第52話 聞いてない!! -ヴァネッサ視点-

 どういうこと!? どういうこと!? どういうこと!?


「私、聞いてない!!」

「落ち着いて、ヴァネッサ。今は夜会に集中しましょう?」

「いやよ!! あんな美形、見たことないもの!!」


 馬車を借りるのにも、お金がかかるから。混み合う時間をさけて、毎回夜会の日は早めに到着するようにしてる私たちは。今日も、いつも通り早い時間に王城にやってきていた。

 個人的な付き合いがないと招待状がもらえない、それぞれのお屋敷で開かれる夜会とは違って。社交シーズン中、定期的に王城で行われる夜会は、この国の貴族全員へ招待状が届く。

 一番参加者の多い夜会だから、今日は特に気合いを入れてきた。


 それなのに……!!


「今の! フードを被ってたわ!」


 それに、白髪のようにも見える銀の髪。

 以前にもすれ違ったことがある、あの人物は。


「占い師一家の人間かもしれないじゃない!」


 それどころか。もしかしたら、役立たずが嫁ぐ相手かもしれない。

 それなのに、どうしてお母様はそんなに落ち着いていられるの!?


「あんな美形がいたなんて、私聞いてないわ!!」

「そうだね。私たちも聞いていない」


 私の言葉に頷いてくれるお父様は、真剣な表情をしている。

 つまり……本当に、お父様たちも聞いていなかったということ?


「ヴァネッサ、一度事実確認をしてみるから。それまで待てるかい?」

「事実確認?」

「今の人物が、本当にあの一家の人間なのか。まずはそれを確認しないと。話はそれからだろう?」


 確かに、お父様の言う通りだ。もし違っていたら、困るのは私だし。


「それに、今夜の夜会に出ているかどうか、それを確かめてからでも遅くない」

「でも……」


 あんな美形、きっと周りにたくさん女性が集まっているはず。それ以前に、見かけていれば忘れられない。

 それなのに噂一つ聞いたことがないなんて、そんなのおかしい。


「いいかい? 今夜は陛下主催の夜会なんだ。基本的に貴族全員が参加するはずの中、出席していない家を特定するのは難しいことじゃない」

「つまり、いないことを確認するの?」

「そうだ。そうすれば、かなり絞ることができるだろう?」


 その中に、あの占い師一家が入っているのは当然のこととして。

 他に、欠席している家を特定して。その家に先ほどの人物がいないかどうかを、確認する。


「……それじゃあ、時間がかかりすぎるわ」

「大丈夫だよ、ヴァネッサ。今日中に手紙を書いて、明日には例の家にも確認するから」

「でも、フードを被って顔を隠しているくらいなのよ? はぐらかされたら、どうするの?」

「なぁに。策はあるさ」


 そう言って、優しく頭を撫でてくれるお父様。


「その前に、このあとの夜会でヴァネッサが気に入る人物が現れたら、ちゃんとお父様に報告するんだよ?」

「あの人を見てしまったから、そんな人が現れるなんて考えられないわ」

「ははは。私の可愛い娘は、なかなかに手厳しいなぁ」


 そう言いながら、楽しそうに笑うお父様。


(でも、そうよね)


 今までだって、お父様に頼んで叶わなかったお願い事なんてないもの。

 我が家が貧乏なのはおばあ様のせいだし、お金のことでどうしようもなかったことは別として、ね。


(あぁ。早く会いたいわ)


 だってあの見た目は、きっと占い師一家の人間だもの。それなら、あんな貧相な役立たずよりも、私のほうがずっと隣に相応しい。

 それに、お父様だってそう思ったから、確認するって言ってくれたはずなのよ。

 だったら必ず、あの男性は私のものになる。疑う必要なんて、一つもないわ。


 お父様とお母様に愛されている私は、ただ待っていればいいだけなの。

 あの美形が手に入る、その日を。

 私が隣に立つ、その瞬間まで。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る