第44話

 休み明けの月曜日。

 登校した俺は特に、誰にも病欠をとがめられる事は無く、普通に過ごす。

 そして、昼休み開始と同時にダッシュで校外に抜け出した。向かった先は学校近くに居を構える俺の従姉、北畠きたばたけ美祈みのりさんの家だ。


「トイレ、貸してくれてありがとうございました」

 挨拶がてらリビングに顔を出す。そこには大画面とにらめっこする美祈さんの姿があった。


「また、FPSっすか。好きですね」

「そうだ。聞いてよ。ようやくフレンド増えてきたの」

 試合が一段落したタイミングで、彼女は画面をメニューへと切り替える。

 青地のフラットな画面上に、フレンドのアカウントがふわりと表示。


「でも、ログアウトしてないみたいですね」

 今は平日の昼間だ。外人ならともかく日本人でログインしているのは平日が休みの仕事をしているか、ニートくらいな物だろう。

 美祈さん唯一のフレンドも例に違わず、ログアウトの表示になっている。


「せっかく、日本人のフレンドが出来たんだけどね。しかも、女子! ナツと同じ学生さんなんだって!」

「ネカマじゃないと良いっすね」

 興奮気味にまくし立てる美祈さんに、俺は素っ気なく答えるのだが、その勢いは収まらない。


「しかも、私も女だって知って喜んでるみたいなの。いろいろ相談受けるんだよねえ!」

 随分と、仲が宜しいようだけど、俺の中だとますますそのフレンドのネカマ疑惑が深まった。


「ネカマからの男バレして、旦那さんに不倫疑われるとか笑えないですよ、美祈さん」

「大丈夫だって。文面からしたら女子だし」

「文面って……」

 ネトゲ繋がりのトラブルはよくある話だ。俺は小声で忠告するのだけれど、この新妻は聞く耳ってものを持たない。


「そうだ、ナツ。身体の方は大丈夫なの?」

 ゲームが始まらないのを良いことに、こちらを見てそんな事を問いかける。


「環季ちゃんが遊びに来た時に教えてくれたの。三日も休んだんですって?」

「は? あいつここに来たんですか?」

 俺はコップに麦茶を注ぎながら聞き返した。

 俺が休んでいる時は安心して学校を抜け出せるという事なんだろうか。それにしても、俺無しでこの家に入り浸るなんて。赤坂からしたらただの顔見知りで親戚という訳じゃない。

 あいつの厚かましさというかコミュ力には脱帽だ。


「昼ごはん作るのめんどいし、夕ご飯作るのもめんどかったし、それなら二食ともパンにしようかと思ってパン屋に行ったら鉢合わせしたの。それで、そのまま家に呼んだ感じ」

 ニコニコ顔で画面に向き直る美祈さん。

 ていうか、美祈さん。二食パンとかやめてあげてよ。それじゃ旦那さんが可哀そう過ぎる。


「ねえ、付き合う事になったの?」

「何聞いてんの!?」

 いきなりの質問だ。俺は思わず口に含んだ麦茶で毒霧をかます。


「あら、そうかしら? 結構楽しそうな話しぶりだったけど」

 むせ返る俺。それを見ながら美祈さんはけろっとした顔だ。

 俺をからかう為というより割と本気で気になって聞いたらしい。


「絶対違うから!」

 思わず敬語を忘れ、昔みたいなため口で叫び返す。


「あいつは単に俺をからかって楽しんでるだけですよ!」

 赤坂は基本的に毒舌だけど、クラスでは本性を隠している。

 だから、普段周りに言えない分、俺をカモにしてマウントを取ってくるのだ。


「ふーん。その話しぶりだと二人って学校でも仲いいの?」

「そ、そんなんじゃないからっ」

 にこりと思わせぶりに微笑む美祈さん。俺は逃げるようにリビングを出た。





 教室に戻ると、まだ昼休みも半ばに入る頃合いだった。

 いつもの俺ならば昼休みはギリギリまで時間を潰すのに大誤算だ。

 美祈さんに追及されるのが嫌でさっさと逃げてきたせいかもしれない。自分の席に向かうと、案の定教室の陽キャ、西崎瑛璃奈率いる女子グループが周辺の席を陣取って騒いでいた。


