第10話 ミノタウロス(雌)との戦闘②

「お前……一体、何を仕掛けたんだ?」


 ギルバートは驚いた表情で赤子を抱き上げる。

すると、赤子はえっへん! と誇らしげに口角を上げた。


『今のはメラゾーマよ! ドラゴンクエストに出てくる最強の火の魔法なの! まぁ、アンタみたいに敵から逃げまくってるようなコボルトには出来ない芸当でしょうけどね〜!』


 まさか心の内が読まれているだなんて思ってもいないだろう。ギルバートは赤子のストレートな物言いにイラッとしていた。


 ドラゴンクエストやウォシュレットが何なのか分からないが、先程から人を挑発するような発言をしているのを見る限り、かなり見下されているようである。


 異世界から召喚した生意気な赤子にお灸を据えるべきか、否か。いや、中身は大人でも見た目は赤子なのだ。これからお灸を据えることにしよう――。


 そう決めた瞬間、赤子が「ギャーーッ!!」と大声をあげた。巨大な人影がギルバート達をすっぽりと覆い、視界が暗くなる。どうやら、先程の攻撃だけではミノタウロスを倒しきれていなかったようだ。


 ミノタウロスは弱りながらも立ち上がり、ガァァッ!! と唸り声をあげて襲ってくる。対して赤子の方は強気な様子で「あうっ!」と声をあげた。


『メラゾーマッ、メラゾーマッ! あ、あれ……どうして、炎が出ないんだろ? さっきはちゃんと出せたのに……』


 赤子が初めて焦ったような様子を見せたので、「やれやれ、仕方ないな」とギルバートは頭を掻いた。


「よく見ておけ、魔法はこうやって使うのだ」

 

 ギルバートはその場で蹲み込み、手のひらを地面に付けた。そして、地面から無数の槍を作り出し、ミノタウロスの胸の中心や腹をグサグサと貫いていく。


 ミノタウロスは苦しむ間も無く絶命した。恐らく、一発で仕留めたのだろう。無駄のない洗練された魔法を見て、赤子はキョトンとした表情になっていた。


「私はお前のように魔力切れになるような攻撃の仕方はしない。できる事なら殺生もしたくない。それでも難しいなら、せめて苦しませずに葬ってやるのが私の流儀だ。わかったな?」


 無数の槍から滴る赤い血を見ながら赤子は何度も頷き、ずっと顔を青くしていたのだった。


◇◇◇


『へぇーっ! アンタ、私が思ってる事がわかるんだ!』

「まぁな。お前が私を馬鹿にしている声は全て聞いたぞ。私が聖職者で良かったな。そうでなかったら速攻で魔物にお前を食わせている所だ」

『ワァァッ! セイショクシャサマ、バンザイッ! セイショクシャサマ、バンザイッ!』


 ミノタウロス(雌)から乳をスライムに吸わせ、それを赤子がゴクゴクと飲んでいる最中だった。スライムを強めに掴んだり、ぐいぐい引っ張っても千切れない所を見るに、街中で見かけるようなスライムとは遥かにレベルが違うらしい。


「全く、良い飲みっぷりだな。まるで酒場でヤケ酒してるおっさんみたいだ」

『なによ! レディに向かって、おっさんとは失礼ね! 私、牛乳には拘りがある方だけど、この牛乳かなり美味しいわね。スライムに乳を吸い上げさせてる所を見た時はどうなる事かと思ったけど。コクがあってまろやかで、甘さもちょっぴり感じられるし、異世界の飲み物にしては最高だわ』

「そうか。苦労して仕留めた甲斐があったよ」


 赤子が美味しく飲んでいるのを他所に、ギルバートは解体したミノタウロスの前で膝を着き、祈りを捧げ始めた。


 その様子を見た赤子は不思議そうに首を傾げる。


『何やってるの?』

「祈りを捧げているのだ」

『えっ、魔物相手に祈る必要なんてあるの?』


 赤子の問いかけにギルバートは「わかってないな、お前は」と軽く溜息を吐いた。


「いいか? 私達が食べていけるのは、生物の命を頂いてるからだ。私達は生かされている。それは魔物でも一緒だ。何故なら、私はこれからミノタウロスの肉を食すのだからな。私の命の糧となるミノタウロスにも感謝を示さなくては」


 ギルバートは冷たくなった腿肉の塊にそっと触れる。心臓部を魔法で貫通させて丁寧に血抜きを行い、市場で売っている物となんら変わらない状態にまで漕ぎ着ける事ができた。


 美味いかどうかは食してみないと分からないが、ようやく念願の肉に齧りつけるのだ。想像するだけで口の中が唾液で一杯になった。


「さて、祈りも捧げた。早速、焼いて食べるとしよう」


 事前に集めておいた枯れ木と葉に向かって、指先から小さな火の粉を放つとパチパチと勢い良く燃え始めた。腿肉の塊に尖った木の枝を突き刺し、肉の表面をじっくりと焼いていく。


『いいなぁ〜、私も焼いたお肉が食べたい。焼くだけで油が滴り落ちる肉なんてそうそうお目にかかれないもの! こんなの濃厚なタレに漬けて焼いたら絶品に決まってるわ!』

「タレ……? それが何なのかよく分からんが、すぐに大きくなって、食べられるようになるだろ」


 焼くのに夢中になって適当に返事をしたら、赤子はムーッと頬を膨らませ始めた。


『この姿って凄く不便なのよ? アンタには分からないだろうけど、動き辛いし喋れないし。お腹一杯になったら、すぐに眠たくなるし。本当に窮屈……』


 先程まで飲んでいたスライムをクッション代わりにして赤子は大きな欠伸をした。涙で潤んでルビーのような目に炎が映って見える。それを見て、ギルバートは思い出したかのように顔を上げた。


「そうだ、いつまでも赤子なんて呼び方は良くないな。生意気な小娘のお前にルビーは少し可愛すぎるから、お前の名前はシンシャにしよう。隕石と共にやってきたお前はこの世界にとって劇薬となるか、特効薬となるか……って、もう聞いてないか」


 スライムに寄りかかってスヤスヤと寝る姿は本物の赤子だった。ギルバートはようやく一息つき、大きな口を開けて焼けた肉に齧り付く。


「うまい……。うまい、うまい……」


 上質な脂が口の中に広がった瞬間、感動で涙が出た。この姿になってからツイてないと絶望しっぱなしだったが、生きててよかったと初めて思ったのだった。

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