第14話 領主の誕生

 ビョールを男爵に仕立て上げるための証明書などを作り終えた後、俺は屋敷を出て、ロキーソの漁港と領主の館を結ぶ道を前にした。


「ロキーソの大動脈になる街道なのに……」


 茂みで道がせばまり、ところどころに岩ほどの大きな障害物がある。

 いったい、何年放置していたんだ。

 ザンダーには領主としての自覚がなさすぎる。


「『風力エアー』」


 道の両端にある茂みを風の力で切り裂いていく。威力を上げれば、二十ヤードぐらいは一気に低木をカットできる。


「すご……!」


 後ろから驚く声が聞こえた。


「お……ビョールか」


 一瞬誰か分からなかった。

 貴族の服を着こなして、歩く姿は数日前とかけ離れていた。誰も山暮らしをしていた狩人とは思わないだろう。

 胸を張り、顎を引き、微笑んでいるような余裕のある表情は、もはや別人と言ってもいい。


「おじさんの魔法、やっぱりすごいね」


 お……おじさん……。

 まあ、見た目が変わっても俺の第一印象は変わってないみたいだが。


「ビョールも魔法を使えるんだろ。そんな驚くことかね」

「使えるけど、強さが全然違うな」

風力エアーは使えるか?」


 ビョールはニコッと笑って答える。


「それじゃあ……集団魔法ジョイント、やってみるか?」

「うわぁ、久しぶり。昔親父とやったぶりだなー」


 腕を回してビョールは魔法を唱えるため構えた。


「「『風力エアー』!」」


 真空の刃が茂みの中を駆け抜けると、道端の大木が音をたてて倒れた。


「……ちょっとやり過ぎたな……」

「おじさん、魔力高すぎだよ!」


 道幅が二倍になってしまった……。


「でも、やっぱり、おじさんすごいね。もっと集団魔法ジョイントやろう!!」


 集団魔法ジョイントは、ただ魔法の威力を高めるだけでなく、協力者同士の技術の伝達にもなる。集団魔法ジョイントで連携する相手のテクニックを、肌で感じることができるからだ。


「まあ多少は魔力が少なくて済むから、やってもいいが……それより、マトビアの教育のほうは大丈夫なのか?」

「ああ、マトビア様は疲れて、いま昼寝中だからな」


 マトビア様……。

 俺はおじさん……。皇子としてのオーラは微塵もなさそうで、ショックだ……。


「……そうか。しかしお前は休憩しないのか? あんまり寝ていなんだろう?」

「俺は平気。ここ数日しか、マトビア様も滞在できないし。なんといっても、ロキーソのためだからな」

「ロキーソの住民たちが大切なんだな」


 昔を思い出すようにビョールは山の中腹あたりを眺めた。


「俺は子供の頃、山で親父と暮らした。そこで弓術と魔法を覚えたんだ。でも……ある日、親父が病に倒れて、どんどん悪化していったんだ。港の住人は俺たちのことを知っていたから、とれた魚なんかを毎日運んでくれた」

「そうか……港の人たちには恩があるんだな」

「一人前の狩人になるまで、ロキーソの人たちにはずっと世話になったんだ。いつか恩返ししなきゃと思って……だから、いま全力でやらないと!」


 ビョールの横顔は、もう立派な領主のように思えた。

 マトビアが言っていたとおり、ビョールにはリーダーとしての素質があったのだろう。


「分かった。魔法を教えよう。ただし……次からは『おじさん』ではなく『師匠』と呼びなさい」

「……分かった、おじさ……師匠」


 ビョールと集団魔法ジョイントを使いながら街道を整備し、港までの道を使いやすくした。


 魔法は多分に悪用できる一面がある。

 なので、師匠には弟子に対する重い責任が発生するのだ。


 ビョールは民のため、他者の幸福のために魔法を使う、俺はそう確信した。ビョールの魔力が回復する間、盗賊団に使った暗闇ダークネス暗視ビジョンを教えた。

 母から伝授してもらったときのように。


***


 出航の日──

 スクリューを直して生き返った魔力走行船に、俺たち三人は乗り込んだ。

 堤防にはロキーソの住民たちが並んで、手を振っていた。

 まだタービンを回してもいないのに、みんなずっと感謝の気持ちを伝えようとしている。


「皇女様ありがとう!」

「スピカ様からたくさんのことを学びました!」


 まあ、インフラ整備担当の俺は名前さえ呼ばれないが。

 帝国にいたときもこんな感じだったし……慣れてるけどね。


「師匠!」


 タラップを外していると、立派になったビョールが桟橋に立っている。マントを翻し、貴族の服に身を包んだ姿は、誰が見ても立派な領主だ。そして周囲の村人たちも、温かな表情を浮かべてビョールを囲んでいる。


「ありがとうございました!」


 ビョールは深々と頭を下げる。


「ロキーソの住民たちを頼んだよ。ビョール男爵」


 タービンを回し、港を出ると、どんどんロキーソの漁港が小さくなる。

 人影が見えなくなるまで、ロキーソの住民たちは手を振って俺たちを見送ってくれた。


「お兄様、そしてスピカ。私のわがままに付き合ってもらい、申し訳ありませんでした。でもこれでロキーソの暮らしはよくなるでしょう」

「もったいなきお言葉です」

「結果的には良かったな。さあ、先を急ごう」


 ベギラス帝国の辺境の地、フォーロンは山脈をはさんだ山間の村だ。

 全速で行けば、数日で麓の港に着くだろう。そこまでくれば、母マリアの生まれ育った故郷だ。

 追われる身であっても、きっと俺たちを受け入れてくれるだろう。

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