第9話 理不尽教師がやってきた

sideジル



 どうしてこうなった。

 王都で無事にお披露目を終え、得難い見習い従士エルを配下に加えた。

 後は田舎でのんびり過ごしつつ内政値の高い良き人をみつけ領地経営の手伝いをさせる。


 完璧な未来予想図。



「聞いているの?」

「えっ、はい、母さん、それでいきましょう」


「本当にいいのね?」

「もちろんですよ。エルを替え玉にする話ですよね」


「「ジル(様)!」」



 田舎に引っ込んですぐ舞踏会の会場ホスト、第二王妃のお父さんにして、アル王子のおじいちゃんの公爵から親書が届いた。


 内容は読み返したくもないしろもので、再来年十五歳の春に王立貴族学院への入学の推薦状がついていた。


 この貴族学院は王宮の伏魔殿養成機関として名高く、腹芸腹黒の貴族子女が集まる巣窟、学び舎である。


 要は行ってはいけないところである。



 当然、武門で領主貴族の父も、父以上に宮廷貴族嫌いな母も通ったことはないし、そんな金があるならもっと有意義に使っていただろう。


 それに俺はこのテンプレート展開に物申したい。



「行きたくないに決まっているじゃないですか! なぜ高い金と貴重な時間を使い、人様のアオハルを見せつけられ、心の中で”爆ぜろ!”と呪わないといけないんですか?」


「爆ぜろ! はよくわかりませんが、行かせたくないのは私も同じですよ。先回りされて奨学金と推薦、家庭教師の紹介までしてくださっているのよ。どうやって断ればいいのですかっ!」


 爆死は望んでないだろうが、逆ギレかましながらハンカチを噛み始めた。これ以上の不毛な議論と母のキレ具合から矛を収めないとこっちにとばっちりが来る。



「ジル様、それなら私が替え玉になりましょうか?」

「ティナ、気持ちだけ受け取っておくよ」


 ティナの熱い思いはさておき、同席したエルが手を挙げた。



「推薦といいつつもあくまで枠を空けるだけ、奨学金も入学しないと頂けないことになっております。……ジル様の自力を試されているのかと思います」


「なるほど。なら適当でいいな」


「オホン。最後までお聞きください。家庭教師の紹介付きは援助と真逆です。『ふーん、どうせ適当に受け流すつもりでしょ? 本当に浅はかで大したことない小娘風情が』という安い挑発ではないでしょうか?」


「な、なに?!」


 エルの小ばかにしたような声色は演技とはいえ、火が点きそうになる。


「残念です。まさか麒麟児と呼ばれたほどの人の口から『適当』という言葉を聞くなんて……とはいえ、敗者は受験だけで義理は果たしたことになると思いますが?」


「敗者?」


「ええ、敗者です。ここまでお膳立てしてもらいながら合格できない。雑魚、失礼、振る舞いだけは異才の凡人、っていう意味では敗者確定です」



「ぐうぬぬぬぬ……」



 俺のくやしさを見て取ったエルは口角をわざとらしく上げると指を突き立て追い打ちを掛けた。



「私の仕える主様なら、その程度の壁はたやすく越えてくれるはずでは?」




◇◇◇




 まんまとエルの口車に乗せられ、家庭教師をとりあえず迎えることになった。

 三名の中から選べるそうで最後まで悩んだ。


 ここまで悩むのも二年間も雇うとなるとそれなりの金がいる。

 恐らく公爵の計らいで激安にしてくれているんだろうが、うちにはギリギリ。仕方なく父のへそくりを持ち出し、不足はエルが賄ってくれることになった。

 なんと彼女は商才があるらしく、すでに金を生み出しているそうだ。


 ところでその家庭教師たちがエルのように曲者揃いだ。


 Aランク/マホニイ老師 数多くの優秀な宮廷貴族を育てるが高齢で耳が遠いため、人生最後の教鞭を引き受けて頂く。 金貨6枚/月


 Bランク/ユローザ師 淑女を育てるのに定評がある。妻が逃げ、都会の生活に疲れたらしく、今回の依頼を快く引き受けて頂く。 金貨4枚/月


 Cランク/ココ女史 思想的な偏りはあるが優秀。貴族社会に嫌気がさし、田舎暮らしを希望、ついでに教師を引き受けて頂く。 金2枚/月



「く、癖が強そうね……私は断然ユローザ師よ。淑女になってもらわなきゃいけませんからね」


「私はマホニイ師を推したい。何より優秀な弟子をたくさん育てているし顔もきっと広い」



 全員がドロップアウト希望なのは気になる。

 背景などお構いなしの父と母はそれぞれ勝手に盛り上がっている。



 俺自身は誰に来てもらっても結局は皆が寝ている間に勉強することになるし、受験はともかくできるだけ知力や内政を上げたい。



「ティナ、エル、お前たちはどう思う?」


 二人は顔を見合わせると同時にココ女史を指さした。



「都会のこと聞きたいです!」


「田舎希望のドン引き知識人は大いに活用すべきです。彼女以外ありません」



 さすが我が部下たちだ。ティナは女子同士の話し相手が欲しく、エルは領地の発展に目が向いている。

 もっと俺のことを考えてくれてもいいだろうが。

 

 うーーーん、どうせなら女性の方がモチベーションは上がる。

 よし、きめた!



