第42話

 その翌日の土曜日。珍しく、俺は外出していた。

 場所は市郊外にある大型ショッピングセンター。

 飲食店、ファッション雑貨の店舗が並ぶショッピングモールの他に、ゲーセンや映画館まで併設されたここは駅前よりも人が多い。

 俺達のような学生だけでなく家族連れも多く、館内は大いに賑わっていた。

 それでも、中学の修学旅行で周った東京の人混みに比べたら全然少ない。


「おー、本当に来たよ! こっちこっち」

 入ってすぐのホールに足を運んだところで、良く通る声が脳天を叩く。

 見ると、諌矢がこちらに向けて手を振っていた。


「ね、私の言う通りでしょ? 一之瀬は律儀だから必ず来るって言ったじゃん」

 諌矢の横には熱心にスマホをいじる赤坂。

 二人で俺が来るか来ないかの賭けでも行われていたのかと勘繰りたくなる。

 来なけりゃ良かったよ……


 二人とも性格はともかく美男美女なので結構目立つ。諌矢は清涼感ある薄い青系のシャツに、細めのスキニージーンズ。元々のモデルみたいな長身痩躯が強調されている。

 一方の赤坂はバルーン袖と言うんだっけ。袖の大きく膨らんだギャルっぽい長袖ニットに身を包んでいた。下は濃いエンジのショートパンツ。すらりと伸びた膝先が健康的で、良く似合っていると思う。

 赤と青。二人の性格を如実に合わせたような色彩のコーディネート。

 溢れ出るリア充オーラに圧倒されそうになる。

 暗色系で固めた地味な服装の俺には、もう人権があるのかすら疑わしい。


「マジで遠かったんだけど。一之瀬のせいだよ」

 挨拶を交わすと開口一番に責められた。

 赤坂の住んでいる地域は市内でも屈指の辺境だ。チャリで来るには相当きつい距離。多分、バスで来たんだろうなあ。


「じゃあ行くかー」

 スマホをポケットに滑り込ませて、諌矢が先頭になって歩き出した。




 諌矢の発案で俺達はまずゲーセンに向かう。

 暗いゲーセンの中はとにかく空いていて、クレーンコーナーに家族連れがいるくらいだ。

 元取れてるのかな、ここ。ちょっと心配になる。


「一応、土曜の昼なんだよな……」

 アーケードゲームが建ち並ぶエリアは無人。閑古鳥でも鳴きそうな雰囲気だ。

 筐体が撤去されてそのままの場所まである。無駄に広くなったスペースがひたすら虚無を感じる空間。


「おお、あったあった」

 その中で、諌矢はある格ゲーの前で足を止めた。

 背もたれの無い椅子を長い脚で跨ぎながら座り込むと、諌矢は硬貨を投入する。


「連れ回しといて一人で格ゲーかよ」

 それは家庭用ゲーム機でも発売されている有名なタイトルだった。

 ボタンを叩いて一人プレイのモードを選択するすらりとした背中。


「これじゃ諌矢しか遊べないじゃないか。ふざけろよ」 

「何、エアホッケーやりたいの?」

 そんな事を言うけれど対戦はもう始まっている。

 そもそも、俺と赤坂だけでエアホッケーしていたら諌矢はどうなるんだ。三人で遊びに来た意味が無いような気がする。

 ほぼ無人のゲームコーナーに殴る蹴る打撃音と派手なBGMが響き始めた。俺たちの他にゲームをしにきた人影は無く、ひたすらに寂しい。 

 ふと、西崎達と学食で同席した時の事を思い出す。西崎に休みに何をするのか聞かれて、諌矢はひたすら家でゲームをしてるとか言っていた。あの時言っていたのはあながち間違っていなかったのかもしれない。