「えー。美由このスタンプよくない!? めっちゃ映えるんだけどー」

 四隅まで響くような大音量で楽しそうに会話をしている。

 俺は自分の席に静かに座る。

 これが分かっていたからいつも昼休みは他で時間を潰していたのに。

 窓辺を眺めて気配を消そうとする。


「ねえ」

「は?」

 不意に、前席諌矢の机に腰かけていた西崎が話しかけてきた。


「は? じゃないし」

 半身をこちらに向け、高圧的な目線が俺を捉える。

 西崎は派手めなメイクと金髪が悪目立ちしているものの、顔立ちだけ見ればかなり整っている。

 学年でも屈指の美少女として、他のクラスの男子の間では人気だと、諌矢から聞いた事がある。うちのクラスの男子は性格のきつさが分かっているのでそうでもないみたいだけど。


「つーかさー。サボって風晴と赤坂さんと遊んでたってマジ?」

 しかし、この通り普段の言動や性格は結構きつい。ズバズバ言って来るので寧ろ怖いまである。

 いつも気圧されてきた俺。ここで弱気のままだといつまでもズルズル行ってしまうのは明白だった。


「サボってないし」

 俺は赤坂に相対する時の気構えで答える。


「あいつらと遊んだのも土曜だよ。ていうか何で西崎がそれを知ってるんだよ?」

「紫穂と美由が見たって」

 即答する西崎。顎を向けた先では竹浪さんと他の二人が楽しそうに会話に華を咲かせていた。

 よりによって、西崎の取り巻き達に見られていたらしい。

 まあ、あの辺って土日は家族連れやら中高生で賑わうからな。都会と違って遊ぶ場所が限られている分、休日は同じ場所で鉢合わせになる事も少なくない。


「でも、それが何かしたのか? つーか、西崎っていつもは諌矢と昼飯食べに行ってるよな?」

 ふと、周囲に西崎といつもツルんでいる男子達がいない事を指摘する。

 諌矢も須山も普段は俺に友好的に接してくれる。彼らがいない分、西崎は普段きつく当たれない俺に喧嘩を売ってきているのかもしれない。


「関係ないじゃん。質問に答えて」

 しかし、西崎は俺の質問を華麗にスルーしながら質問を重ねてくる。


「あんたって赤坂さんと付き合ってんじゃないの? そこに何で風晴がいんのって事」

 あくまでも土日の一件をはっきりさせたいのか、西崎は強い口調で迫る。

 これみよがしに足を組み替え不機嫌アピールだ。


「あのさ。俺達はその諌矢に誘われて遊びに行ったんだよ」

 休み過ぎた俺が週明けに出て来れるか諌矢は心配していた。それで、気晴らしになればと誘ってくれたのだ。しかし、そこまで説明してもしょうがないので事実だけ述べる。


「は? あたしらの誘いは断って、あんたらと遊んでたの? 意味わかんない」

 西崎の顔つきが見る間に硬化していく。


「つーかさ。赤坂さんと付き合ってんなら二人だけで遊べばいいじゃん。何、風晴と三人って」

 遊びに誘った張本人を差し置いて、俺が悪いような言い方だ。


「赤坂さんもだし。何で風晴とまで仲良くしてんの――」

 そして、はっとしたように目を一瞬見開くと、眉根を寄せる。

 西崎は隣で俺らをスルー(多分、険悪なのを感じ取ってあえてのスルーだ)していた竹浪さん達にも視線を向ける。

 突如話を振られ、一瞬口を詰まらせるグループメンバー。


「あー」

 その中の一人、肩よりも短い黒髪ショートカットの女子が相槌を打つ。


「瑛璃奈の言ってる事、分かる……かも」

 確か、炊事遠足でも班メンバーとして行動を共にしていたっけ。

 見た目は地味だけどスカートとかめっちゃ短いし、普段の発言も結構性格のきつさがあからさまな女子。

 見るからにギャルグループの一員ですって感じで俺は苦手だった。


「赤坂さんってあんま女子と絡まないっていうか……男子の友達は多いけど? みたいな?」

