第9話 ミノタウロス(雌)との戦闘①

「なんなんだ、この化け物はぁぁぁぁ!?」


 ギルバートは赤子を抱えながら、森の中を全力疾走していた。


 どうして逃げているのかというと、ミノタウロス(雌)が巨大な牛刀を振り回し、辺りに生えていた木々を伐採しながら追いかけてきているからだ。


 ほんの数時間前――。赤子を空腹で死なせない為には、貯水能力を持つスライムと魔物の乳が必要だと魔導書から提案があった。


 探し物の一つスライムはすぐに見つかった。魔王領に人が住んでいない為か、ここに住むスライム達は透明度が高く、よく目を凝らさないと見つけられないくらいに透き通っていた。


 残す問題は赤子に飲ませる乳を手に入れるだけ。

しかし、乳で子育てをしている生物でパッと思い付くのは、人間、牛、犬、猫等の哺乳類のみ。ここが人間の住む場所であれば、こんなに悩む事はなかっただろう。


 けれど、ここは魔王領〝ファントムメア〟だ。

危険な生物しか住んでいないこの地に、果たして本当に乳で育てているような魔物がいるのかどうか――。


「魔導書よ。ここに哺乳類系の魔物はいるのか?」


 ギルバートの質問に魔導書は『はい、生息しています』と返事があった。


『こちらが〝ファントムメア〟に生息する哺乳類系の魔物になります』


 魔導書から提示されたのは、多くの魔族を祓ってきたギルバートですら見た事のない魔物だった。


『先ずはこちらのエイ・リ・アン。別の生物に卵を産み付け、体内で成長した子供は最終的に宿主の身体を食い破って出てくる最恐の魔物。生き物の遺伝子を体内に取り込む事で劇的な進化を遂げる。哺乳類を積極的に摂取した個体だと、生殖能力が胎生に変化し、愛情を込めて子供を育てる姿が観測されました』


 魔導書に浮き出てきた絵には、黒くてテカテカと光る皮膚を持った謎の生物が描かれていた。頭が異様に長く、強酸性の血液が流れていると小さく文字が書かれている。生息場所は暗い洞窟の最新部と書かれていた。


 この魔物の説明文を見たギルバートは激怒した。


「こんなグロテスクな魔物から乳を搾る……だと? 冗談じゃない! 魔導書よ、哺乳類の乳はどうやって作られているのか知っているのか!?」

『簡単に申しますと、母親の血液です』

「なんだ、よく知ってるじゃないか――じゃないわっ!! もう少し安全な魔物を提案しろ!! こんな奴の乳を赤子に与えて、口の中が爛れたらどうするんだ!?」


 ギルバートの意見に赤子も震えながら激しく同意していた。


『では、次の魔物です。魔犬ヘルハウンド。三つの頭部を持ち、それぞれが意思を持って動く事ができる魔王領では比較的ポピュラーな魔物。近くに寄るだけで牙を剥き、数百メートル離れていたとしても、狙った獲物は逃さない。子育て中は気が立っている為、同じ種族の子供が近くに寄るだけで噛み殺してしまう事もある。獰猛で血の気溢れる魔物です』


 先程のグロテスクな魔物に比べると、三つの頭部を持った魔物はギルバートでも戦えそうな外見をしていた為、「これくらいの魔物ならいけるかもしれんな」と口にした。


「ちなみに大きさはどのくらいあるんだ?」

『聖マリアンヌ教会の正面玄関くらいです』

「却下だ。そんな化物と正面から戦うだなんて馬鹿げている」


 ギルバートはガックリと項垂れてしまった。聖マリアンヌ教会の扉は約七メートル。そんな巨大な魔物を相手にすれば、身体が不死身であっても魔力が保たない。


 もっと楽に倒せるような小型の魔物はいないのかと、ギルバートが魔導書に詰め寄ると、ミノタウロス(雌)を提案された。


「二本足で歩く牛か。武器がかなり大きいようだが……」

「あうあうっ!」


 赤子がいきなり魔導書に出てきた絵に向かって指を指したので、「なんだ、コイツが良いのか?」と聞くと、赤子は必死の形相で頷いていた。


「ふむ……。確かにコイツを仕留めれば私の食糧も賄えるし、一石二鳥というわけだな」

『ミノタウロスの肉は筋肉質で硬いと言われておりますが、雌のミノタウロスになると程良く脂肪が乗っているので、美味かと思われます』 


 魔導書によると、ミノタウロス(雌)は脂肪を身体にたくさん蓄えており、乳も美味だという。骨から尻尾まで余す事なく食べられるという事だったので、ミノタウロス(雌)にしたわけだが――。


「ゼェッ……ゼェッ……。くそっ、どうして……どうして、私ばかり! こんな目にっ……遭うのだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ミノタウロス(雌)が振り下ろした巨大な牛刀がギルバートの肩をかする。腕に抱えている赤子はこの状況を楽しんでいるのか、「キャア〜ッ!!」と笑顔になっていた。


「くっ……このままだと牛刀で身体を真っ二つにされてしまうかもしれん! 物理攻撃から身を守る魔法をかけておかないと、赤子が危ない!」


 ギルバートは走りながら呪文を唱え始めた。だが、それよりも早くミノタウロスが振りかぶった牛刀が地面に叩きつけられる。


「どわっ!?」


 立っていられないほどの揺れが襲い、ギルバートは赤子を抱えながら倒れ込んでしまった。ミノタウロスはフシュー、フシューと荒い息を吐きながら、一歩ずつ近付いてくる。


「クソッ、こんな所で転けるなんて……!」


 あぁ、今度こそもう終わりだ――そう思った時の事だった。


「ブゴォォォッ!?」


 突然、ミノタウロスから悲鳴があがった。ミノタウロスは仰向けで倒れ込み、持っていた牛刀は回転しながら少し離れた山辺に突き刺さるのが見える。


「な……一体、何が起こったんだ?」


 砂埃が舞っているせいで良く見えなかったが、肉が焼けたような香ばしい香りがした。敵の攻撃を警戒していると、脇に抱えている赤子から『やったわ!』と嬉しそうな声が聞こえてきた。


『なんだかできるような気がして、初めてメラゾーマを唱えてみたけど、上手くいって良かったわ! やっぱり、魔法はイメージなのよ! ドラゴンクエストシリーズをやり込んでて良かったー!』


 どうやら、赤子は何かしらの攻撃をミノタウロス(雌)に仕掛けたらしい。ギルバートは驚いて何も言えなくなってしまった。

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