 横を見ると赤坂はゲームを食い入るように眺めていた。画面の光が瞬き、彼女の虹彩をストロボみたいに瞬かせる。


「何?」

「いや……」

 それまでの純粋な好奇心に満ちた真っすぐな視線から一転。攻撃的な眼差しを向けてくる赤坂から目を逸らす。


「あれ」

 その時、丁度反対側に若い男が座るのが見えた。程なくしてCPU戦をしていた諌矢にノリノリの英語音声で対戦相手の登場が告げられる。


「これが格ゲー名物の乱闘? 始めて見るんだけど」

「乱入な。それだとここでリアルバトルが始まるみたいだよ」

 顎に手を当てて割と真面目な顔でボケる赤坂に、対戦システムを説明してやる。

 衰退気味の格ゲーだけど、田舎のゲーセンでは殊更プレイヤーの絶対数が足りない。

 だから、こういう場所での対戦相手はありがたい存在なのかな。


「よーし、お二人さんに俺のテクニック見せてやる」

 諌矢が張り切った風に椅子に座り直す。反対側でも準備が整ったのか派手な音楽が鳴り始める。

 三本先取の試合で、あっという間に二勝取った諌矢。赤坂は僅かに感心する素振りを見せた。


「へえ、なかなか強いんだね」

 しかし、対戦相手もさるもので、一本取り返す。

 ギャラリーは俺達だけ。ふと、赤坂が俺の方を見ている事に気づいた。


「ねえ。一之瀬もこういうゲームやったりするの?」

「いや、さっぱり分からん」

 赤坂はふーんとだけ呟き、すぐに画面に向き直る。

 俺は格ゲーがとにかく下手くそだ。小さな頃、友達の家で対戦相手をやらされた記憶はあるけど、技だってろくに出せない。

 俺からしたら、小難しいコマンドを使いこなすだけですごいと思ってしまうのだ。

 しかも、諌矢はただ技を出すだけでは無い。

 指先がせわしなくレバーを弾きボタンが小気味よく叩かれる。諌矢のキャラが相手を宙に浮かせて空中でコンボ技を繋ぎ始めた。見る間に空高く浮いていく対戦相手のキャラ。

 俺の知ってる格ゲーと違うんだけど、何これ。

 黙々と、人が変わったような眼で操作し続ける諌矢は真剣そのものだ。普段の飄々とした優男の片鱗すら感じられない。


「っしゃ!」

 勝利を告げるボイスが響き、あっという間に三本目を取った諌矢がガッツポーズを上げた。感情を全開に出すリア充オーラ全開。


「どうよ?」

「変態みたいな動きだった。一之瀬もだけど、風晴君も相当ね」

 ドヤ顔で振り向く諌矢に、赤坂が代わりに答える。


「にべもない言い方ってこういう事を言うのかな……」

 一緒に遊びに来た友達が対人戦で華々しい勝利を飾った。

 それなのに、眉一つ動かさないこの人はバトル漫画の師匠か何かなんだろうか。もう少し褒めてあげようよ。


「おっと、もう一戦か」

 向こう側の対戦相手が連コインしたらしい。すぐにキャラ選択画面に切り替わり、諌矢はまた操作に戻る。

 置いてけぼり感が半端ない。友達の家に呼ばれ、何をするかと思えばひたすら一人プレイのRPGを進めるのを見せつけられる気分だ。


「一之瀬、どうしよ。私、もう飽きてきたんだけど。まだ三十分も経っていないのに」

「ええ……」

 この三人で遊ぶっていう選択肢がそもそも間違っているんだと、俺は今更気づいた。

 諌矢は俺達には目もくれず、ひたすらコマンドを繰り出し続ける。


「火、点いちゃったみたいね。これ多分テコでも動かないよ」

 赤坂は小さく息を吐きながら俺を見上げる。珍しく俺に判断を仰いでいるらしい。


「悪い、すぐ終わらせるから。お前らは適当にどっかで時間潰してくれ」

 画面とにらめっこしてボタンを叩き続ける諌矢。こっちを見る気配は微塵も無い。

「仕方ないな。赤坂、どっか行く?」

 このままいてもしょうがない。そう思った俺が提案すると、赤坂はこくんと頷く。

 諌矢を残し、俺達はゲーセンを後にした。




 暗いゲーセンを出てすぐ、エスカレーター横の人気の無い階段を下る。

 ゲーセンの下は映画館があるのか、階段の踊り場には公開中作品のポスターが張り出されていた。

 ふと、横目で窺うと、赤坂はある一点をじっと見ている。


「なに?」

 赤坂が見ていたのは、丁度俺が金曜に駅前の映画館で見た作品だった。


「いや、別に。赤坂も映画見るのかなって」

「女子がこういうの好きって引く?」

 その作品は昔から続いているモンスターパニックもののシリーズだった。登場人物が食われたり殺されたり、どんどん数が減っていくやつ。

 結構グロい内容で、赤坂が気に入っているのが意外だった。


「小さい頃見たやつの続き物だし、気にはなるかも」

 赤坂は、もう一度ポスターを食い入るように見入る。興味津々だ。


「マジか。俺も一作目は見た事あるよ」

「ねえ、一之瀬。もしかして、話合わせてる?」

 赤坂は俺をきろりと睨め付けると、わざとらしい声音で突き放す。


「何でだよ。どう見てもここから共通した趣味の楽しい会話が始まる流れだったよね」

「やっぱ一之瀬って……私の事好きなの?」

 赤坂は心底不愉快そうに眉をひそめ、半歩距離を取る。


「その自意識過剰やめろよ! この前のミートボールの件だって咄嗟にしただけだからな。根に持ってんのか?」

