第15話
結局、チイとカホルは食後のお茶も堪能して、居間のテレビで対戦ゲームを遊んでと、ヤイバの家を満喫して帰っていった。
不思議な感じで、カホルの態度がいつにもまして余所余所しい。
まるで怖がってるような、緊張しているような雰囲気だった。
逆にチイは、いつも通り平静で冷静で、ともすれば淡白である。
「なんか、仲悪いのかな……カホルさん、不自然だったし」
カホルは誰にでも優しくて、明るく楽しいギャルだ。
そういう自分を演じて、その奥を決して見せようとはしない。
自分から進んでキャラを作って、それで自分を覆ってしまうのだ。
自然とバカ真面目過ぎてチタンの女になってるチイとは、真逆である。
妙だなとは思いつつ、母の帰りに合わせて夕食の準備をする。珍しく定時で帰るとLINEがあったので、日が暮れる頃には三人での夕餉となった。
そして、あっという間にその場は飲み会になったのだった。
「ぷはーっ! 美味いのう。こっちの世界でも酒は格別じゃ」
「でしょでしょー? 奮発してワイン買ってきて正解だったわ。あ、ヤイバ! ご飯おかわり!」
「……ミラや、お主は昔からなんかこぉ、酒と飯を同時に飲み食いする奴じゃったのう」
「それ言わないの! ……未成年飲酒してたこと、バレちゃうじゃない」
「あっちの世界は14歳をすぎれば一人前、大人じゃから誰も咎めんがのう」
「こっちの法律に触れちゃうの! でもま、いいよね、それくらいね。異世界だったし」
ヤイバの母ミラは、父ツルギと共に学生時代、異世界に召喚された。
そしてイクスと共に旅をして、魔王を打ち倒して帰ってきたのだった。
その魔王も、悪の権化かといえば今はなんともいえない。イクスからちらりと聞いたが、異世界での人間による環境破壊を憂いて、魔王は闇の軍団と共に挙兵したらしい。
手段を間違っていても、その目的まで駄目だったとは簡単には言えない。
それに、魔王を倒して亜人が絶滅し、あっちの人類は産業革命を迎えたのだ。
その末路はこっちの世界へか、それよりもっと悪い方向に傾いている。
『イスラエル情勢は相変わらずで、和平交渉が進む中で死者があとをたちません』
テレビのニュースは政治家の汚職と環境汚染を語って、あとは戦争、戦争、戦争である。ウクライナではまだまだロシアの侵略が進んでいるし、南アジアの海もきな臭い。
それを眺めつつ盃を傾け、ふとイクスが目を細めた。
その横顔は飾りたくなるほど美しいのに、疲れた老婆のようにも見えるのだった。
だが、すぐに彼女は笑顔を取り戻す。
『さて、次は経済です。円安が止まらず、ついに1ドル175円を一時的に突破しまし――』
「なんじゃ、やっぱりこっちの世界は国ごとに通貨が違うのかや?」
「錬金術で本当に金を作っちゃう異世界とは違いますからね」
イクスはなんでも、美味い美味いと食べてくれる。
今も、ワインの二本目を開けて塩辛に舌鼓を打っていた。瓶詰めのものを買って器に盛り付けただけで、他には簡単にカプレーゼや生ハム、数種類のチーズと切り干し大根、きんぴらごぼうなんかを並べてみた。
ミラも少しだけテレビのボリュームを下げると、手酌で日本酒を飲み続ける。
「そっかー、20年で……そっちの200年で、異世界ってば近代化しちゃったんだ」
「そうじゃぞ、ミラ」
「魔法はじゃあ、やっぱり廃れちゃったんだ?」
「というか、ワシたちが消し去った。あらゆる魔導書を焼却し、魔法のアイテムはワシが預かって管理しておる。例えばそうじゃな、ほれ」
そっと差し出したイクスの手が光り出す。
彼女は魔法の宝物庫を持っており、全ての財産をその中に管理しているのだ。
そして、小さな光の輪からなにかが出てくる。
それをイクスが両手で広げたので、ヤイバはぽつりと呟いた。
「……下着? いや、水着かな」
「こういうのもあるぞよ!」
「ビキニ、ですね」
「あと、これ」
「ハイレグのビキニだ……」
「こっちはミラが最終決戦で使ったやつじゃな」
「ハイレグのマイクロビキニ……え、えっと、母さん?」
思わず隣で、ミラが酒を吹き出した。
少女時代の黒歴史、それはどうやら防具、鎧らしい。
ヤイバだってゲームやアニメ、漫画でファンタジー世界に触れたことがある。戦士なのにやたら軽装というか、露出度のたかい女性キャラは定番だった。
「ちょ、なによイクス! なんで取っておいてあるの!」
「いやなに、魔法を後の世に残さぬためにな」
「燃やすなりなんなりすればいいでしょ!」
「お主、忘れておるのかや? お主のためにワシらで、魔法の加護がある鎧を作ったじゃろ。生半可な炎では焦げ一つつかんよ」
「……そうだった。おまけに着てても暖かいし、耐精神防御とかテンコモリのやつだった」
ヤイバがあっけにとられている中、ミラは酔いとは別の朱に赤面する。
だが、イクスは他にも色々出して見せて、その一つをヤイバに渡してきた。
「見よ、裏側の生地に魔法の紋様があろう?」
「あ、本当だ。えっと、これは」
「防寒のためのと、見た目以上の防御力の付与、魔法への抵抗力などを盛りに盛ってるのじゃ」
「だったら、もっと普通の鎧に魔法をかけたほうが」
「あー、駄目じゃ駄目じゃ。騎士が着るゴツい全身鎧はの、戦争がある時くらいしか使わん。見た目に反して結構動けるんじゃが、もっと動ける革鎧やこうした軽装が主流ぞ」
