第48話 ドキドキして眠れません

 目の前の机に置かれた、濃紺のうこん色の四角い入れ物のようなものの中に。まるで、そこにだけ花が咲いたように置かれているのは。


「ピンククォーツって言ってね、あんまり市場には出回らない宝石らしいんだけど。でも可愛い色をしてると思わない?」


 確かに、いくつもの大小の花の形に切り出されたその宝石たちは、ところどころ色味も少しずつ違っていて。全体を通せば淡く優しい色合いなのに、一つ一つ花の色が違って見えるのが、とても可愛らしいのですが。

 これを私がいただくとなると、話は別です。


「可愛い、のですけれど」

「お気に召しませんでしたでしょうか?」

「い、いえ! そんなことは!」


 困りました。お店の方から、そんな不安そうな顔をされてしまうと……。

 受け取れませんなどと、簡単に口にできる雰囲気でもありませんし。


「気に入らないようなら、もう少し高価なものに変更しようか?」

「い、いえ! その必要はありません!」

「じゃあ、決まりだね」

「き……え?」


 そうして、気が付けば。

 なぜか自然な動作で、可愛らしい花の咲いた髪飾りを手に取ったマニエス様が。

 私の、髪に、触れて――。


「!?!?」

「あぁ、やっぱり。ミルティアによく似合う」


 今は金のカツラを被っている私にとって、それは本当の髪ではないのですが。

 それでも。マニエス様がそっと触れてくださった感触だけは、なぜか伝わってきてしまったので。

 あまりにも当然のように髪飾りをつけられてしまった私は、どう反応すればいいのかも分からないまま。


「ちゃんと、毎日つけてね?」

「は、い……」


 ただそう返すしか、なく。

 そのあとのことは、よく覚えていません。

 ただ、お屋敷に着く直前。門が開くのを待つ間に。


「あ、の……マニエス様」

「ん? なぁに?」


 そっと指先で、カツラにつけられた髪飾りに触れながら。


「ありがとう、ございました」


 こんな風に、特別な贈り物をいただいたのは、人生で初めてのことで。

 マニエス様は、特別高価なものではないとおっしゃっていましたけれど。それでも宝石であることに、変わりはないですし。

 何より、私にとっては特別な品ですから。


「ふふ。これからいっぱい色々なものを贈るつもりだから。覚悟しておいて」

「え……、えぇ!?」


 本気で驚いてしまった私に、マニエス様は本当に楽しそうに笑いながら。


「だって僕たちは、これから正式に婚約者になるんだよ? ゆくゆくは夫婦になるんだから、それくらい当然じゃない?」


 そんな風に、おっしゃって。

 けれど、私にはそれが当然なのかどうかも分からず。ただ首をひねるだけで、何もお答えすることはできないまま。


「あ、そうそう。夕食の時には、ミルティアの本当の髪にそれをつけてきてね?」

「え!?」

「遠慮せずに、毎日ちゃんとつけてね?」

「えぇ!?」


 ただ言葉にならない驚きと共に、そう反応してすぐ。お屋敷の正面玄関に馬車が止まって。

 変装した姿のままだったので、そのままお互い自室へと戻ってしまったのです。


 当然、同じ馬車に同乗していた侍女の一人は、素早くそのことを共有していらしたようで。

 夕食の際には、当然のように耳の上あたり。ちょうどマニエス様がカツラにつけてくださっていたのと同じ位置に、髪飾りをつけられ。

 そして。


「明日以降も、毎日髪飾りをおつけいたしますので。ご安心ください」


 なんて。

 なぜかこの時ばかりは、普段あまり表情を見せない侍女の皆様方が。大変、素敵な笑顔でおっしゃっていたので。


「えぇ、っと。ありがとう、ございます?」


 つい、そう返してしまいました。


「…………間違って……いるような、いないような?」


 一人になって、それを思い返している今。

 私としては、それでも宝飾品ですから。そう簡単に、身につけていいものではない、と。そう、思っていたのです。

 が。


「考えてみれば、マニエス様がおっしゃったのであれば、それが絶対でした」


 ここは、ソフォクレス伯爵家。そしてマニエス様は、唯一のご子息しそくにして嫡男ですもの。

 そのお方がおっしゃったことを、ソフォクレス伯爵家の使用人である皆様が実行しないはずがありません。


「私も、その……。マニエス様から頂いたものを、毎日身につけられるのは……嬉しい、のですけれど……」


 服や靴も、たくさんいただいていて。それらも全て、私にとっては大切なものなのですが。

 宝飾品は、初めてで。

 それに、マニエス様から頂いたというその一点が、なおさら特別な存在になっているような。

 そんな気が、するのです。


「ぁぅ……」


 あの時。マニエス様が、髪飾りをつけてくださった時。

 カツラ越しにでも感じてしまった、その優しい触れ方を思い出してしまって。


「な、なんだかドキドキして眠れません……!」


 フカフカで豪華なベッドの上。枕代わりに置いてあるたくさんのクッションの中から、一つだけ手に取って抱きしめながら。


「マニエス様……」


 今日、数えきれないほど見せてくださった、あの素敵な笑顔を思い出しては。その都度つど、クッションを思い切り抱きしめるという。

 明らかな奇行きこうを、眠れるまで繰り返していたのです。






―――ちょっとしたあとがき―――



 いつもお読みいただき、ありがとうございます!(>ω<*)

 今回は、少しだけ補足を。


 ピンククォーツと表記していますが、正確には『ピンククォーツァイト』と言うそうです。

 ローズクォーツとピーモンタイトを足したような、そんな色合い……と言われても、あんまりピンときませんよね(^^;)

 ミルクとイチゴジャムを混ぜ合わせている最中の色、と言ったほうがしっくりきそうです。


 ちなみにピンクが濃いものもあれば、ホワイトが濃いものもあったりと。一つ一つ色合いが違って、とっても可愛い宝石なんですよ(^^)♪





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