 俺が引きつった声を上げると、赤坂は小さく息を吐く。


「何もそこまで追及してないじゃない……まあ、いいわ」

 そして、もう一度顔を上げて悪戯っぽく笑った。わざとやってるだろこいつ。


「それなら、一之瀬が私に話合わせてるんじゃないか確かめてやるわ」

 嬉しそうに、どや顔で俺を見据える。

 どうやら、こいつは同じ趣味を持った仲間とこんな楽しみ方をするらしい。歪んでるな……


「まずは――」

 そして、何故かその映画シリーズに関するクイズ大会が始まった。


「二作目のラスボス分かる? あと、テロリストのハゲがどこで死ぬかも」

「ああ、確かハゲはエレベーターで頭からサクっとやられたんだよな。あのシーン結構トラウマなんだわ」

 シリーズ中に登場するハゲはことごとく死ぬからハゲに厳しい映画とまで言われているシリーズだ。

 その後も問題は続く。

 その中にはうっかり話を合わせると、見ていないのがバレバレだっていうひっかけ問題まであった。しかし、俺はそれら全てを答えきる。


「ど、どうだ」

「やるわね。全問正解だなんて……」

 一通り検証した後で、赤坂は顎にやっていた手をゆっくりと下ろす。愕然とした顔。


「映画好き舐めんな」

「ていうか一之瀬。何でそこまで詳しいの? 普通に引くんだけど」

 全問正解したらこの返し。ここまで隙が無さすぎる女子にはこっちもドン引きだ。


「好きなんだから、仕方ないじゃないか!」

 思わず叫んでしまった。

 赤坂は驚いた顔。

 と、そこで気づく。丁度俺達の横をカップルが歩いて行ったのだ。

 大学生か社会人だろうか。お洒落な格好の二人は、微笑ましい笑顔を浮かべて通り過ぎていく。初々しいカップルだとか思われてそうで気まずい。


「一之瀬がこの映画を好きだって事は良く分かったから……大声で言わないで」

 この映画って部分を強調しながら赤坂が俯く。ほんのり頬が赤いのを見ると、こっちまで顔が火照ってくる。俺は小さな手振りで赤坂に謝る。


「でもさ。この映画本当良かったよ。昨日休んだ時に見たんだけどさ」

「休んで映画見に行ってたの?」

「ずっと家に籠ってたからな。まあ、気分転換だよ」

 赤坂は去っていくカップル達をまだ目で追っていたが、俺の方に向き直る。


「赤坂も見てみなよ、絶対面白いから」

「へえ」

 興味を持ったような顔の赤坂に、俺は畳みかける。


「何なら、諌矢の格ゲーが終わったら三人で行くか?」

「えっ。一之瀬一回見たんでしょ? それなのにまた見んの?」

 と、赤坂は腕を組んだまま、目を見開いて乗り出す。信じられないという顔。


「二回目だといろいろ気づく所があるじゃないか。赤坂って好きな映画ドラマのDVDは繰り返し見たりしないの?」

「するけど。でも、同じ作品を二回も映画館で見るのは流石に――あっ」

 と、赤坂が何か気づいたように、にやりと口許を吊り上げる。


「一之瀬の場合は、いやらしいシーンを繰り返し見る為に借りてるんでしょ?」

「違うから!」

 何で、この子いちいち俺をディスするの。相当低く見られてるのに言い返せないのが悔しい。

 諌矢ならどつき返せるけど赤坂は一応女子だし、難しいんだよな。

 その辺の普段からのキャラ作り含めて本当に用意周到だと思う。


「でも……本当に赤坂見たいなら俺はいいよ。諌矢も従わせる」

「え、まじ?」

 割と本気で嬉しそうに、赤坂は俺をもう一度見上げた。

 これは午後はロードショーコースかな。俺は諌矢をどう言いくるめるか考えを巡らす。


「ああ、でもやっぱいいわ」

 しかし、赤坂は俺を見ると小さく首を振った。何故か口許が緩んでいる。


「だって、一之瀬ってネタバレしたくなるタイプっぽいし」

「ええ……」

 まあ、映画はネタバレされたら確かに腹は立つけれど。

 それでも俺はがっくり項垂れた。こいつの隙の無さは異常だ。




 結局、俺達は他の店もぶらぶらしてからゲーセンに戻った。


「あれ……?」

 午後も良い時間になってきたからか、アーケードコーナーはさっきよりも人が入っていた。

 しかし、レースゲームや競馬ゲームを見ても諌矢の背中が見つからない。

 格ゲーコーナーには諌矢と対戦していたプレイヤーも残っていたが、相手は別の人に変わっていた。


「もしかして、入れ違い?」

 俺は諌矢に連絡しようとメッセージアプリを起動するのだが、


「はあ!?」

 デカい声がでてしまい、すぐ近くでプレイしていた人がタイミングをあわせて振り向く。

 俺達が見るメッセージ画面には諌矢からのトークでこう記されてあった。


 イサヤ:あとは二人で仲良く楽しんでくれ!

 その下にスクロールすると、金髪の人間が横ピースしているスタンプ。

 うぜえ……


「ていうか、なにこれ……」

 俺はスマホを覗き込んできた赤坂と見合わせた。


「このスタンプうざい。もう見たくも無い」 

 顔をしかめる赤坂。俺のスマホ側面に指を伸ばし、長押しで電源ごとオフにする。

 それら動作は恐ろしい程よどみなく行われた。


「これ、俺のスマホなんだけどな」

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