第13話 頑張れビョール
「よし! やってやるぜ!」
マトビアに号令をかけられて、つい「やってやるぜ!」なんて口走ってしまったが、こんな大勢を相手にどうやって戦うか。
「おじさん、どうやって戦うんだよ!」
ビョールも大弓を構えたはいいものの、たじたじになっている。
相手が覚醒しているので、
「霧は発生させられないのか?」
「無理だって。ここは部屋の中だから、俺の魔力じゃムリ!」
うーん。こんな状況で活躍する魔法があったか、覚えている魔法を思い出してみる。
あれが使えるかな……。
「
瞬時に部屋が暗くなり、盗賊たちの困惑した声が聞こえる。
「おじさん! 俺たちも見えなくなってるよ!」
「心配するな少年。
俺たち四人だけに
「おおすごい!」
「これが魔法使いの御業というものだよ」
俺の言葉を真に受けて、ビョールは尊敬のまなざしを向ける。
なかなか、純粋な少年だ。
それからは一方的な戦いになり、ビョールの魔矢が腕やら足やらに命中していく。
俺が魔法を解いたころには盗賊たちはみな地面に伏せていた。激痛で立ち上がることもできないといった様子だ。
「くっ……! 汚いぞ、正々堂々と戦え!」
ザンダーを名乗った頭は、悔しそうに薄い絨毯の上に這いつくばる。
「魔法使いとはこういうものだよ」
たぶんそうだろう。まあ、軍として同行したことはないので、分からないが。
盗賊たちは屋敷の牢に入れた。
後々、ザンダー男爵の行方などを聞き出したり、どうやってザンダー男爵になりきることができたかなどを聞き出す必要がある。
その後、四人で屋敷内の探索を行った。屋敷の敷地内には高い塔があり、山間を通ってロキーソに向かうには塔から監視されている谷間を通る必要がある。
他の町に繋がる唯一の交易路にもなりそうだ。
「村人を十数名連れてきて、屋敷内に住まわせよう」
この屋敷は拠点になる。
領主が住んでいただけのことはあり、村の防衛という点でもおさえておきたい。
「使用人の部屋の方が俺の家よりずっと良さそうだ」
屋敷を気に入ったビョールは、何人かの村人を家族ごと屋敷内に移住させた。
監視塔の説明をして、男たちに任せた。一揆のメンバーだったこともあり、喜んで引き受けてくれた。
戦闘した大広間に四人集合して、テーブルにつく。
「もし賊が頭目を取り返しに来ても、見張りは村人がやってくれているので、俺たちで応戦はできる。とりあえず、最低限のことはした。それで……これからどうする?」
「私が考えるに、ザンダー男爵がもし戻るようなことがあれば、当主のなんたるかを再教育してもよいですが、生憎私たちは旅の途中です」
「いつ戻るか分からんザンダーを待つわけにはいかない」
マトビアは頷くと、ビョールをじっと見た。
「そこで……ビョール殿を当主にしてしまおうかと」
「「「えっ!」」」
広間に驚きの声がこだまする。
「お、俺?」
一番驚いているのはビョールだ。
「はい。あなたです」
「ムリ、ムリ。俺はもともと山暮らしの人間だし、どう見ても貴族には見えない」
「見た目はどうにでもなります。スピカお願いね」
「承知しました」
スピカはビョールの腕をつかんで、部屋に引っ張っていく。
「ま、待て、待てって! おい、力強えな……!」
それから一刻ほどして、ビョールが部屋から出てきた。
シルクのシャツに紋章が刺繍されたジャケットを着て、紺のズボンにブーツを履いている。よく見る貴族の服装だ。
髪は耳にかからない程度に切られ、油で固められている。
ふて腐れた態度と表情を除けば、貴族にみえなくもない。
「悪くない仕上がりですね」
ぐるっとビョールの周りを回って、マトビアがチェックする。
「ふざけんなよ……! なんで俺が大っ嫌いな貴族の恰好をしないといけないんだ!」
「恰好ではなく、貴族になってもらいます」
「やだね!」
横を向いたビョールの手をマトビアが優しく握った。
「ロキーソの村に一番必要なのは、賢明なリーダーです。あなたにはその素質があります」
「俺が貴族の仕事なんてできるわけないだろ」
「あら? 貴族なんて税を集めるだけっておっしゃてたのはビョール殿では?」
「いや……でも、ほら、俺貴族じゃないし」
「心配しなくて大丈夫ですよ! 私が貴族にしますから」
マトビアの自信溢れた笑みを見て、ビョールはやっと顔を上げる。
「ロキーソのためになるんだよな……?」
「もちろんです」
「それなら、なってやるよ。貴族に……!」
ビョールの特訓が始まった。
貴族の花形であるマトビアが直々に、作法、礼節、素養を教え込む。ビョールは寝る間もなく、様々なことを暗記させられた。
その間、盗賊たちがほったらかしにしていた燭台などは、スピカが手入れを行う。ロキーソの村人たちもスピカの様子をみてやり方を覚えた。
スピカは村人たちに使用人としての仕事を教えた。
そして俺は書状や爵位を示すワッペンの製作をする。
魔法使いの性分にあっているのか、細かい部分まで緻密に仕上げることができた。皇女と元皇子のサインがあれば、誰もビョールの爵位を疑うまい。
一年前に男爵が失踪しているのであれば、その後ビョールが任命されたとすればよい。その頃は俺も皇子だったのだから。
「完璧だ」
引きこもっていた部屋から出てきて、胸につける勲章を広間のマトビアに見せに行った。
マトビアにも念の為にチェックしてもらわねば。
広間では特訓中のようで、マトビアとビョールが向き合ってテーブルについていた。
「さあ、この熊の置物を見て、貴族らしい感想を言ってみてください。客人との会話に花咲かせることは重要です」
広間のテーブルにぼつんと熊の彫刻が置かれている。アウセルポートで買った熊だ。
「いやーこれはすごいなー! なんに使うんですかねーこれは。夢に出てきそうなくらいリアルだなー。魔除けか?」
熊の置物に顔を近づけながら、一つ高い音でビョールが驚くしぐさをする。
「……全然だめです。魔除けってなんですか、貴族の持ち物に明確な用途はありません。美しければよいのです」
すーっと息を吸うとマトビアが、熊の置物に手を添えた。
「可愛いー! これどこで買われたんですか? とっても可愛いですわ! 触ってもよいかしら、このあたりでは見たことがないデザインですわね! 短足なところが、特に可愛い! 重い! そして意外と重いですわね! ちなみにこちら、おいくらで……」
貴族ってそんなだっけ?
まあたしかにそれぐらい反応してくれたほうが、うれしいけど……。俺でも無理だよ。
「品物のよいところを推して、褒めましょう。あと、どこで、だれが、いくらで、というのは貴族を惹きつけるキーワードです。さあ、もう一度」
「……わかったよ。……おおー! これはこれはなんとリアルで猛々しい熊だ! いまにも襲ってきそうなほどだ! これほどの品は、その辺にはないでしょう。いったいどこで買われたのか? ぜひ、私も今度連れて行ってください! いやあ、他にもたくさんの置物があるんでしょう。ちなみにこちら、おいくらで……」
「……及第点ですね」
いや、完璧でしょ!
「熊、怖いでしょうか? 私は可愛いと思うんですけど……」
減点したのはそこか……
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