第19話 悪魔の情け?

「先生! 手鞠さんが体調が悪いそうなので、私、一緒に保健室に行きます!」

「えっ、ら、蘭ちゃん!?」

 教室へ着くなり、蘭ちゃんが私の手を引っ張ってそう叫ぶように言うと、そのまま保健室へ連行された。


 保健室には誰もいない。

 これ幸いと言わんばかりに、蘭ちゃんは保健室のドアに「立ち入り禁止」のプレートを掛けてカーテンも閉めてしまった。

「どういうことですの」

「ど、どういうことって」

「どうもこうも、神からの加護が消えてるじゃない! あなたのような弱い人間、この世界ではあっという間に死んでしまうかもしれないのよ? 孤独は、人をも殺すのよ!?」

 酷く取り乱した様子の彼女に、私は目を丸くして驚くしか今は出来なかった。

「どうして。どうして。人間って、どうしてこんなにも愚かなの。神の加護なんて、本人が強く願うくらいじゃないと、解けないのよ。つまり、そういうことなのでしょう」

「あの、蘭ちゃん、神の加護って……。なんで、知ってるの」

「悪魔だもの! そのくらい、わかるわ……。いくら、中途半端でもね……」

「それって」

「勘違いしないで。私はあなたが可哀想だからこうしてあなたを守ってあげることにしたの。その内、恩を返してくださることでしょうし。使える駒は多い方がいいわ。わかるでしょう?」

 ……嘘だ。蘭ちゃんは、嘘を吐いている。

 蘭ちゃんはこんなことを言っているけど、蘭ちゃん自身、きっと孤独だったんだ。だから、孤独の辛さを知っているから、私を助けようとしてくれているんだ。

 それが、もし、本当に偽善だとか可哀想だとか、そんな気持ちから来るものだとしても、私は嬉しい。

 偽物の感情じゃない。偽物の、好きという気持ちじゃない。

 だから、私は蘭ちゃんのことを信じられる。

 蘭ちゃんは、人間を信じられないかもしれないけれど、でも、私は蘭ちゃんを信じる。

「蘭ちゃん」

「な、何かしら」

「……ありがとう」

「当然のことをしているまでですわ。でも、どうして加護を消すように願ったの? そのくらい、教えてくれてもいいわよね」

「……偽物の、好意なんて。そんなの、私欲しくないって、思ったの。だって、それって、凄く寂しくて、惨めで、孤独だよ。本当の意味で、愛されることなんて一切ないから。だから、私はそれを拒んだんだ」

「……偽物でも、あるだけマシだと思えばいいものを。でも、孤独と言う点では、わかる気はするわ」

 蘭ちゃんは私の頭を撫でてくれた。

 その瞳は、切なくて、とても綺麗な色だった。

「少しだけよ。あなたと、一緒に居てあげる」

 そう言った蘭ちゃんは、私をゆっくりと、そしてしっかりと抱きしめた。

「蘭ちゃん……」

「泣きなさい。孤独に慣れると、泣くことも忘れてしまうから」

「……っ」

 私は声を殺して泣いた。

 大粒の涙がぼろぼろと零れていく。

「いいのよ。声を出しても。人払いの術を使っているから、大丈夫よ。みっともなくても、私の前では素直で居なさい……」

「……っふ、うぅ……、うああああぁっ!」

 私はみっともなく泣いた。

 抑えていたこれまでの気持ちを、痛みを、全て出し切るかのように。

 蘭ちゃんはそんな私を、いつまでも抱きしめていてくれた。

 そして私が泣き終えると、蘭ちゃんはゆっくりと離れて、私の顔を見て眉を下げて笑った。

「みっともない顔。ハンカチ、貸して差し上げるわ。……ほら、拭いて。へらへら笑っていなさい。少なくとも、私はあなたの笑顔、嫌いじゃないから」

「うん。うん。ありがとう……」

「でも、この様子だと、今日は授業なんて受けている余裕なんてないわよね。いいわ。私の部屋でお話しましょう。この前みたいに」

「……うん」

「いい子」そう言って、微笑んでくれた。

 そんなあなたの薔薇の香り。私は、嫌いじゃないよ。

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