犬牧師、自称龍騎士と知り合いになる。

第11話 災いの予感

 〝ファントムメア〟では、毎日どこかで魔物同士の縄張り争いが繰り広げられている。


 一番多いのはドラゴン同士の争い。火山付近では若いファイヤードラゴンが火を吹き、隙を見て相手の首に噛みつき、もつれ合いながら地上に落下していく――それがこの世界の日常。


「見て、先生! 今日もドラゴン達が喧嘩してる!」


 五歳になったシンシャは十メートル以上もある大きな岩の上で、興奮気味に飛び跳ねながらファイヤードラゴン達の喧嘩の様子を観察していた。


「どれどれ……お、本当だ。今日も激しくやりやってるな。頭の角が金色って事はどちらも若い雄か」


 ギルバートは水魔法を使って水鏡を作り、遠くで激しく引っ掻いたり、噛みつきあっているドラゴン達を眺める。


 こうしてドラゴン達を観察してわかった事だが、背中が先に地面に着いた方が負けらしく、負けた方は潔くテリトリーを去っていくのだ。


「あたた……。ずっと中腰の状態で作業すると腰が固まるし、結構キツイなぁ」


 土を耕していたギルバートが背筋を伸ばすと、彫りが深い顔をしたワームテールが土の中からひょっこりと顔を出しているのに気が付いた。


 小さなワームテールはギルバートと目が合った瞬間、そそくさと土の中へと逃げていく。気持ち悪い生き物が苦手なギルバートは、なんともいえない微妙な気持ちになった。


「相変わらず、気持ち悪い顔をした魔物だな……」

『子供のワームテールですね。別名、土の龍とも呼ばれている魔物です。この小さな魔物がいる土壌は栄養価の高い土である証拠でもあるそうです。彼等の糞にも栄養が詰まっているらしく、初心者用のギルドではワームテールやワームテールの糞を採取する依頼もあるそうですよ』


 魔導書から落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

最近は文字が浮き上がるだけでなく、感情を込めて言葉を発する事ができるようになったらしい。


 どういう仕組みで声を発しているのか分からないが、シンシャは寝る前に必ず魔導書と話していた。


 自分が住んでいた世界はこうだったとか、食べ物や通っていた学校の事を楽しそうに話していたので、恐らくそれが関係しているような気がした。


「しかし最近、ワームテールとよく遭遇するな。これは災厄が起こる前触れか?」


 〝ファントムメア〟に転送されてしまった頃は巨大な魔物を前にして逃げ回っていたが、慣れというものは怖いもので、自分よりも大きな魔物が出てきても冷静に対処できるようになった。


 毎日、自給自足のハードな生活をしているせいなのか、魔力量も人間の姿だった時に比べて増加したと感じていた。


「そういう謂れがこの世界にはあるの?」


 シンシャは大きな岩から飛び降り、軽やかに地面へ着地した。


 これは彼女が幼い頃の話だが、初めて走れるようになった時、喜びのあまり裸で大きな滝から身を投げた時は、ギルバートは全身から血の気がひいたのを今でも覚えている。


 結果、変な角度から落ちて腕を骨折をしてしまった。

泣き喚くシンシャを手当てしながら、ギルバートが神に祈りを捧げた結果、【再生】というエンチャントアビリティが付与された。


 このエンチャントアビリティの凄い所は、どんな怪我でも翌日には治ってしまうという優れ物で、ギルバート自身もこんな凄い加護を人に付与したのは初めてだと驚いたくらいだった。


「もしかして、大地震や大噴火が起こる前触れとか?」

「あぁ。魔物同士が争う事が多くなると、様々な自然災害に加え、魔物の軍勢が街に押し寄せたりと、歴史を辿ればいろんな事が起こっているんだ。特に顕著なのは、このキモい顔をしたワームテールが増加する事だな」


 ギルバートは持っていた氷製の鍬の先で土の表面を掘り起こすと、顔の彫りが深いワームテールが驚いた表情をして、急いで地中深くへ潜っていった。


「いつ見ても顔が特徴的よね、この世界のミミズって……」

「そっちの世界のワームテールはどういう形をしてるんだ?」

「ニョロッとしてる所は似てるけど顔はないわ。この世界のミミズって顔が特徴的すぎなんだもの。今にも『私が来た!』って、声を張り上げそう……」


 シンシャは足元で土が動いているのを見て、土の上から踵を押しつけていた。


「私……? うーん、元ネタがなんなのか分からないが、顔がなくてニョロニョロしている事だけは分かったぞ。さて、シンシャ。お前の出番がやってきたぞ」


 ギルバートは服のポケットから小さな袋を手に取った。

袋の中身を掌の上に出すと、楕円形の黒い植物の種が五つ程転がり出てきた。


「えー、今から種蒔きするの? オヤツの時間が過ぎちゃうじゃん!」


 プクッとと頬を膨らませるシンシャを見て、ギルバートは呆れたように小さく溜息を吐く。


「お前を召喚した際に燃えた木々がまだまだ残ってるんだ。魔王領に自生していたとはいえ、植物も生きている。無闇に命を刈り取ってしまったのであれば、我々が新たな命を植えなければ。ほら、唇を尖らせてないでさっさとやるぞ。今日のオヤツは花の蜜を吸わせたスライムだ」

「また花の蜜を吸わせたスライム!? 嫌よ、先生! たまには別の食べ物が食べたいわ!」


  我慢の限界を迎えたシンシャは五歳児らしく(?)寝転がって駄々を捏ね始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る