第43話

 グループリーダーたる諌矢が消えた事で、俺達は目的を完全に見失っていた。仲間内で出かけた時って、誰か率先して行先を決める奴がいないと譲り合いになるんだよなあ。

 赤坂は自己主張が強いし、行きたい場所をガンガン行こうぜ並みに指定してくるのかな――と、思いきや、そんな事も無かった。


 沈黙のまま歩いた先、ハンバーガーショップで昼食を摂ることになる。

 まあ、元々は飯を食う話だったので間違いはない筈だ。

 俺のトレーにはチーズバーガーとナゲット、ポテトのセット。それにバニラシェイクの大。一方の赤坂はシェイクの小と普通のハンバーガーが一個だけ。


「一之瀬、随分食べるんだね」

「明日は日曜だし。腹壊しても学校行かなくていいからな」

 俺は勢いよくチーズバーガーにかぶりつく。


「そういう行き当たりばったりな考え方で行動するとこ。だから、いっつもお腹壊してるんじゃないの?」

 それを見た赤坂が呆れたようにこめかみを抑えていた。いちいち指摘が的確過ぎてへこむ。

 俺はいつも休みの日になると、ついつい暴飲暴食してしまう。平日カロリーを抑えている分、生存本能なのかそれともリバウンドってやつなのか、とにかくいろいろ食べたくなるのだ。

