婚約者の年末年始の過ごし方:後編

雪が舞う中、渡り廊下を歩くノアが寒がる様子はない。

彼とおまけのようにエルランドの周りだけ、ほのかに温かいのだ。

ノアが何かをしているのではなく、ノアの周りにいる彼の世話をしたい精霊がをしている。

祝福痕の数があまりに凄すぎるということもあって、ノアの周りにいる精霊が本当に祝福を与えたものだけなのか、実際のところ誰もわからない。

エルランドの見立てでは、どうやら祝福や加護を与えた精霊の数──常にそばにいる精霊は、その人の祝福痕の数と加護の数を足した数と等しいかそれ以下とされている──より多い時もあると言う。

こんな事実が知られればノアを利用しようと動く国もありそうだと、公表すべきかどうかいまだに決まっていない。

ただノアの魔法に関する才能があまりにありすぎるという点で、すでに他国からのだけれども、公に認めるのと沈黙を守るのとでは意味が違う。

このことに関しては、現王が退く時までに「自分とランベールノアの父とともに決める」と言っているので、関係者は皆、彼らの判断に委ねると決めた。


話が逸れてしまったが、ほんわりと温かい空気を纏ったノアはエルランドを従え、目的地に到着する。

魔道具のおかげで温かい空気を閉じ込め逃がさない、美しい温室だ。

羽のように軽いと思わせる新雪の中に佇む、緑と花々の色が美しい植物を守るように建つ温室は、アーロンがノアと彼を愛する精霊のために建てた場所であった。


「アーロン様!」

「ノア、やっと完成したんだよ」

温室に入るや感動で目を丸くさせるノアの周りから、春の日差しのようなものがあたりに満ちる。

「これ……トリベールの」

温室内で一際可憐な花を咲かせる植物を見たノアが言う。

「うん。これはマチアスから届いたんだ。ノアに感謝を込めてだって」

「うれしい……すごい、これは?」

「そっちは僕宛にカナメのお兄様から。僕たちに感謝を込めてだって」

「贈り物だらけ……、お礼しないと」

あたりを見ながらアーロンが待つ中央のテーブルに向かうと、さっとエルランドが椅子を引く。

トマスがそれに合わせるようにアフタヌーンティの準備を始めた。

「大丈夫、僕が全てしておいたよ。ノアを驚かせたいから、僕だけでごめんなさいとちゃんと言ってあるからね」

「でも、ぼくもあとでお礼をしておくね」

椅子に座ったノアはまだあたりを見ている。どうやら探検──できるほどの大きさであることが、アーロンも王族であったと言う証拠だろうか──したい気持ちが溢れているようだ。

「精霊たちも気に入ってくれたみたい。なんだか嬉しそうな感じがするよ」

ノアの顔が綻ぶ。その顔を見れただけでアーロンは十分すぎるほどだ。

アーロンはノアが幸せそうにしてくれて、嬉しそうに笑ってくれることが何より大切だと思っている。

国よりもそれを取っていきそうな自分が果たして王太子でいいのか、といまだに彼は思っているところもあるが

(ノアがこういう顔で過ごせる国を作るっていうのは、イコール、自分が賢王にならなければいけないっていうことだから、いいんじゃないかなあと思えるようになったなあ)

どうやら次世代の交流トリベール国王子たちとの交流でどこか一皮剥けたらしい。

これを一皮剥けたと言っていいのなら、そう言うことになる。


一皮と言えばノアもである。

トリベール国から帰ってきてから、正確に言えばトリベール国の第一王子殿下であるマチアスの婚約者ウェコー男爵カナメ・ルメルシエの契約精霊が何かを調べた後からだろうか、今までは分からなかった──────いや感じることすらできなかった精霊の気持ちのような、そんな何かに触れることができるような瞬間が多くなった。

