第51話 不慮の事故 -マニエス視点-
予定していた仕事も少しずつ落ち着いてきて、社交のシーズンも徐々に終わりが近付いてきた頃。
初めて占い師として一人前と認められ、父上の付き添いではなく自ら占う立場になった初のシーズンは。とにかく毎日が占いの日々で、決まった時間に
そんな中でも、休日にはミルティアと出かけたり。天気の悪い日には、室内でゆっくり会話をしたりと。
ある意味で、充実はしていた。
(髪飾りも、毎日つけてくれているし)
出かけている間も、少しでいいから僕のことを思い出してくれていたらいいな、なんて。そんなことを思う。
とはいえ、彼女にどれだけ意識してもらえているのかは、まだ分からない。
最近では少しずつ、恥ずかしそうに顔を赤らめる姿も見せてくれるようになったけれど。
それが果たして、僕自身に対してなのか、それともその時の行動に対してなのかは、判別がつかないし。
ただそれでも、諦めるつもりは一切ない。
それに婚約式の準備も、だいぶ整ったそうだから。あとは日程を決めるだけのはず。
(僕も父上も、顔は出せないからフードは被ったままだし。ミルティアも、白いベールで顔を隠す予定だけど)
そもそも他の貴族たちの婚約式とは違って、親戚を集めることもない。
陛下の前で、ただ両家の当主と当人たちが、誓約書にサインをするだけの簡素(かんそ)なもの。
(それでも、正式な婚約であることに変わりはないからね)
一番大切なのは、その事実だけ。僕とミルティアが、正式な婚約者になったっていうね。
それにおそらく、婚約自体はシーズン中にまとめられるはず。
(確かスコターディ男爵家は、王都から馬車で半日もかからないほどの距離に領地があるはずだけど)
それでもわざわざシーズン外に、領地から呼びつけるようなことはしないと思う。
だって半日ほどもかからないのは、片道だけの話だから。
我が家のように、領地はあるけれど王城での仕事が主な家柄の貴族は、基本的に王都にある屋敷に住んでいる。
けれどそうじゃない場合は、社交シーズンの間にしか王都にいないはず。
しかも報告書を読んだ限りだと、スコターディ男爵家は先代の夫人の
それを知っているはずの陛下や父上が、わざわざ遠出をさせるはずがない。
(ただ、我が家とは別方向とはいえ王都にほど近い場所に領地があるにもかかわらず、今もまだ貧しいままというのは)
少しどころではなく、当主の手腕を疑いたくなる。
おそらく優秀な人材ほど、早くに男爵家からいなくなっているだろうから。そのせいもあるのだろうけれど。
それにしたって、先代の夫人の散財分すら、まだ取り戻せていないというのは……。
ちょっと、ね。
(もしくは、借金の返済をようやく終えたぐらいなのか)
可能性としてはあるけれど。さすがにそこまで細かいことは、調査書には載っていなかった。
というか、いくら将来婚姻を結ぶ相手の家のこととはいえ、全てを細かく調べなければいけないわけでもなかったし。それ以上に、ミルティアについての追加調査のほうが優先だったから。
結果的に、経済状況のせいで家族として扱われていなかったということが判明したわけだけど。
(一応今後のために、さらに追加調査をしてもらえないか、父上に確認しておいたほうがいいのかもしれない)
もし本当に、借金があったとしたら。今後我が家の資金をあてにされるのは、迷惑でしかないからね。
そもそもミルティアをぞんざいに扱っていた家に、手を差し伸べるつもりはないけれど。
「はぁ……」
なんだかちょっと
ちょうど渡り廊下を歩いていた僕に、以前と同じように一陣の強い風が吹きつけてきて。
「あっ!!」
そう声を出した時には、もう遅かった。
考え事をして気を抜いていた僕は、手を動かすのが遅れてしまって。
風に
「っ……!!」
しかも、運が悪いことに。
目の前には、今日の夜会に参加する予定なのであろう一組の家族がいて。
「そんなっ……! まさかっ!」
完全に、
僕は風に揺れる銀の髪を必死に押さえ付けながら、
(まずいっ……!)
目が合って、驚いたような声を発していたオレンジ色のドレスを着ていた令嬢が、その家族が。一体、どこの誰なのか。
急いで帰って、父上に報告して調べてもらわなければ。
(恨みを買ってるような相手であろうとなかろうと、夜会で言いふらされたら大問題だ!)
この時ふと、父上の占いの言葉を思い出した。
風に気を付けなさい、と。確かに父上はそう言っていた。
本当に、ちゃんと風に気を付けるべきだったと。後悔しても、もう遅い。
(でも、きっとこれで終わりじゃないから)
あの時、父上は不吉な予兆だと。一陣の風が、波乱を巻き起こすこともあると。そう、占っていたはず。
つまり、これが波乱の幕開けの可能性が高いということ。
「急がないと……!」
今日の仕事が終わっていて、本当に助かったと思うべきか。
それとも、仕事が終わったからこそ気を抜いていたと思うべきか。
いずれにせよ、早急に対処しておかなければならないことだけは確かだった。
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