 赤坂の言う通り、胃腸に負担がかかったせいか月曜日は悲惨になる事も多い。


「赤坂こそ、どうなんだよ?」

 俺は自分の事を棚に置いて赤坂に詰め寄った。

 赤坂は人の目がある場所での食事を好まない筈なのだが、今ここでは結構普通に喰っている。それが気になったのだ。

 仕切りで隣の席は見えないようになっているが、それでも店内は混んでいる。


「まあ、ここは学校と違って知らない人ばっかだし。そんなに意識しなくて済むんだよね」

 包み紙をめくりながら、赤坂はちらりと見る。そして、ハンバーガーを一口。


「それに、一之瀬も私の事情知ってるし。そういうのも安心できる要因になってるんだと思う」

「へえ。他の連中と食うよりも、俺と食うのがマシって事なんだ?」

 問い返すと、赤坂はしばし考えた後にようやく小さく頷いた。


「……驚いた。つまり、そういう事になるわね」

 自分ながらに信じられない、そんな驚愕が顔に張り付いている。


「まあ、西崎さん達と一緒に食べるよりかは全然マシよ。あの人達苦手だし。学食で同じテーブルにいるだけで最悪」

 そう言って、もそもそとハンバーガーを食べ続ける。本人のいないところで好き嫌いをはっきり言う辺りが女子の怖さを感じる。俺も陰で何か言われてそうだな、これ。

「まだ何か?」

 じっと見ていたら不意に、睨み返された。


「昼休みは、もうずっと屋上にいるの?」

 俺は欠席していた間の赤坂の動向を尋ねた。

 諌矢とはSNSでやり取りしたけど、赤坂はあれから学食には足を運んではいないそうだ。

 そうなると、昼休みに向かうのは屋上くらいしか思い当たらない。


「まだ屋上の鍵はあのままだからね。晴れてる時は一人で食べてる。まあ、一之瀬のお陰?」

 そう言って、赤坂は何の断りも無く俺のポテトに指を伸ばした。

 いや、別にいいけどね。俺は食い意地は張らない主義なんだ。

「あとは西崎さん達ね。あのまま大人しくしてくれないかしら」

「西崎?」

 突然出てきた不穏な名前はクラスの女王。俺は思わず赤坂に聞き返す。


「何か、私に張り合ってくる時あるもん。体育の時とか特に」

「へえ……」

 どうやら、俺の知らない所で女子同士のいざこざがあるらしい。

 それにしても、はっきりと口にする赤坂も赤坂だ。

 心底西崎が苦手なんだろうなあ。俺も苦手だけど。


「でもさ。西崎って、どっちかというとお前に似てるとこあんぞ」

「は?」

 赤坂はシェイクに一口つけると、俺を上目で睨みつけた。


「私と西崎さんのどこが似てるって? 一之瀬って西崎さんと普段話したりしてるっけ?」

「い、いや……少し話しただけだけどさ」

 不思議そうな顔で赤坂が覗き込んでくる。俺は身じろぎしながらも続けた。


「あいつも何かと世話好きなんだよ。まあ少し女王気質なとこはあるけどさ」

 俺は放課後、西崎に呼び出された事を話した。

 西崎の中で、俺は授業をサボって校外に抜け出す問題児で落ちこぼれみたいな生徒である事。

 そんな俺が諌矢を連れ回すのを西崎自身がよく思っていない。そんな事まで。


「つーか、何で一之瀬が西崎さんとそんなやり取りしてんの?」

 黙って聞いていた赤坂は『ふん』と鼻で息を飛ばす。


「そもそも、一之瀬とそこまで話し込むような性格じゃないでしょ、あの人」

「う……」

 そりゃ、クラスで空気で浮き気味なのが俺だ。目立つギャルグループ筆頭とサシで会話するシチュエーション自体、普通なら有り得ないだろう。


「その西崎さんを何で一之瀬が庇うのかってのがわかんないんだよね」

 そう言って赤坂はポテトを摘まむ。

 俺は西崎に呼び出され、はっきりと言われた。『諌矢と関わるな』と。

 更に、西崎は多分諌矢に惚れているのだ。

 しかし、そういう顛末までを赤坂には言えない。


「いや……西崎の話しぶりでそう思っただけだよ」

 だから、俺は赤坂には悟られないようにはぐらかす。


「西崎は諌矢をグループのメンバーとして認めてるからな。俺とか赤坂が邪魔なんじゃないの?」

「そうかしら」

「赤坂は俺の悩みを解決しようと力になってくれたじゃないか。それと同じ感じで西崎は諌矢の事を気に掛けてるんだよ。やっぱ似てるよ」

 ――あと、超気が強いとことかな。


 困惑した顔の赤坂。

 でも、赤坂と西崎が根っこの部分で似ていると思うのは本当だ。

 西崎はグループ内の仲間には世話好きな所があって、リーダー的な気質も持ち合わせている。

 諌矢や竹浪さん達もそれは分かっていて、だからこそ西崎はグループ内で今の立ち位置にいるんだと思う。

 一方の赤坂もなんやかんや言いながらも、困っている人間には手を差し伸べるタイプだ。

 自分の為だとか言っても助けられる人間からしたらやっぱり親近感のような物を勝手に抱いてしまう。俺みたいに。


「グループを率いているか単独行動しているかの違いはあっても、西崎も赤坂も人を助けようとする側の人間だと思うんだ」

 そんな事を考えていたら、赤坂がじっと見つめていることに気づいた。


「あんたって、本当に人の良い所を見つけようとするんだね」