厚い壁越しに囁かれているような、それくらいに微かに、喜怒哀楽でいうのならに関しては聞き取れるようなそんな感じである。

怒りの感情ももしかしたら感じ取れるのかもしれないが、精霊に祝福を与えられすぎたノアはその感情を自分の中で消化することが多いので今のところわからない。

ノアとしてはわからないままの方が平和でいいと思っているので、このままでいいと思っていた。


紅茶を飲んでほっと息を吐いたノアは、テーブルの上に飾られた花をつつく。

「ここだけ違う世界みたいだね」

「そうだよね。完成して初めて入った時、僕もそう思った」

ふふふ、と二人顔を見合わせて笑う。

「だから早くノアを連れてきたかったんだ。完成したからと言うのもあるけど、まるで二人きりの世界みたいで、ノアを独り占めしてるって思えるだろうなって思ったから」

「二人きりにはなれないよ?」

「そりゃ、トマスもエルランドもマルティヌスもいるけど、そう言うことじゃなくて、雪が積もってて、ここだけ違う世界みたいで、なんだか切り離されてるような空間で、ノアと一緒にゆっくりすごして。非現実的みたいで、なんだかいいなって昔みたいだって想像したんだ」

アーロンが思い出すのは、もう少し幼くて王弟しての未来だけが広がっていた世界だ。

今よりはもっと自由のある未来が用意されていたノアと、きっとこれからの未来よりも二人きりの時間を多く過ごせただろう未来を見ていたころ。

「大丈夫だよ、アーロン様。ぼくたちには優秀な従者さんたちに囲まれているから、みんなが味方をしてくれればお互いを独り占めする時間なんてたくさん作れると思う」

「そうかな?」

「うん。ぼくもがんばる。だってアーロン様が好きだから」

ほんわかと笑うノアにたまらなくなって、アーロンは音を立てて立ち上がると座っているノアをギュウギュウと抱きしめた。

少し痛いけれど、ノアはされるがままだ。その表情も嬉しそう。


「あーあー、誰が王族の年末年始のスケジュールを決めたんだろう」

「ん?」

「王族は年末年始、離宮で最低限の使用人たちとともに過ごすなんてさ。僕、ノア不足で毎年死んじゃうと思うのに」

「……ん?なんだかついさっき似たような言葉を聞いなような?」

「ん?」


初めて聞いたアーロンの本音だ。

この国の王族は年末にある精霊祭開始から年を明けて三日まで、城の敷地内の小さな離宮で最低限の従者や侍女、そして使用人たちとともに籠って過ごす。

その間、「王族は大精霊をはじめとした精霊と過ごす」とされているのだが、いつから始まったのかは定かではない。

一説によると、二代目国王が初代を思って始めたと言うのだがはたして、真実の程はどうだろうか。

「ノアも一緒にいられたらいいのになあ……。精霊を敬うって気持ちはわかっているし、この国に生まれた以上重要であることも守られていることも助けられていることもわかっているけど……ノアも一緒にいられたらいいのに……そうだ、一緒に行く?」

「それはだめだよ。守らないと」

だよね、わかってるよう。とぐりぐりと甘えるアーロンにノアはようやく自由になった腕を背に回して抱きしめる。

こんなに逞しい背中になったのはいつからだろう。そんなことをノアは考えた。

「早く年明けるといいな。今年も無事にノアとアンジェリカお姉様、あとマリーのを僕もしたから、あとは年始が楽しみなんだ」

真っ先に会いに行くね、と輝く笑顔で言われたノアは

(うん……?あ、そうだ、アンジーお姉様がさっき言ってたことに重なるんだ!!!)

そう思い、妹同様自分を深く想うような人に惚れられて、同じように自分も相手に惚れているのかな、と頭の隅っこで考えた。


「じゃあぼくも幸せになれるってことなんだなあ」


呟いたノアの言葉を肯定するように、この部屋にいっそう優しい風が吹いた。

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運命なんて要らない あこ @aco826

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