第21話 朧月夜

 家に帰るとルナさんだけがいた。

 ルナさんは私に気が付くと「おかえりなさい」と言って微笑んだ。

「手鞠ちゃん……でよかったかしら」

 ルナさんは遠慮がちに、そう呼んだ。

 ……初日は、何も言わずに「手鞠ちゃん」って、呼んでくれたのにな。

 でも、何だろう。声を掛けてくれたってことは、何か話があるのかなぁ。

「あのね、手鞠ちゃん……。今日のお夕飯、手鞠ちゃんの好きなものにしたいんだけれど、どんなものが食べたい?」

「へ?」

「ほら、私達知り合ったばかりじゃない。だから、好みとかよくわからなくて。他の皆はわからないけれど、私は手鞠ちゃんを歓迎したいの。お願い」

 その表情は、穏やかで、でもとても真剣な微笑みだった。

 私のこと、気にかけてくれているんだ。

 嬉しい……!

「えっと、私の好みは……オムライス。オムライス、作れる?」

「もちろん。手鞠ちゃん、オムライスが好きなのね。私もオムライス、大好きなの。チーズは入れる?」

「チーズ入りのオムライス? チーズ入りはまだ食べたことないなぁ。ルナさんのおすすめなら、ぜひ入れてほしいな!」

「ふふ、今晩はチーズ入りのオムライスで決定ね」

「はい!」

「期待していてね」

 にこっと微笑んだルナさんは、とても美しかった。

 だけど、どうしてだろう。

 その瞳が何も映していないようにも見えた。

 ……ルナさんは、本当に私を見てくれているのだろうか。

 それとも、私を通して別の誰かを見ているのか。

 ひょっとしたら、私のことは実はどうでもよかったとか……。

 なんだか、疑い深い自分が嫌になりそうだけれど、でも、それだけルナさんは空っぽな気がしてしまってならなかったんだ……。

 でも、私はその理由を聞けない。

 聞いてしまったら、何かが壊れるような、そんな気がするから。

 切り傷は意外とすっぱりやっちゃった方が治るなんて、そんな風に教わったこともあるけれど、でも、今がその時には思えない。

 だから、私は「晩御飯まで、ちょっと外に出てきます」と言って家から出た。

 家から出た瞬間、私はため息を吐いた。

「あ、新入りだぁ! 新入り、なんか困ってるでしょ。僕に話してみたら。解決するかというと限りなくゼロに近いけど」

 目の前には真白さんがいて、私をじっと見てそう言う。

「真白さん……」

「どーしたの? 聞くだけ聞いてあげるから、話してみなよ。あ、場所変える?」

 そう言いながら、真白さんは私の手……ではなく、制服の裾を引っ張って私をある場所に連れて行った。

 その場所は、綺麗な湖がある小さな神殿の廃墟だった。

「街の中なのに……」

「ここはね、ある聖なる一族の場所だった。君は知らないだろうけども、街の人なら誰もが知ってる。特に滅んだとか、そういう話じゃないから、生き残りがいるんだよ」

「へえ」

 真白さんは靴を脱いで、裸足になり、湖に足を入れた。

「つっめた! 新入り、何に悩んでるか知らないけどさ、話せばさっぱりするんじゃない?」

「う、うん……。そうですね」

「それに、僕だって急に君への興味が失せた理由が知りたいんだ」

 真白さんも、加護について気づいているのだろうか……。

 それとも、ただ単に自分の心に敏感なのかな。

「敏感なのはそっちでしょ。普通、あのくらいでここまで心を取り乱すことなんてないよ。ということは、やっぱり君には何かがあるんだ」

 ……何故か心の中が読まれていた。

 私って、そんなにわかりやすいのかな。

「ま、それは追々聞くとして、先に君の悩みを聞かせて。新入り」

「新入りじゃなくて、手鞠です!」

「じゃあ手鞠、隣に座りなよ。聞いてあげる。この僕がさ」

「……はい」

 言っていいものか、どうなのか。

 悩んだけれど、でも、一部を話すことにした。

 正直真白さんには手の内を明かしたくないなぁという気持ちが強いから、一部だけ。

 でも、意外なことに真白さんはしっかりと聞いてくれるのだった。

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