「じゃあ、ココ女史で」




◇◇◇




 王都から家庭教師はすぐにやってきた。

 授業はすぐにはじまった。


 今日の授業は牛を連れている。



「はい、ジルさんなんでしょう」


「先生はなぜ仔牛を屋敷の中に連れているのでしょうか」



「いい質問ですね。貴女の家族はどこに住んでいますか?」


「……この屋敷です」



 ドヤ顔のココ先生。牛までドヤ顔にみえてくる。小生意気な先生に戦意を保つのは難しい。



「そういうことではなくてですね、部屋に家畜を入れるのはどうかと思う訳です。さっきクソも垂れ流していましたし。本当に先生の家族なんですか?」



「この仔牛が家族? 冗談はよしてください。では仮に貴女がテイマーだとしたら、従魔が家畜呼ばわりされたらどう思いますか?」



「ええ?! その牛、従魔なんですかっ!」


「ただの牛に決まっているでしょうが! 阿保たれ!」



 先生が来て5日目。毎回生き物を屋敷に連れてくる。

 父は器が大きいところをこの悩殺ボンバーに見せたいのか、だらしない顔をして許すし、母は彼女のスタイルとファッション、コスメに釣られ父以上にメロメロである。

 紫のウェーブが掛った髪に切れ長の瞳。泣きホクロ。甘い声にナイスバディの妙齢の美人だ。



「ちっ! 篭絡されやがって」


「あ“? なんかいった? 早く論破しないとこの部屋でうんちしちゃうぞ♡」

「く、くそっ!」



 授業らしい授業もせず、毎回先生のわがままに付き合うか、超ハチャメチャ理論を通して俺を小バカにするかのどちらかだ。

 確かにセクシーでスリットスカートはエロい。だがそれだけのドS痴女だ。


「あんた本当にあの第二王妃をダンスでイカせた同一人物なの? ほんとがっかりよね」


 論破されるたび煽られる、俺の黒歴史をガンガンに突いてくる鬼畜女だ。


「まともに勉強を教えてもらっていないし、侮辱までするとは……」


「くふふふふ! これ以上がっかりさせないで頂戴。ボルドの麒麟児ちゃん。何を期待しているの?」



 今日も無駄な時間が過ぎる。俺のほうが常識派になってしまった。

 突破口を探して鑑定を試みたが弾かれた上に変態、スケベと罵られ、挙句父の前でウソ泣きをされた。その日は夕飯を抜きにされた。


 わずか数日で心折られそうだ。




「ジル様。大丈夫ですか?」



「ああ、平気だよ。ただちょっと疲れちゃった……私は何を学んでいるのだろうか」



「私が癒してあげます。肩でも揉みますよぉ!」


「あ、ありがとうティナ。居てくれるだけで十分だよ」



 後ろに回ろうとしたティナを無理やり横に座らせた。

 彼女の肩もみで、もうムチ打ちになっている。



「それでな―――」



 俺はティナとしばらく雑談を交わし、無理して付き合ってくれた彼女が眠たそうにしたので俺はわざとらしく欠伸をした。

 この合図で彼女は寝支度を急ぎ、部屋を出ていく。



「さて、どうしたものか」



 これからが俺の時間ターンだ。待ってろ先生。かならずギャフンと言わせてやる。

 寝巻を脱ぎ、狩りのいでたちでこっそりと部屋を出た。






◇◇◇




「ヴァウ! ヴァウ!」

「ギャィーーーン」


「ウウーーヴァン!」

「キャインキャインンン」



「こ、これはどういうことです?!」



「どういうこと? 先生は『なぜ私がレッドウルフを連れてきたのか』について聞かれています?」



「そ、そうよ! 早くその狼を下がらせなさい!」


「先生の連れてきたワンちゃんに私はそんな酷いこといいませんよ。カカカ」



 私の部屋の隅で怯えている野良犬は小便垂らし、戦意喪失して死んだふりをしている。



「なんなら先生が直接レッドウルフに命令でもしてください。私はこのままで構いませんよ。どうせ授業にならないし」


「はぁぁぁ?! あなた狂っているの? ひぃぃ! こ、殺されるぅぅ!」



 しりもちをついたまま先生は立てない、これ以上の威嚇はお漏らし案件になってしまう。

 やれやれ。レッドウルフを撫でながら首を掴んだ。



「もういい、去ね」



 その一声で開いた窓から尻尾を垂らしレッドウルフは一目散で出て行った。

 微妙な空気に耐えきれなくなった野良犬もこそこそと出ていく。

 


