第22話 逃げとは

「馬鹿だねぇ。お前。せっかくの加護を自分から消しちゃったわけだ。それで勝手に落ち込んでるって? アホなの?」

「うぅ……」

 真白さんは私をじとーっとした眼差しで見ている。

 そりゃ、そうだよなぁ……と自分でも思う。

 でも真白さんは私を馬鹿だのアホだの言いながらも、こう言ってくれるのだった。

「まあ、でも自分の力で立ち向かおうっていう、その姿勢だけは評価してあげるよぉ」

「えっ」

「加護の力を借りないって選択をした君を、馬鹿とは思うよ。でも何も考えていない愚か者とは違うよねってこと。本当の逃げとは違うわけでしょ」

「逃げ?」

「君、さっきから聞きすぎ。うるさい。でもいいよ。僕の気になっている答えを持っていたから、今回だけ特別だよ」

 そう言うと真白さんは立ち上がって、その場でくるりと回ると、落ちてきた夕日を背ににやりと笑っていた。

「逃げというのは癖がつく。何かのせいにするとずっと何かのせいにして生きる人生が待っている。でもそうしない人生もある。どんな逆風だろうと、それに立ち向かうことのできる人生だ。君はどちら側の人間かな。手鞠」

「……」

 答えられない。だって、そんなの選んでる自覚なんてなかったし、意識することなんてしないでいたんだから。

 そうして私が迷っていると、真白さんは前髪を手で掻き上げて普段とは違う様子で私を見ていた。

「大丈夫だよぉ。取って食いはしないから。ただ、君に興味が出たんだ。それだけなの。でも、凄いことだよ。興味のない人間に興味を出させるなんてさ」

「……」

「人間なんて、みーんな、興味ある振りしてるやつらばかりだからね。僕みたいに本当に興味を持ったやつがいるのは、珍しいから誇っていいよ」

 い、意味がわからない。

 真白さんって何なんだろう。

 馬鹿って言ったり、誇っていいとか言ったり……。なんか、なんか! 真白さんの言葉ひとつで揺れ動く自分に、ちょっとショックって言うか、でも嬉しいみたいな気持ちがあるし、わからない。

 少なくとも、敵ではなさそうだけど……。味方、にしては危ないよね。

「……今、僕のことがわからないでしょ。わかりやすいねぇ。手鞠は。目が泳いでるよ。んー、味方か敵かで言うと、今は味方、かな。敵になる時は、来ない方がいいよね。お互いのために」

「それってどういう……」

「君と同じで、話せないこともあるってことだよ。多分ね」

「ひ、みつ……」

「そ。秘密。まだ隠してること、あるでしょ。あ、言っとくけどこれは僕の勘ね」

「……」

「まーた、だんまりぃー?」

 真白さんの顔がゆっくりと私に近づいてくる。

 髪が透けて、その下の端正な顔立ちが見えて思わず私は顔を赤らめたことだろう。顔に熱が集まるのがわかる。

「ま、真白さんって意外と……綺麗な顔をしてるんですね」

 私の馬鹿! 今そんな話をしてる場合じゃないでしょ! せっかく真白さんが珍しいかもしれないくらい真剣に話を聞いてくれて、いろいろ教えてくれているって言うのに。

「……」

 真白さんは目をぱちぱちと大きく瞬きをする。

「……帰る」

 突然、真白さんはそう言うと湖から上がって身支度を整えると、少し歩いて私の方を振り向いた。

「帰るよ。手鞠」

「……はい!」

 なんだか、認められた気がした。

「帰るよ」の一言に、人の心の温かさが込められているように感じられて、嬉しかった。

「ところで手鞠、僕の顔については誰にも言うなよ」

「え? なんで? 凄く綺麗なのに」

「ミステリアスだからいいの! 僕はそうして生きてるのが似合ってるんだ」

「ミステリアスって言うか、変態的の間違いじゃ……」

「変態とは失礼だな。僕は変態なんかじゃないよ。よく誤解されるけどさ」

 気づけば、私は真白さんと普通に話せるようになっていた。

 なんだ。真白さんって、普通の人なんだ。

 最初が強烈すぎて身構えちゃったけど、そんなに悪い人じゃないかも!

「……ただ、人に苦痛を与えて楽しんでるだけなのになぁ」

 ……前言撤回。ここに、変態がいました。

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ダメな人生だったから、今度こそはと思ったのに神様からのギフトが重すぎます! 根本鈴子 @nemotosuzuko

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