第4話

目立たないように下水にでも繋がっているかと思いきや

ぽんと押し出された先は小さな部屋だった

クリーム色に囲まれた殺風景な部屋にはひとつだけドアがあった

重い体でのろのろと足を動かす


早く、早く行かなければ


平衡感覚が完全に元に戻らないままに

ドアを開けた

するとそこは色彩の渦できらめいていた


明るい、鮮やかな色とりどりの服がずらりと並び

笑顔の絶えない客でにぎわっていた

道に面する大きな窓にはさんさんと輝く光がそのまま射していた

鉄格子もない

それとビーチと太陽のように馴染んでいる軽快な音楽と

全てが開放的な空気


一瞬あっけにとられてから

まだぐるぐるしている頭を左右に振って歩き出した


レジスターと客の間が分厚いアクリル壁に阻まれていることもない

何台もの防犯カメラがレジスターを見張ってもいない

客とキャッシャーが指先すら触れる位置で自由に会話を楽しんでいる


私の住んでいる地域とは雲泥の差だった


くらくらしたまま

何も聞かれることなく店を出た


楽し気に行き交う人々がひしめいていても

道にはゴミも落ちておらず

スプレーの落書きも勿論なかった


こんなところで育っていたら

妹以外の家族もまだ生きていたのだろうか

警察は動いてくれていたのだろうか

あれから借金を背負い

地べたを這いまわるようにして生きていかなくて良かったのだろうか


そんな考えても仕方ないことを思いながら

大きな鞄を買い求め

銀行へと急いだ

そして何故かポケットの中には依頼人のカードがあった


艶々と輝くブラックカード

話に聞いたことはある

ごく一部の金持ちだけが携帯する制限のないクレジットカード


そして私個人の貧弱な財布の中の銀行のカードは

折れかけ、くすんだ青色をしていた

ぎりぎりで身代金に間に合う額しかない

今日はどれだけ格差を目にする日なのだろう


今日何度目か数えるのすら面倒な溜息を吐き

青色のカードでありったけの残高を引き出し

鞄に詰め込んだ

銀行を足早に出たところで甘ったるい声がした


「こんなところで会うなんて!」


振り返ると

足からつま先までぴかぴかに磨かれた女性が立っていた

当然のことながら面識などない

この体の持ち主の関係者なら

この禁忌のことを知られるわけにはいかない


何か御用ですかと聞いてみると

笑い声が返って来た


「何それ他人行儀過ぎ、ウチを覚えてないワケ?」


たった3か月くらい前じゃないと続けて

甘い声とこれも鼻孔に濃い香水が私の真横から毒々しく香った


さっきおじさまに電話しようとしたら

すぐ近くに居るって表示があったの、これって運命っぽくない?

いたずらっぽい声がして

柔らかい感触が腕にして

細い腕が私の腕と絡んだ


「そんなイヤそうな顔しなくってもいいでしょ

あのね、今日はパパの誕生日だけど、誕生日プレゼント買うの忘れてたの

XX市のお店で一緒に選んでよ」


そう口早にまくしたてる女性の横には

いつの間にか黒塗りの車が止まっていた

時間に遅れるわけにはいかないけれど

あの市なら受け渡し場所にも近い

それなら大丈夫だと思い直し私は車に乗り込んだ


後部座席には既に背広の男が乗っていた


この車で本当に良いのか振り返ったら

腕にチクっという痛みが走った

そして口に何かが当てられて

異常な眠気に抵抗するも瞼ががくんと落ちて来た

ごめんねおじさまという笑い声が遠くにした


最悪だ



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