第34話 服毒
ブルーシートの上で苦しんでいる
瑠偉だけではなく、奥の方では嘔吐しているメンバーもいて、中には呼吸困難に陥っている様子だった。
「間違いない。誰かが、アセビの毒を弁当に混ぜたんだ」
「なあおい。これ何とかした方が……」
「うん。山路は警察を呼んで!!動ける人は、保健室に連れて行って」
指示された先ほどの審判が、校舎の出入り口に走って行く。
山路は上着のポケットからスマホを取り出し電話する。
「もしもし、
山路がスマホの画面を切ると、歩美の方を見る。
「ねえ、これまさかとは思うけど、私達のところに置いてあったペットボトルと一緒なんじゃないの?」
「その可能性は高いな。ていうか、こいつさっき言い争っていた奴なんじゃないのか?」
山路にそう言われ、歩美が瑠偉の顔を見る。
「…………」
コートの向かい側で弁当を食べる伊多町の少年たちを強く睨んだ。
「ま、とりあえず、今藤が来るまで対処しようか」
数分後。
「なるほどな。つまり誰かが、被害者の弁当に毒を入れた可能性があるってことだよな」
「そういうこと」
私服のまま着いた今藤と
「それで、偶然弟のサッカーの試合を見に来ていた歩美と、モテたくて来た山路が、俺たちを呼んだってわけか」
「にしても私服で到着かよ」
不服そうに言う山路に、今藤と愛川が呆れて言う。
「仕方ないでしょ?今日は学校休みなんだし」
「こんなんに呼ばれるなんて、誰も思ってねえよ」
そう山路に言い返した後、今藤は歩美に近づいた。
「おい歩美、お前、なんか心当たりとか無いのかよ」
「分からないよ。ま、一応、伊多町の人たちと、試合の途中の反則で言い争ってたのは知ってるけど」
歩美が今藤に伝えると、側に立っていた審判が言った。
「そうなんですよ。それで、一試合目は、昼からに見送ろうと」
「じゃあ、まだ英華町と伊多町は試合をしてないってことだよな」
「はい。でもまさかこんなことになるとは」
審判が残念そうに首を横に振った。
「ハァ。せっかく英華町の試合を見られると思って楽しみにしてたのに……」
「そんなにすごいのかよ」
今藤が馬鹿にしたように笑って言うと、山路が頬を紅潮させて起こった。
「はあ?お前知らねえの?英華町のサッカークラブは、この辺で一番だろ。
「皐月?誰?」
怒る山路の後ろから、歩美がひょっこりと顔を覗かせ、彼の名前を聞く。
「ああ、日秀学園サッカー部、ゴールキーパーの
「へえ。そんな上手なの?サッカー」
「ああ。もしかしたら、
『赤い真珠みたいな首飾り』と聞いて歩美が驚いた顔をする。
「なんか、大事な人から貰った大切なお守りだって。でも、誰かなのか教えてくれなくてさ」
「今日、皐月くん来てるの?」
「い、いや、来てないけど……」
いきなり大声で聞かれた山路がたじろぐのを気にせず、歩美がまた質問する。
「じゃあ、どの辺に住んでるか分かる!?」
「んなもん知るわけないだろ??遊びに行ったことも無いのに……てか、お前なんでそんなこと聞くんだよ……まさか、皐月の事好きなのか??」
珍しく青ざめた表情で歩美を見る山路だが、その表情に驚いた歩美が焦って言い直す。
「ち、違うよ。ちょっと気になることがあったから」
「なんだそうか。んで?なんだよその気になる事って」
「——お前の、兄の事か?」
話している二人の横から今藤が割って入る。
「兄?お前兄なんていたのか?」
「え、ああ、まあ……」
歩美が頭の後ろを掻いて、今藤の方を見る。
今藤はそんな歩美の顔を見返すと、真剣な表情で言った。
「俺たちも歩美の兄を探している。こいつの兄は、三年前から失踪している。その事について何か思い出したことでもあったのか?」
「ま、思い出したことっていうか、お兄ちゃんが持ってたお守りをその皐月って人が持ってるんじゃないかと思ってね」
「それはねえよ。お前の兄が失踪したのは三年前からで、皐月が米秀小学校に転校してきたのは五年生の時だし、小学校も違うから、んなもん渡すなんて無理だ」
転校してきた、という文言を聞いた歩美が驚いて今藤に聞く。
「転校生なの!?」
「ああ。前に
今藤は歩美から目を逸らすと、しゃがんで弁当の写真を撮る愛川の方へと向かった。
愛川のスマホのシャッター音が鳴る。
「症状からして、校舎裏に生えているアセビだと思う。さっき他の刑事が校舎裏を見に行ったとき、アセビの葉と花がすべてなくなっていたから」
「やはりな」
