第53話 ふざけた内容 -ソフォクレス伯爵視点-

「ふざけた内容だな」


 マニエスから顔を見られてしまったという報告を受けた時に、念のためにと聞き出した特徴が。あまりにもスコターディ男爵家そのままの容姿だったので、気にかけてはいたが。

 まさか翌日に届いた手紙の中に、本当にスコターディ男爵から我が家宛のものがあるとは。

 しかも内容が内容だ。中身を確認した家令が、渋い顔をしながら持ってきたのにも頷ける。


「マニエスだと断定しているのに、顔合わせの必要性を今さら説くか」


 こちらが人違いだと言い切る可能性も考えて、の言葉なのだろうが。そもそも手紙など、一度も寄こさなかったくせに。何を今さら。

 しかも、大事な娘を嫁がせるのに顔合わせをしていないのは問題だろう、なんて。欠片も思っていないことを、まぁよくこれだけ並べられたものだ。

 本当に娘を大切に思うのであれば、我が家にあんな格好で送り出したりはしないはずだろうに。


「本当に、我が家に嫁ぐ女性というのは……」


 難儀なんぎな家に生まれるものだ。

 声に出さなかった言葉の代わりに、小さなため息が零れた。

 前伯爵である亡き父上も、きっと同じことを思ったことだろう。そして同じように、ため息を零していたのかもしれない。


「私の時も、それはそれで面倒だったわけだが」


 今回と前回とでは、面倒の方向性が全く違う。特に今回は、調査書にあった状況下で育ってきたとは思えないほど、素直な少女だ。

 つまり何か問題が起きるとしたら、本人ではない別のところからだと。事前に予想していたとはいえ。


「顔を隠すもう一つの理由が、女性に好意を抱かれやすいからというのは……本当だったな」


 私の場合は、他者に顔を見られたことがなかったので、自分の顔の作りを気にしたことはなかったが。この手紙の内容からすると、気になっているのはマニエスの素顔なのだろう。

 本人は隠しているつもりかもしれないが、要所要所で顔についての言及があるのだから。


「その場にいた令嬢は、驚いたような表情だったらしいが」


 とにかく顔を見せろ、という風にしか受け取ることができなかった内容を考えれば。おそらくその令嬢本人が、マニエスの顔を気に入ったのだろう。

 屋敷の外で素顔を晒すことなど、今まで皆無だったことに加え。普段は気分が悪くなるような声ばかり聞こえてくるせいで、あの子は恨みを買っている人物かもしれないと警戒したようだが。


「警戒するべき方向が、真逆だな」


 私自身もそういった自覚はなかったから、マニエスのことをとやかく言える立場ではないが。これはこれで、問題だったかもしれない。

 我が家の人間はどうしたって、狭い世界でしか生きていけないからな。

 占いでは広い視野が必要とされるが、実生活となればこんなものだ。


「さて、どう対処すべきか」


 手紙の中で、誠意を見せない限り婚約式への参加はおろか、正式な婚約を認めるための調印もしないと、脅しのような言葉を並べているあたり。相手は、かなり強気のようだが。

 正直なところを言ってしまうと、ソフォクレス伯爵家の嫡男の婚約や結婚に関しては、他の貴族たちとは扱いが全く違う。そこに家同士の繋がりなどというものは、ほぼほぼ皆無と言って差し支えない。

 そういう意味では、この手紙など無視してしまっても構わない。

 の、だが。


「知らぬは罪、だな」


 そもそもこの事態は、私が占った結果通りなのだ。だとすれば、手紙を無視したところで波乱は起きる。

 そしてその被害者となるのは、他でもないマニエス自身なのだろう。

 可愛い可愛い一人息子に、知らぬまま苦労を経験させるのは忍びない。

 たとえそれが、試練なのだとしても。


「そう考えると、我が家の嫡男に生まれてくるというのも、だいぶ難儀なものか」


 とはいえ、生まれを選ぶことはできないのだし。こうなってしまった以上は、仕方がない。

 このふざけた内容の手紙の存在を、まずはマニエスに伝えておくべきだろう。その真意となる部分も含めて。


「最終手段は、あくまで切り札として取っておくべきか」


 我が家が持つ特権についても、今のうちに話しておく必要があるのだろうと結論付けて。

 私は、執務机の上に置いてあるベルを手に取った。





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