 その女子生徒は、ショートカットを小さく揺らし、挑発的な視線を向けてから逸らす。

 こちらの反感を買うのも辞さない言い方だけど、西崎がバックにいるから平気なんだろう。

 本当舐められてるな、俺。


「それ分かる。つか、実際に現場見てた紫穂が言うと信憑性あるわー」

 西崎は満足そうに黒髪ショートカットに目配せする。


「え、ああ。そうかな?」

 西崎に媚びるような笑みを浮かべて頷く取り巻きの黒髪ショートカット。

 面倒くさい西崎に話を合わせてるのか、俺にマジで喧嘩売ってきてるのかはよく知らないし、あんまり考えないようにしよう。

 そもそも、西崎達が勝手に思い込んでいるだけで、俺と赤坂は別に付き合っていないのだ。 

 好き勝手言いやがる女子グループ。更に、ここにいない人間の悪口を聞いていい気持ちはしなかった。

 そんな苛立ちが、俺に一矢報いる勇気を与えたというのだろうか。


「何だよ、西崎。赤坂に諌矢取られるとか思って機嫌悪くしてんの?」


 俺は思わず、そんな事を西崎に口走っていた。


「「……」」

 凍り付く空気。

 取り巻きの黒髪ショートカットや、竹浪さん達が色を失った目で固まっている。


「なにそれ意味わかんないんだけど」

 沈黙を割る様に西崎が呟く。

 先ほどまでの剣幕は引き潮みたいに鳴りを潜めていた。

 俺はそこに切り込む勢いで重ねる。


「あれだけ邪魔者扱いしていた俺も赤坂も学食には行ってないんだ。諌矢と好き放題会食を楽しめばいいじゃないか」

「は……はあああああっ!?」

 思いもしない口撃と恫喝が来るかと思いきや。意外や意外。西崎は珍しく狼狽していた。

 これまで女王のように俺を見下ろしていた振る舞いが嘘のようだ。


「あんたこそ何!? ムカツク、マジムカツク! 諌矢取るなつってんじゃん!」

 素っ頓狂に叫ぶ女王の異変に周囲が何事かと振り向いた。

 ていうか、このギャル。何かもう諌矢への好意を隠そうともしないな。


「別に俺は諌矢取るつもりないんだけどな。まさか、俺や赤坂が諌矢と一緒に遊んだのに嫉妬してんのか?」

「そういうのじゃないし、何言ってんの? きも! ……きもッ!」

「そーいえばっ! 瑛璃奈、来週の雑誌の付録見た?」

 場を取り持つように竹浪さんが大声を重ねる。西崎の肩を揺らし、無理矢理俺から視線を逸らそうとしている。強制的な会話相手変更スキルの発動だ。ありがたい。

 正直、このまま口論めいたやり取りが続いていたら俺は絶対に負けていた。


「ぬいぐるみチェーンだって! これ前瑛璃奈欲しいって言ってたやつじゃない!?」

 西崎は竹浪さんにスマホ画面を見せつけられ、渋々会話に戻っていく。

 一瞬だけこちらに向けた恨めしそうな顔が脳裏にこびりついて離れない。


「やってしまった……」

 クラスの注目も無くなったところで、そんなため息が一つ漏れる。

 勢いに任せてやってしまった。赤坂みたいにはっきり物を言うように動こうとした結果だ。

 でも、この結果は何だ。俺はますます西崎の恨みを買い、クラスの皆にはいきなり女王に喧嘩を売る変な奴という印象を与えてしまった。

 目立たないようにしていたのに、明らかに選択肢を間違えてしまったっぽい。


 ――とはいえ。

 ばたばたとはためいていた窓のカーテンを束ねながら思う。

 西崎が諌矢の事を好きなのは、もう確定事項だろう。

 諌矢は良い奴だしイケメン。その諌矢が誘いを断り、俺や赤坂と遊んでるもんだから焦るのは当然と言えば当然か。


「面倒くさい事にならなければいいけどな……」

 休み時間終了の鐘が鳴る。俺は机に身体を突っ伏しながら、そんな呟きを漏らした。

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