今藤が立ったまま愛川に言う。すると後ろから、「今藤さん?」と疑問形で呼びかける後輩の声が聞こえ振り向いた。
「山根、お前もいたのか」
「はい。俺、日秀町のサッカークラブなので。それより何かあったんですか」
歩美の弟である
「ああ。英華町の奴らが毒を盛られ、今病院にいる」
そう聞いた茜が不思議そうに言った。
「え?だったら、その犯人、随分間抜けですね」
「はあ?」
茜はまだ純粋な子供の眼で、今藤に言った。
「犯人の目的はおそらく、優勝するのに邪魔な英華町の彼らを腹痛などの体調不良に侵し、試合で本来の力を発揮させないこと。英華町の全員が被害を受けている点からも分かります。そして複数人の可能性が高いですね」
茜は目を瞑ると、校舎裏へ続く通り道を見つめた。
「アセビの毒性はかなり強く、重症になれば、昏睡状態になり死に至る。もし、英華町に勝ちたいんなら、アセビの毒ではなく、他の毒を使うはずです。事前に調べもせず、毒を盛った証拠ですよ。
それに、英華町のメンバーは全員で十一人、サッカーは人チーム十一人で試合が行われるため、一人でも欠けたら、試合は続行不可能」
「でも、そんな間抜けな犯人がいるか?やっぱり違う動機なんじゃ……」
今藤が冗談ぽく笑って言うが、それに茜がしたり顔で返す。
「それがいるみたいなんですよ。俺たちの休憩場所に置いてあった大量のスポーツドリンク、全部のペットボトルは新しいはずなのに、開けたときに音がしなかった。誰かが事前に蓋を開け、中に毒を入れた可能性が非常に高い。
それに、あのペットボトルは、俺たちが一回戦に出る前まで無かった。つまり何者かが、ペットボトルに毒を入れた後、一回戦の試合で勝ったチームの方にペットボトルを置いておいて、飲ませるように仕向けようとしたんでしょう。それは、本来の力を出せていない俺たちと勝負して、優勝したという肩書を得るためですよ。
しかし、
長々と説明する茜の様子を見た歩美が口を挟む。
「茜の言う通りだよ。それに、ペットボトルの数は全部で一四本、となると、やはり複数人での犯行の可能性が高い。今回この大会に参加した四つのチームの中で、一番人数の多いところは、米秀区、でも、残念ながら私達に負けてしまったし、ペットボトルに毒の入っていた私達はシロ。となると残りは、米秀区の次に人数が多い伊多町ってことになるね」
「フン。探偵気取りか?止せよ歩美」
今藤が鼻で笑った。その様子に歩美が眉を顰めた。
「この事件を推理したのは、私の弟の方でしょ」
「ふ―ん」
今藤は茜の手首を掴んだ。
「おい山根、お前の姉何とかしろ!!」
今藤が小声で茜に耳打ちする。
「どうしてですか?」
「どうしてって、アイツは刑事でもなんでもないだろう!!」
「まあ、そんな厳しくしなくてもいいじゃないですか。犯人を見抜いたのは間違いなく俺の姉ですから。一緒にいると自然と事件も解決しますよ。今藤刑事?」
「——っ……」
今藤は何か言いたげな表情を一瞬するも、後輩のしたり顔に根負けしてしまい、おとなしい顔に戻った。
「それと、証拠集め。俺も手伝いますから、皆が昼ごはん食べ終わるまでに見つけますよ」
「……分かったよ。おい愛川!証拠集めに行くぞ」
今藤、愛川、茜の三人は校舎裏に行き、アセビの木を見に行った。
「おい、どういうことだよ!!英華町の奴ら、全員毒を摂取したのか!?」
伊多町の休憩場所で、弁当を口にしながら驚く少年。
「うん。どうやら英華町の奴ら十一人しかいなかったらしくて。試合はおそらく中止に……」
「クソッ……これで英華町の奴らに勝ったら、周囲に噂が流れると思ったから、わざわざアセビの毒を持ってきたのに……」
そう小さく呟いた途端、後ろから「やっぱり、そうだったんだね」と言う声が聞こえてきた。
「あ?」
振り向くと、歩美が靴を脱いでブルーシートの上に上がっていた。
「自白してくれてありがとう。
「何!?」
丈は険しい顔で歩美の顔を見上げる。
「君は、英華町の子たちを目の敵にしていた。その理由は分からないけど、今日の大会でどうしても勝ちたかったから、弁当に毒を盛ったんでしょ?」
丈は黙ったままで、嬉しそうに語る歩美の方を見て不満を募らせた。
「いやいや。俺たちがそんなことするわけないだろ。第一、俺たちがやった証拠なんてどこにある?」
「まさか、何も準備しないで、君のところに来たと、本気で思ったのかな?」
「え?」
