第54話 面倒な相手 -マニエス視点-

「お待ちしておりました!」


 聞こえてきた声に、僕はフードの下で苦い顔になる。

 待たせた覚えなんてない、とか。そもそも約束なんてしていない、とか。言いたいことは山ほどあるけれど。

 ここで一言ひとことでも発せば、厄介やっかいなことになるのは経験済みだ。


(夜会は今日、ないはずなのに)


 どうしてここにいるのかと、問い詰めたくもなる。

 が、それをしたが最後。ひたすら距離を詰めてきて、質問攻めにあうことは知っている。

 というか、以前それでやらかした。


(依頼を受けている手前、仕方がなかったとはいえ)


 それでも父上と相談した上で、下手に顔を合わせないようにと夜会が始まってから、この渡り廊下まで来たのに。

 なぜかその時、彼女はここにいた。


(あの時、驚いて声をかけてしまった僕も悪かったけど……)


 でも、反応せざるを得なかった。「妹は、何か粗相をしておりませんか?」なんて言われたら。「君は、まさか……」と。

 ミルティアを虐げてきた家族なのかと、問い詰めたくなるのは必然だった。

 そのせいで、自己紹介から始まってうるさく付きまとわれて。危うくフードまでぎ取られるところだった。

 だから今も、フードを片手でしっかりと握って。顔を見られないように、すぐさま立ち去ろうとしたのに。


「まぁ! そんなに急がなくてもよろしいじゃありませんか」


 目の前に立ちふさがれて、狭い視界の中のほとんどがオレンジ色のドレスしか見えなくなる。


「今日は女性だけのお茶会の日なので、この後のご予定はありませんよね?」


 その言葉に、なるほどやられたと痛感する。

 女性にしか招待状がいかないのであれば、確かに僕はその存在を知らない可能性が高い。そして王城で開かれているということは、王家主催のはず。

 つまり招待されておきながら、お茶会には参加せずに彼女はずっとここにいたと。僕を、待ち伏せするために。


(執念深すぎるだろう……!)


 何度かこの場所で待ち伏せされていて、そのたびに思ってはいたが。今日ほど面倒な相手だと痛感した日はない。

 そして同時に、父上の占いはもちろんのこと。忠告も正しかったのだと、実感する。


(僕の顔なんてと思っていたけれど、どうやら彼女にとってはそれが重要みたいだし)


 ソフォクレス伯爵家の人間が顔を隠すのは、恨みを買う可能性があるから。そして同時に、女性から好意を抱かれやすいから。

 今回は前者よりも後者を気を付けなさいと、父上にしっかり言われていたけれど。まさかここまでとは、思ってもみなかった。


「明日の狩りには、参加されないのでしょう?」


 男性だけが招待される、この時期だけの遊び、キツネ狩り。確かに我が家は、一度も参加したことがない。

 そしてだからこそ、他の家の男性陣は明日の準備で忙しいと。それで、このあとの予定はないだろうと断定しているわけか。

 誰かの入れ知恵か、それとも本人の策略さくりゃくか。どちらなのかは、今の僕には判断できないけれど。


「……悪いけれど、まだ仕事が残っているから。失礼するよ」


 お茶会はともかく、狩りの場合は全員が参加するわけじゃない。高齢の貴族は、そもそも屋敷から出ることすら珍しいくらいなんだから。

 それが頭から抜けているあたり、まだ僕でもあしらえる。


 それに。


「少しくらいいいじゃない――!?」


 自分勝手な言い分を並べようとする彼女は、さらに僕に近づいてこようとするから。

 その目の前に、青い炎と共に手を伸ばして。


「……関わらないほうがいい。破滅したくなければね」


 僕の言葉と行動に、相手が驚いている隙に。サッとローブを翻して、急いで渡り廊下から立ち去る。

 ちなみに今のは、脅しじゃない。


「サソリの、死……」


 見えたのは、それ。

 スコターディ男爵家にとって、サソリは紋章を表すはず。だとすれば、彼女を占って出てきたのがそれならば。

 僕と関わることで見えた未来が、破滅しかまねかないことを意味してる。


(信じては、くれないだろうけどね)


 だってきっと僕が何者なのかということも、すっかり忘れているだろうから。

 もしくは、何者であろうと関係ないのか。

 この国唯一の、占い師一家の嫡男。その意味を。持ち得る権力を。

 きっと、何一つ理解していないんだろう。


(でも、とりあえず。今は早く帰って、ミルティアに癒されたい)


 その前に。相続する相手を決めかねているという、今日最後の仕事の依頼を終わらせるために。

 僕は待たせていた馬車に乗り込んで、小さくため息をついた。





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