いる子供たちは俺を含め六人。明日の案内は八枚に減らしていいから六枚にしてくれないか?」


「一枚ずつ分けるのかい?」


「みんな宿の客引きが収入源だ。このままでは五人があぶれ案内できない。そこそこいい宿で、案内をした者に銅貨三枚をくれるところを知っている。そうすれば皆短時間で銅貨一枚と半銅貨一枚は確実に稼げる」


「ほう、賢いね。この辺りの一泊の相場は?」

「中宿で銅貨八枚から銀貨一枚ぐらいかな。それ以下はやめた方がいい」


「わかった。それでいこう。皆を説得できる?」

「ああ、いつものことだから。任せて」


「翌日以降も分けるのかい?」

「そんなバカなことしないよ。行く場所によって得意な子が行くのさ。取り分も半分その子が持っていく。後は山分け」


 なるほど、そうすれば詳しい子は稼げ、案内を頼んだ方も納得できる。それぞれ違う分野の専門を集めたほうが効率もよく、お客も嬉しい。

 そのチャンスはここで六人平等に訪れる、というわけだ。


 その子は簡単に子供同士の自慢合戦を収め、その額で納得させた。

 毎回やっているデキレースなのかと思ったが、皆その子と距離を置いている雰囲気がある。

 六人の子供たちに囲まれながら宿に案内されると店主から半銅貨六枚に分けてもらい、彼らは稼ぎをもって宿屋を出て行った。明日の話をするらしい。


「いらっしゃい。一泊銅貨九枚、朝食と夕食付きなら銀貨一枚と銅貨三枚だ。湯浴みもできるぞ」

「じゃあ、朝食と夕食を付けて三泊分お願いするよ。ところで……案内料を受け取った男の子だけど、いつもこんなことやっているの?」


「ははは! それがよ、あのガキを見かけるようになってまだ一週間ぐらいかな。それなのにもうガキどもの半数を締めているって噂でな。隙間商売がうめんだろうな」


 このタイミングを見計らっていたのか、一人の女の子と男の子が走ってきた。


「明日の案内は俺かチーのどちらかがすることになった。どこへいきたい?」


「そうだな、商業ギルドと薬局、あとは士官学校ぐらいだろうな」


 その話を聞き二人の子供たちは決めたようだ。


「明日はチーが案内する」

「よろしくお兄ちゃん、九の鐘でいい?」


「ああ、よろしく。それでいいよ。銅貨八枚だよ」

「うん、わかった。じゃ明日」


 十歳前後の栗毛の女の子が案内役になった。

 部屋に入り、少ない荷物を置くと近所を散策することにした。


 そこそこの夕飯とエールを一杯だけ飲み、ベッドに潜る。こんな日常を送るなんて日本にいた時も、ここに来たばかりの時も考えていなかった。


 翌朝、九の鐘が鳴る前に朝食を済ませ、街歩き用の鞄に薬草と薬をいくつか入れて外に出た。

 玄関の外に女の子が待っており、挨拶をすると先に半金を渡してやった。


「ありがとう、何もしていないのに半分もくれるのね」

「案内損したら嫌だろう? 早速、商業ギルトに案内してもらおうかな」


 街は思ったより複雑なのは増設、増築を繰り返す建物と戦争国などの侵入者向けの配置らしい。直線は短く、視界を防ぐ四階建ての建物が並ぶ路はたいがいゆっくりとカーブしているため、方向をすぐに失うようになっているとのこと。案内がいてよかった。



「チーちゃん。昨日の仕切っていた黒い髪の男の子はなんていう子なんだい?」

「ん? あの子はノアだよ。頭がすごくいいの。ノアが来てからいっぱい稼げるようになったんだ」


「へぇ、そうなんだ。いつから居るんだい?」

「どうかな、話すようになってからまだ一週間ぐらいかな。もうちょっと前からいたけど」


 子供たちの暮らしは劇的に改善したようだ。ただ少し上の世代の子たちに羽振りの良さが伝わってしまい、睨まれることも増えているため、その交渉もノアが勝って出ているそうだ。


「ここが商業ギルドだよ。待っているね」

「ありがとう。なるべく早く用事を済ませてくるよ」


 騎士爵と伯爵家の従士の子、というだけで簡単に商業ギルドに登録でき、販売者登録と仲買、卸しの認可証も銀貨一枚でよかった。

 年会費のみで特に義務はないそうだ。その代わり商売はギルドの会員同士で行わないと見つかった場合は罰則金が掛かる仕組みらしい。



「薬局や治療師のいる地図はありますか?」

「銅貨五枚です」


 小さな紙一枚にびっしりと細かい地図と字で埋まっており、私ではまるで理解できなかった。現在地ですら分からない。


 礼をいうとそそくさと建物を出る。

 表で待っているチーちゃんと相談するため、彼女お勧めの食堂に入った。

 彼女の分も定食を頼み、待っている時間に地図を広げる。


「チーちゃん。これを見て欲しい。薬局と治療師が載っている地図なんだけど、私のいう条件のお店は×を付けくれないかな?」


「うん、わかった。知らないこともあるからそれはどうしたらいい?」

「それは△を書いてくれる? こういうふうに」


 彼女は一生懸命地図をみながら私の条件を次々にふるいにかけていく。


「―――スラム街の近くやその住人のお客が多い店」

「年寄りが多い地区の店」

「職人の多い地区の店」

「残ったお店の中であまり流行っていない店を下から十店」

「店主がおじいさんやおばあさんの店」


 私は旅行コンサルやパッケージ販売などをやっていたため、マーケティングは得意だ。

 ピンポイントとはいわずとも自分の薬を最大限高価で必要としてくれるところを選びたい。


「えっと、残ったのは……十と十と二かな」

「ありがとう。ここの地区はどんなところ?」


 昼食を終えた後もチーちゃんの知識を活かし、お店を絞っていく。

 驚いたことにほとんど△がない。

 片手で収まるぐらい減らすことができたので、一つずつ案内してもらうことになった。

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