歩美は上着のポケットからスマホを取り出すと、右側のとがった三角の再生ボタンを押す。
『これで英華町の奴らに勝ったら、周囲に噂が流れると思ったから、わざわざアセビの毒を持ってきたのに……』
スマホから丈の苛立つ声が聞こえてくる。
「その声は——」
「そう、君だよ丈くん。残念!!録音してたんだよね」
そう言い満面の笑みで立つ歩美を、丈も立ち上がり睨む。
「それに今、今藤刑事が調べてくれているよ。アセビの周囲の校舎についた君たちの指紋をね。もし指紋が見つかったら、確実に君たちが犯人ということになる。何故なら、この日秀小学校から伊多町までの距離は、バスで移動しないと無理。
そんな伊多町に住んでいる君らの指紋があるなんてありえないもんね」
「……チッ。こうなったら……殺してやる」
「……っ」
突然殴りかかってきた丈に歩美が目を閉じた瞬間、パシッという音が聞こえ、ゆっくりと目を開けたとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「よせよ。いくら間抜けとはいえ、人を殴るほどの馬鹿じゃないだろう」
丈の伸ばした拳は、山路によって防がれた。
「……クソッ」
丈は山路の手を振り払うと、逃げて行った。
「あちょっと」
「大丈夫だ。バスが無いと家にも学校にも帰れない。校内に残るはずさ。後は今藤たちに任せよう」
山路は隣で追いかけようとする歩美の肩を掴み、追いかけるのを止めた。
その頃。
休憩場所で昼食である露の作った弁当を食べる流だが、顔色が悪い。
「ちょっと流、全然食べてないじゃん!!熱中症じゃないの?」
「あ?いや、お腹空いてないだけだよ」
流の顔を見た露が絶句する。なぜなら、顔が今までにないくらい赤かったからだ。
「ねえ、ちょっと、やっぱり熱中症なんじゃないの?」
「だ、大丈夫、だって」
露が流に近づいて流の額に手を当てる。
「熱っ……もう、帰ろう流」
「大丈夫だから手どけろよ」
流の隣で弁当を頬張っていた露の弟・
「流兄、ひょっとして、姉ちゃんに心配されてるから、顔が赤いんじゃないの?」
そう言って二人を揶揄う雷雅の隣で、葉月が窘める。
「雷雅、あんま調子乗んなよ」
「良いじゃねえかよ葉月。ん?お前何首からぶら下げてんの?」
突然、雷雅に指摘されたことに気が付き、葉月は首にかけたそれを取る。
「ああ、これか。知らない。兄ちゃんにもらったやつだから」
「ふ―ん」
「おい、雷雅」
反対側の隣から名を呼ばれ、雷雅が振り向く。
流が赤い顔で雷雅に「水筒、無いか。俺の水筒の中身無くなっちまってさ」と言った。そう聞いた雷雅はいたずらを考える悪童のように不敵な笑みを浮かべると、自分の方にあった水筒を流に手渡す。
流は水筒を受け取ると、すぐに蓋を開け、口につけた。
「ああ~生き返る~」
そう言いながらため息を吐く流の隣で、雷雅はクスクスと笑った。
「何が面白いんだよ」
「え?だってそれ姉ちゃんの水筒だもん」
「え」
流はさっき自分の飲んだ水筒を眺めた。それから数秒後、もともと赤かった顔がさらに赤くなった。
「アハハ!!面白いなあ」
その様子を見た雷雅が大笑いする。
「ちょっと、雷雅!!さっきからうるさいんだけど!!」
「だって……」
雷雅は小悪魔的な笑みを浮かべて、水筒を持って固まっている流を見て嘲笑した。
数日後。
放課後、ユニフォームに着替え、準備をしていた海が隣で着替えている流を見て皐月に耳打ちする。
「この前の試合の後ずっと、あんな感じでたまにフリーズするんだよ」
「へえ。なんかあったのかな」
流はユニフォームに着替えながらたまに呆然としていた。
「全く、恋をするってよくわからんな」
海は呆れて、流から目を逸らした。
ピピピッという音が微かにその皇室の中に響いた。
皐月は更衣室の自分の名前が書かれた棚から制服のジャケットを取り出す。
ジャケットのポケットからスマホを取り出した。
「…………」
ゆっくりとスマホのロックを外すと、メールを開く。
メールには送り先不明と書かれており、『順調か?』と下に続いていた。
皐月は画面の上で指を滑らす。
『問題なし』
そう打ち込むと電源を切ってもう一度ジャケットにしまった。
アントレッド 雪葉 @yukiha1225_2008
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