035: 再会 -- レーセネにて

 <刀神憑依>はオンオフを切り替えるスキルで、発動している間はずっと代償を支払い続けなければならない。しかも消費されていくのはMPではなく、命そのものであるHPだ。

 センリは貧血のときのようなふらつきを感じた。慌てて妖刀を台の前に置き、ぱっと手を離す。


「こいつHPを食うんか。そんなとこまで同じっちゅうことは……生贄の再現なんかもな……」


 そして改めて二振りの刀を比べ見たセンリは、あることに気が付いて首を傾けた。


「【妖刀クラミツハ】と【妖刀クラオカミ】? 名付けの段階でシステムの介入があったんか。刀というカテゴリーが細分化された……?」


 そう呟きながらセンリは【妖刀クラミツハ】の方に手をかざし、性能を確認するためのウィンドウを開く。


「<MP回復量上昇>と<MP最大値上昇>、そして<HP最大値下降>……。スキルの発動ありきの刀と考えると、相性のいい効果ではあるか。デバフはちょいきついけど、回避が上手いカナギならそんなデメリットにはならんやろ」


 そしてその短刀に触れ、唱える。


「<刀神憑依:クラミツハ>」


 その瞬間、やはりHPが吸われていく感覚があった。

 センリは眩暈を堪えながらステータスを表示させた。ぶれる視界の中で、<SPD上昇>と記されているのが見えた。


「なるほどな。片方はSPDのバフで、もう片方はSPDで威力計算する効果なんか……」


 センリはすぐさま刀を台に戻してそう言った。額から零れる汗を拭い、深く息を吐いて気を落ち着かせる。

 そして視界がはっきりとしてようやく、センリは【妖刀クラオカミ】の性能を確認し、思わず目を見開いた。


「こっちに付いとるんは<HP最大値下降>、<CON下降>、<POW下降>……全部デバフか」


 CONとPOWはどちらも防御時の計算に関わってくるパラメータだ。物理的な攻撃を受ける際はCONを、魔法での攻撃を受ける際はPOWを用いることになる。

 つまり【妖刀クラオカミ】は、装備するだけでかなり耐久面を弱体化してしまう。その上スキルでそれぞれからHPを吸われるとなれば、両方を装備して戦うのは無謀そのものだろう。

 センリは改めて【妖刀クラオカミ】を持ち上げた。質量を感じさせないほどに軽いその刀は、非力なセンリでも易々と振ることができる。

 ため息を吐いて、センリはインベントリに刀を仕舞い込んだ。そして刀掛け台の上の短刀も取り上げ、そっと呟いた。


「……カナギに教えてもらおかな。刀での戦い方」


 その言葉が静かな空気に溶け込んでいくうちに、短刀も収納したセンリはさっと立ち上がった。そして店を出て暗い階段を上り、明るい街の中へ一歩を踏み出した。


 レーセネは相変わらずきらめくような街並みだ。センリは猫耳を隠すための帽子を被り、束ねた髪を揺らして軽やかに通りを過ぎていく。その足元の影にはうっすらと波紋が広がり、周囲の建物の影へ伝播していった。

 噴水の広場へ差し掛かったところで、センリはまた見知った顔を見つけて立ち止まった。

 稲穂のような温かみのある金髪に、ふわふわと狼耳が揺れている。その元気そうな様子にセンリは一瞬顔を緩めたが、すぐに状況の切迫を読み取って駆け出した。


「ヨウ! 何やっとるんや!」

「センリさん!?」


 センリは人混みを抜け、ヨウを庇うように前に出た。驚くような声をあげたヨウは、刀を握りしめた右手をおずおずと下ろし、申し訳なさそうにセンリを見上げる。

 PKエリアでないここでは、戦闘行為を行ってもダメージにはならない。それでも、武器を構える姿はよく目立ってしまう。


「こんな街中で抜刀すんなや。目ぇつけられんで」

「ご、ごめんなさい……。でも、姉ちゃんが先にやったんだ!」


 注意をするセンリにヨウはしょんぼりとした顔をしたが、すぐに口を尖らせてそう言い募った。


「姉ちゃん?」


 センリはそう口にして、改めて目の前に立ちはだかる人の姿を見た。

 その赤味の混じるこげ茶の髪には狐らしい耳が揃い、瞳は金色に鋭く輝いている。何より彼女の顔は、ヨウとよく似ていた。


「邪魔よ! あんたも燃やされたいの!?」


 彼女は瞳孔をきっと細めながら声高にそう叫んだ。感情と共に魔力を高ぶらせる彼女は、周囲に宝玉を浮かべて今にも魔法を放ちそうな雰囲気だ。


「ちょい待ち、ちょい待ち! ここはPKエリアやないで。一旦落ち着こうや、な?」

「そんなことどうでもいいわよ! ここで焼いておかないと私の気が済まないの!」

「だから焼けへんのやって!」

「うるさいわね!」


 センリが説得しようとしても、彼女は宝玉にまとわせた炎の勢いを強めるばかりだった。

 逃げるしかなさそうだと判断し、センリがヨウの腕を掴んだとき、ヨウの姉の肩を誰かが弱々しく叩いたのが見えた。


「だ、駄目だよ、コウちゃん……。スピネラさんに迷惑かけちゃう」


 その後ろからそっと顔を出したのは、怯えが顔に張り付いたような少女だった。腰ほどの長さで切りそろえられた黒髪が、ますます彼女を儚げにみせている。

 センリは彼女の姿を見た途端、妹の表情を思い出した。彼女の怯え様は、見知らぬ男性を前にしたときの愛結の様子とそっくりだった。


「ライラ! ……ごめん」


 コウと呼ばれた狐耳の少女は、みるみるうちに勢いを失って項垂れた。ライラというらしい少女は、コウの瞳を真っすぐに見つめて悲しそうな顔をする。


「コウちゃん。あの子、弟なんだよね。ごめんね。コウちゃんの大切な家族のことまで怖がっちゃって……」

「そんなことない! ライラは悪くないよ。それにあんな奴、大切でも何でもないし」


 コウがそう吐き捨てるのを耳にして、センリはそっとヨウの様子を伺った。

 彼は唇を噛み締め、取り止めのない感情を堪えているかのようだった。

 言葉をかけようか迷い、口を開きかけたセンリは、ふと周囲の野次馬が増えてきていることに気が付いた。

 街中での喧嘩を見物しにきたプレイヤーがほとんどだが、ちらほらとビーストを敵視するNPCの姿もある。


「もしかして俺たち、結構やばい状況……ですか?」


 ヨウも場の緊張を感じ取ったのか、小声でセンリにそう尋ねた。


「せやなあ……。どうにか人目に付かずこの場を離れる方法を探さんと」


 センリはそう返し、猫たちの視界を巡りながら必死に手立てを考えた。

 しかし、そこに救世主が現れた。


「あら? たくさん人がいるじゃない! これはギルメンゲットのチャンスね!」


 底抜けに明るい声が、空から響いてきた。

 驚いたセンリがはっと顔を上げる前に、ちょうどセンリと少女たちの間に勢いよく女性が着地した。

 その背中に生えていたのは、どこかで見たことがあるような、氷で象られた蝶の羽だった。


「それは、クーシーの……」


 センリが思わず呟きを漏らすと、天から降りてきたその人物、『ゆきみの館』のギルドマスターであるスピネラは、にやりと悪戯っぽい笑みをセンリに向けた。

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