「え?」

 俺が聞き返すと、赤坂は小さくため息を吐く。


「炊事遠足の時も須山君達と上手くできていたし。私は好きで人に合わせないで生きてるけど、一之瀬って基本人に合わせられるし……基本的にいじられ役だけど」

「うっ」

「別に、それが悪いって言ってるわけじゃないし」

 俺が口ごもると、赤坂は面白そうに頬を緩める。


「でもさ、少しだけ積極的にいってもいいんじゃないの? そうしたら、今のポジションそのままで、もっと人と仲良くなれるでしょ?」

 そう言った後で、残り少ないポテトに手を伸ばす。


「あいつらとは、たまたま一緒に飯を作ったから……その流れだって。あのグループに俺が馴染めるわけないだろ」

 俺は言い返す。

 現に、炊事遠足の後は別にグループに迎えられることなく過ごしている。話す事は確かに多いけれど、別に遊びに誘われる訳でもない。

 同じ班だった須山や工藤舞人は確かに良い連中だった。しかし、俺はそんな彼らにどこか疎外感を覚えてしまっていて、これ以上深く関われないのを、確信してしまっている。

 特に、須山は部活の繋がりでたくさんの友人、俺の知らない人間関係を築いているのだ。

 学校以外の場所でもそいつらとは関わっていくだろうし、そういう大切な記憶みたいなのはこれからも増えていく。

 しかし、俺には何も無い。中学で知り合った仲間はこの高校には一人もいないし、ガキの頃の友達との繋がりも何度かの引っ越しを経て、今では完全に切れてしまっている。

 そういう経験があるからこそ、分かってしまった事もある。


「皆は確かに俺には親切にしてくれる。でも、俺は結局外様なんだよ。取りつく場所は与えられても、そこから中に入り込める隙間なんて、用意されてないんだ」

 俺には親友なんてものは出来ない。ずっと一期一会の繰り返し。その場を上手くやり過ごせても、結局頼れるのは自分だけだった。


「自分の事に関してはどこまでもネガティブ。そんな性格だから腹も痛くなる訳ね……」

 溜息をつくと、赤坂は最後のフライドポテトを摘まんで食べた。

 俺、殆ど手を付けていないのに……


「その癖、私(ひと)の事にはお節介して――」

「言わないでくれ」

 扉を蹴飛ばした時に、赤坂に感情のままに叫んだ言葉の数々。それらがふと脳裏によぎって黒歴史となって俺を攻め立てる。

 赤坂がハンバーガーを食い終えるその時まで、黒歴史に潰れかけた俺はテーブルに突っ伏したまま何も言い返せなくなってしまった。



 外に出ると、すっかり夕焼け空になっていた。俺達はモールの裏手を並んで歩く。

 このショッピングモールの界隈は市内でも相当に栄えている場所。人が色んな方面から集まってくる分だけ、様々な路線のバス停が集中している。

 俺は自転車を引きながらバス停まで同行する。


「風晴君。何でこんな所を集合場所にしたのかな」

 いつもの調子で赤坂は諌矢への不平を言っている。

 しかし、その顔にはどこか充実感みたいなものが現れている。俺にはそう見えた。

 赤坂と関わるようになってまだ数週間だ。

 それでも俺は、毒舌の裏にある本音的な物も感じ取れるようになっていた――何となく。


「月曜日……んん!」

 赤坂はわざとらしく咳払いを交えて、俺を横目で睨みつける。


「休み明け、ちゃんと来なさいよ。誰も気にしてないから」

「分かってる」

 俺が答えると、赤坂は念を押すように顔を近づけた。


「本当に来なさいよ」

「だから、分かってるって! そんなに心配?」

 俺のオカンよりも心配されてる気がしてくる。


「だって、私のせいであんたが学校来れなくなったとか……そんなの嫌過ぎる」

 しかし、冗談交じりで嫌がる俺を余所に、赤坂は真剣そのもの。


「屋上の件とか、ミートボールの件とか、試験で倒れた件とか、元はと言えば私のせいだし」

 そう言って赤坂は申し訳なさそうに俯く。


「悪いな。でも……」

 ――別に俺は気にしてないんだけどな。

 言いかけた言葉をぐっとこらえた。赤坂が乗るバス停。その看板が先に見えたからだ。


「ここまででいいか」

「うん……今日はありがとね」

「俺の方こそ」

 小さく会釈する赤坂に、俺は手を振って答える。

 赤坂はすぐに手を引っ込めて反対側を向いてしまった。ふわりふわりと膨らんだ袖先が春の終わりの風に揺らめいている。


「言い方はきついけど、なんやかんやで心配してくれてるんだよな……多分」

 結局の所、赤坂は自分の中での後味が悪くなるから俺を学校に来させようと気張っている。それだけなのかもしれない。

 それでも、俺にとっては背中を押してくれるありがたいものなのだ。

 もし、心変わりで休み明けも学校に行けなかったら、彼女の善意に背を向ける事になる。


「やっぱ、俺もちゃんとしなくちゃな」

 いつも、背を向けて逃げてばかりの俺だけど、赤坂の肝の据わった生き方を見ていると学ぶものがある。

 そう思った。

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