「ふぅ。いいでしょう。ひとまず合格です」


「合格? 何言ってんだクソババア」



「ババア? まだ二十代です! 生意気な口は慎みなさい!」


「散々煽っていながら慎め? そっちが謝るのが先だろうが」



「まだ分かっていないわね。やっぱり不合格よ。はぁ。安い挑発に乗って貴女はこの家族や領民を苦しめたことになったわ」



「どういうことだ?」



「座りなさい。……いいですか? 例えば必死に勉強して頭がよくなって貴族学院に合格したとしましょう。クラスに私のような上位生徒・・・・がいたらどうしますか?」



「……」



「気付いたようね。教師なら踏みとどまっていたことも同じ学生同士なら喧嘩や言い争いに貴女なら簡単にエスカレートするでしょう。そうなった時点で負け」



 よく考えたら先生の振る舞いはくだらない嫌がらせだ。屁理屈でしかない。

 返すなら同じやり方で返すべきで、むきになって言葉の暴力を振るうべきじゃない。

 ましてや学生たちは俺よりもずっと年下なんだ。ムキになってどうする。




 情けない。




「……ココ先生。私の至らなさをご指摘いただきありがとうございました」


「それでいいのです。貴族間の適切な返しができなければ勉強なんてやっても無駄。合格しても辛いだけです。いいですね?」



「はい!」



 それからの俺は変わった。

 先生の意地悪には笑って流し、嫌味には無視する。ちょっかいには同情を買い、マウントには他の守護神に頼る。

 腹の探り合いを常に授業中に鍛え、隙を見せたら雑言や罵声が飛んでくるが綺麗に優雅に抗い続けた。

 実力行使に出てこられないように先回し、証人になりそうな者の前に誘導する。


 何度も苦い経験と体験させてくれる。



「そうよ。必ず相手が先に手を出した状態を作りなさい! わきが甘い!」


「はい! 先生! ”レディ、今夜ご一緒にお食事でも”」



「良い返しよ。”ごめんなさい先約がありましてよ。是非また誘ってくださいね”」


「ありがとうございます先生! ”さすが私が見込んだ高貴なる華だ。さぞ先約のお相手は立派な御仁でしょうな”」



「もう少し謙りなさい。”あらまあ、女が喜ぶ言葉を随分知ってらっしゃるのね。私のような世間知らずではとてもご立派なあなた様に釣り合いませんわ”」


「わかりました。”それは手厳しい。貴女が世間知らずなら私は生まれたてのウサギちゃんです”」





「……ここまで。合格です。よく頑張りましたね」



「ありがとうございます先生! では今夜、お誘いに上がります」


「へ? 今夜?」



「ええ、そうですよ。世間知らずな先生を素敵な場所にご案内します」


「私を口説いてどするのよ」


 その夜は家族と使用人たちと一緒に裏庭でバーベキューをした。

 久しぶりに食事を満喫し、夜遅くまで笑い合った。

 

 主役はもちろん、俺を鍛えてくれるココ先生だ。




◇◇◇



 残りの一年はあっという間だった。

 貴族の戯れ、権謀術数に慣れる時間は終わり、この一年は試験に向けた本格的な勉強を開始した。


 この間、少し遅れていた女性になる通過儀礼も終わり、下着も自分なりに一着だけだが貴重なリネンでつくることができた。


 リネンが買えたのも、夜中に抜け出し狩りに勤しんだためだ。

 相当数の魔物や獣の毛皮や素材、肉をエルの手引きで売りさばく。

 商売は順調で近所の悪ガキやティナが手伝ってくれている。


 こうして明日からまた、俺と先生と領地の未来に向けた時間が続く。



「能力、ジリアン・ブライ」


統 率:C

武 力:A

知 力:D

内 政:E

外 交:B

魅 力:S

魔 力:A

スキル:剣術9/弓術9/索敵9/男装8/体術7/家事魔法7/狩猟7/隠匿6/隠ぺい6/解体6/夜目6/舞踊6/風魔法5/身体強化5/魔道具4/魔法陣4/魔力操作4/話術3/透過3/偽装3/礼儀作法3/反撃3/テイム1

ギフト:不眠/鑑定/頑健/探知/アイテムボックス/臨機応変/錬金術/猛者

性 格:短慮/軽率/鈍感/豪胆/任侠/洒脱

称 号:ボルドの麒麟児・闇夜の首狩り族シャドウハンター

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