第46話 甘いお菓子

 だから、なのでしょう。

 今日は初めから、どこかのお店の前に馬車を停めて。


「おいで」


 開かれた扉の向こうに降り立った、マニエス様が差し出してくださった手に。私も自分の手を重ねて、馬車から降ります。

 目の前にあるのは、屋台とは違って二階建ての立派な店舗。


「ここが、今日の目的地の一つ目」

「一つ目、ですか?」

「今回はあまり歩き回らないからね。それに、食べて帰るだけなんて寂しいでしょ?」


 確かに、その通りかもしれません。

 お店でという特別感はありますが、それだけだとすぐにお屋敷に帰ることになってしまいますから。


「さぁ、行こうか」

「はい」


 慣れてしまったマニエス様のエスコートで、私は初めて店舗の中へと足を踏み入れました。

 途端、甘いお菓子のいい匂いと、爽やかな紅茶の香りに体中を包まれたような感覚になって。


「わぁ~!」


 店内も、見渡す限りの素敵な空間が広がっていました。

 きっとテーブルもソファも、かなりお値段の高い品物なのだとは思うのですが。なぜか落ち着ける空間に仕上がっているのは、床や壁や柱に使われている木の素材の色が、明るすぎないからでしょうか?


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 私が店内を見回している間に、いつの間にか側にまでいらしていたこの方は……?

 マニエス様と、あまり年齢が変わらないように見受けられるのですが。


「本日はご予約ありがとうございます。後ほど支配人が参りますので、お先にお席へとご案内いたします」


 そう言って、手で指し示された先にあったのは、二階へと続く階段。

 彼の後に続いて、マニエス様にエスコートされたまま階段を上って案内されたお部屋は。


「……!!」

「当店で最も景色の良いお席をご用意いたしました。どうぞ、ゆっくりとおくつろぎください」


 ちょうど、お店の正面が見渡せる場所。

 下を覗けば、街を行き交う人々を見渡すことができて。ソフォクレス伯爵家の馬車が、待機場所までゆっくりと移動を始めたところでした。


「すごいです、マニエス様っ……!」


 あまりの興奮に、思わず振り返ってそう告げた私に。マニエス様は、満足そうに笑って。


「でしょう? 僕も初めて来た日は、驚いたよ」


 実はこの時、つい普段通りの呼び方をしてしまっていたのですが。後からマニエス様に、ここは個室だからわざわざ訂正しなくてもいいかなと思ったんだ。と言われてしまいました。

 きっと私があまりにも喜びすぎて興奮していたので、水を差さないようにしてくださっていたのだと思います。


「でも、驚くのはこれからだよ」

「?」


 どういうことなのかと、窓の外を眺めながら一人がけのソファに座って待っていたら。

 このお店の支配人の方が、ご挨拶にいらした直後。


「っ!!」


 運ばれてきたのは、伯爵家でいただいている紅茶に負けないほどの爽やかな香りの紅茶と。


「これっ……!」

「驚いた? ここはね、一口サイズの小さなケーキを提供してくれる、この街唯一の店なんだよ」


 白いお皿に乗せられた、赤に白に緑に茶色にと、色とりどりのケーキたち。

 それから小さくて透明な器に入っている、涼し気な色をしたぜりー? も、食べられるのだそうです。


「スポンジのケーキもあれば、果物のタルトもあるし、濃厚なチーズケーキもある。きっとこの中から、ミルティアのお気に入りも見つかるはずだよ」


 食べてごらん? と言われて。そっと、可愛らしい小さなケーキを口に運べば。

 途端、口の中に広がる濃厚な味わいと、優しい甘さ。


「ん~~!」

「美味しい?」

「はい!」


 お誕生日のケーキは知っていますが、まさかケーキにこんなにもたくさんの種類や味があったなんて!

 しかも、どれを食べても美味しいんです!


「どう? 外でも幸せの味、体験できたでしょ?」

「できました!」


 全力で頷く私に、ふふっと小さく笑い声を零しながら。満足そうな表情の、マニエス様。

 その視線が、とても優しくて。

 でもなぜか、ケーキたちと同じくらい甘く見えてしまったのは……。一体、なぜなのでしょうか?





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