第20話 楽しかった思い出とこれから

――楽しかったんだ。ついこの前まで。昨日まで。

 わくわくしたんだ。知らない世界で、たくさんの人が私を受け入れてくれて、私は笑顔で居られた。

 でもそれを拒んだのは私で、そうすると世界もそれが当然なのだと、ころっと見せる顔を変えたのだ。

「蘭ちゃん……」

「情けない声を出さない」

 ぴしゃりと厳しい一言。

「もう。とにかく椅子にお掛けなさい。紅茶は……。いいえ。今回は、ハーブティーにしましょう。心が落ち着くものがあるから」

「うん。ありがとう」

 蘭ちゃんはさっと手を翳す。するとハーブティーとお茶菓子がテーブルの上に並んだ。

「いただきます……」

「それで、早速だけれど、これからどうやって生きていくつもりですの」

「どうって……」

 私にもわからないよ。そう思いながらハーブティーに口をつけた。

 ……美味しい。花の香りがするし、仄かに甘い。

「こうなることを望んだのは手鞠さんよ。望んでおきながら、嫌になったからとこの状況を放棄するのは、さすがにあまりにも無責任ではなくて?」

「そうだけど……」

「さっきから煮え切らない返事ばかり。私が、気になる人間がそんなことでどうするのよ」

「え?」

 蘭ちゃんが、気になる人間? 私が……?

「そうよ。少なくとも、私はあなたを多少認めているのよ」

 手元ばかり見ていた私は、蘭ちゃんを見た。

 蘭ちゃんは、少しばかり顔を赤くして悔しそうな、というか、なんだか恥ずかしそうなそんな表情を浮かべている。

 ……本心、なのかなぁ。もし、演技だとしたら、相当な女優だ。

「楽しい思い出に浸るも結構だけど、これからのことを少しは考えてごらんなさい。思い出に浸っていても、何も残らないのよ。行動なさい」

「……」

 そうだ。私は、何を悲劇のヒロインをやっていたのだろう。そんなの演じたところで、何の意味もない。

 自分が可哀想だって、それをアピールして、そんな自分が大好きな自己陶酔をする人間になりたいの?

 違う。私は、そんな人間にはなりたくない!

「あなたは、変な人間よ。でも、人を惹きつける何かがある。それはあなたにしか出せない個性よ。それを使いなさい。それが、あなたの武器なのだから」

「自分らしく、生きていけばいいんだよね」

「そうよ。……わかっているじゃない」

 最初に、あの家に迎え入れてくれた時を思い出す。

 確かに異常なほどに好かれていた。

 でも、今度は本当の意味で、好きになってくれるように、コミュニケーションを取って行こう。

 自分のペースで。

 楽しかったあの日より、もっと、本当の意味で楽しい日をいつか送れるように努力しよう。

「蘭ちゃん」

 私は立ち上がり、蘭ちゃんに駆け寄って抱き着いた。

「ありがとうっ!」

「……馴れ馴れしい。でも、今回は許してあげる。お菓子もどうぞ召し上がれ。甘いものは頭の疲れを癒すわ」

「うん! あ、ハンカチ、洗って明日返すね」

「……前にも同じやり取りをしたと思うけれど、今、魔法で洗って返してくれればいいのよ」

「あ、そうだった」

「……魔法のない不便な世界の生まれだったのねぇ。まだ魔法を使うことが普通ではないのね」

「えへへっ! んーと、はいっ! 綺麗になったよ! ハンカチ貸してくれてありがとう!」

「ええ。いつか恩返ししてね」

「うん! あ、でも私達友達だから、貸し借りとか関係ないよ! 蘭ちゃんが同じように困った時は、今度は私が助けるから!」

「友達、ね。……軽々しく、そういうことは言うものじゃない」

「え? なんで?」

「なんでも、よ。でも……ありがとう……」

「こちらこそ!」

 頑張ろう。私には、味方かどうかはわからないけれど、友達(仮)が出来たよ!

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