なるほど、一理ある。
魔法であとから防御力を上げられるなら、動きやすい装備がいいのだろう。
それにしても、少女時代の母のものは極端だが、それにも理由があった。
「ミラの鎧はどれも、希少鉱物や高価な繊維を使っておるからの。自然と部位が小さくなるんじゃ。強いモンスターの素材で作った革鎧なんかもあるが、これは」
「そーです! 私がオーダーした、私の鎧ですー! グスン……なんで保管してるのよ」
「こんなオーパーツを人類だけの世界には残しておけんからな」
「だーってさー、ツルギ君が喜んでくれると思って……」
「むしろ逆に心配しておったぞよ? 気付かんのか、惚れておったのに」
「恋は盲目って言うでしょ……ツルギ君を誘惑しつつ、モチベ上げたり?」
「恥ずかしがっておったよ、あと普通に風邪ひかないかって」
「ぐあー、今になって超恥ずかしくなってきたー! うわーん!」
普段から快活で闊達な母だが、今日はまた一段と賑やかだ。
で、半分紐みたいな最終決戦用の鎧がヤイバの手にある。
華美な装飾には宝石が散りばめられ、肩当てや腰回りにはちゃんと金属の防具部分が頼もしい。けど、基本的にはハイレグのマイクロビキニだった。
そして、何個かの紋様が内側に刻まれている。
「魔法の紋様……ああ、じゃあイクスさんの全身のアレって」
「さといのう、少年。そうじゃ、魔法は紋様化することで効果を付与したり、保存したりできるのじゃ。じゃから、世界中の魔導書のあらゆる呪文が、紋様となってワシの肌に穿たれておる」
もう、異世界には魔法がない。
あらゆる書が燃やされ、紋様一つ残されていない。
龍殺しの聖剣も、地獄の業火をも防ぐ盾も、英雄たちの鎧やマント、ローブや杖なんかもそうだ。全てイクスが回収し、魔法自体は紋様化して全身に纏っている。
そして、そのイクスが最後に異世界から出ていけば、魔法の消去は完璧だった。
完璧な筈だったのだ。
「……魔法に頼らず文明を近代化させてゆく、人類とは本当に凄いものじゃ。そんな発展の時代に、安易な魔法の助けは害となる。しかしのう」
「それで、環境破壊が止まらないって話でしたよね」
「うむ。じゃから、キルライン伯爵のような人間も出てこよう。気持ちはわかるが、魔法は渡せぬ。盗られた魔法も回収せねばならんし、第二の魔王を誕生させてはいかんのじゃ」
真剣な表情に美貌を引き締めて、グイとイクスはワインを飲み干す。
そして、次の瞬間にはゆるりとだらしない笑顔で舌鼓を打った。
「それにしても、美味い! やはり酒は友と飲むに限るのう。一人じゃと酔えんし」
「そういうもんなんですか?」
「んむ、そういうもんじゃよ少年。……で、だ。まずは早速大魔法を盗られてしまったんじゃが。あれは、呪文一つで都市を丸ごと蒸発させるレベルの雷魔法でのう」
そう、例のキルライン伯爵なる人物はイクスから魔法を一つ回収した。
幼いダークエルフの少女、ブランシュを利用するという卑劣な手段で。
もっとも、ブランシュもダークエルフ、その実際の年令はわからない。見た目はつるぺたな十歳児にも見えるが、数百歳という年齢でもおかしくない。
それはイクスも変わらないのだが、自称三千歳のハイエルフ様は、見た目とは反比例してあちこち局所的に女が過ぎる。豊満という言葉に収まらないアンバランスさがあった。
そんな彼女の服選びは難航したが、今日はチイとカホルに助けられたのだった。
「あの、相手が身に受けた魔法を奪うなら……こっちも同じこと、できませんか?」
「ふむ、少年。まあ、普通はそう思うじゃろうなあ。実はワシ、あの手の呪いは何度も見たことがあるし、ワシも同じ呪いを帯びることで盗み返すことは可能じゃ。ただ」
真面目な顔で腕組みウンウン頷いて、少しイクスの語気が重くなる。
「まず第一に、魔法と違って呪いには犠牲、生贄が必要じゃ。そうまでしてワシが呪いを背負ってもいかん。それに」
「それに?」
「もうワシは最大級の呪いを身に帯びておる。呪いは基本的に、今ある呪いより軽い呪いを弾くからのう」
「え、イクスさんって呪われてるの?」
「そうじゃよ。ワシの師が自分を犠牲にしてワシに呪いをかけたのじゃ。……それをワシは願いと思うておる。それは、紋様化した魔法を全身に刻むことで一括管理する呪い。ワシ自身が魔導書、魔法の巻物になる呪いじゃよ」
魔王が倒され、英雄たちは元の世界に帰った。
その時から、エルフたちは人類に世界を委ねて消える覚悟があったのだ。ただ、消えるなら魔法も一緒だ。その使命を背負わされて尚、イクスは呪いを願いだと言える強さがある。率先して引き受け、自分以外の誰にも使命を譲らなかった姿が容易に想像できた。
その時、母の部屋から電子音が響く。
「あっ、ヤバ! 仕事の音! えー、なんだろ。リモートで緊急会議って感じかなあ」
ピシャリ! と頬を叩いて、立ち上がったミラが酒気を追い払う。
それでも酔いには抗えず、よたよたと自室に千鳥足で去っていった。
その背を見送るヤイバは、考える。かつて召喚されて共に戦った両親のように、自分もイクスのためになにかできないか、と。
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