第47話 宝飾店?

「喜んでくれて嬉しいなぁ。また来ようか?」

「いいのですか!?」

「もちろん。ミルティアが幸せそうに、美味しそうに食べる姿を見ていられるだけでも、僕にとっては価値のある時間だからね」

「っ……!」


 全てのケーキを、美味しくいただいて。

 そろそろ次のお店へと向かおうかと、予約してくださっていた個室を出る直前に。マニエス様が、おっしゃった言葉に。

 なぜか、ひときわ大きな胸の高鳴りを感じて。


(ど、どうして……?)


 今はとても楽しくて、満たされていて。決して何かを思い出したわけではなかったのに。

 ここ最近感じていた感情が、一気に押し寄せてきました。

 同時に、マニエス様を真っ直ぐに見ることができなくて。思わず、下を向いてしまいます。

 けれど。


「あぁ。馬車が到着したみたいだね」


 そんな私の様子に気付くことなく、外の様子をうかがっていたマニエス様は立ち上がって。


「さぁ、次の店に行こうか」


 手を、差し出してくださいました。

 その、手から。腕、肩、と見上げていって。


「……!!」


 向けられていた笑顔を見た瞬間、何だか体中が熱くなったような気がしました。

 初めてのことに戸惑い、どうすればいいのか分からない。

 自分でも理解できない感覚に、どうしても混乱してしまいます。

 そんな私の耳に、届いたのは。


「ミルティア? どうしたの?」


 優しく私の名前を呼ぶ、マニエス様の声。

 すると先ほどまで制御できないほどに暴れていた鼓動が、今度はなぜかスッと落ち着いて。


「……いいえ。あまりに素敵すぎて、名残惜しくなってしまっていました」


 けれど口から出てきた言葉は、それを誤魔化すようなもの。

 それは決して、意図したものではなく。


「じゃあ、なるべく早く次の予定を立てないとね」


 そんな風に、嬉しそうに笑っていらっしゃるマニエス様を。やっぱり私は、直視することができなくて。

 なぜ私は、誤魔化すような言葉を口にしてしまったのか。それすら分からず、混乱した頭のまま。

 どこかで恥ずかしさも覚えながら、来た時と同様に完璧なエスコートに身を任せている内に。いつの間にか、馬車へと乗り込んでいました。


 きっと、そのせいだったのでしょう。


「ここ、は……?」

宝飾店ほうしょくてんだよ」

「…………宝飾店?」


 気が付いた時には、すでに店舗の中にいて。先ほどとはまた違う、輝かしいまでの光の中に立っていました。

 もちろん、マニエス様にエスコートされながら。


「ほら、もうすぐ一年だから。その記念に、何かを贈りたいと思ってね」


 何が、という具体的なことを明言めいげんされなかったのは、今の私たちが兄妹という設定だからなのでしょう。

 そのことを思い出せるくらいには、混乱が解けてきていたはずなのですが……。

 けれどそのせいで、何を示して一年だとマニエス様がおっしゃったのか。私には、瞬時に理解できてしまいました。

 そして、だからこそ。再び混乱してしまったのです。


「え……!? いえ、でもっ……!」


 ここは、宝飾店。そして見渡す限り、煌びやかな宝石たち。

 ここまで来て、理解できない私ではありません。


「ようこそおいでくださいました。ソフォクレス伯爵様から、お話は伺っております。どうぞ、こちらへ」


 けれど私が反論するよりも先に、このお店の方でしょうか?

 出てきた男性に、なぜか奥の部屋へと通されてしまいました。しかも、またもや個室。


(こ、これは一体……!?)


 事前知識などまるでない私は、今度は違う意味で混乱してしまいます。

 そんな様子を、マニエス様はすぐに察知してくださったようで。


「大丈夫、安心して。ソフォクレス伯爵家の名前を出した時は、いつもこうだから」

「いつも、なのですか!?」


 つまり、これが通常待遇ということですよね!?

 ……やはり、私には到底理解できない世界のようです。


「ミルティア、僕は君のことをちゃんと理解していると思ってる。だから、別段ここで高価なものを贈ろうとは思っていないから」

「ほ、本当ですか……?」

「本当だってば」


 疑う私に、少しだけ困ったように。けれどなぜか、楽しそうに笑うマニエス様。

 ここまで何の説明もなく連れて来られた私からすれば、なかなかに信じがたい話ではありますが……。


「普段から使ってもらいたいからね。高価すぎると、そんな風に気軽に身につけられなくなるでしょう?」

「当然です!」


 もし失くしでもしたら? なくさなかったとしても、壊れてしまったら?

 そんなことを考えて、結局使えなくなるに決まっています!


「だから――」


 マニエス様が次の言葉を口にするよりも先に、先ほどの男性が手に何かを持って戻ってきました。

 そして。まるで、それを見計らっていたかのように。


「受け取ってくれるよね? ミルティア」


 素敵すぎる笑顔と共に、告げられた言葉は。

 私から逃げ道を奪うのと同じだと、マニエス様は気付いていらっしゃったのでしょうか?





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