第14話

 結局午後は、改めて買い物に出ることになった。

 それというのも、イクスがすぐに素っ裸になってしまうからだ。今回はチイとカホルもいるので、より本格的に生活必需品が買えそうである。

 女の子同士、服選びもヤイバは楽ができる。

 最初は本当にそう思っていた。

 願っていたのである。


「こっちの世界ではこういうのが流行っておるのかのう。少年、どうじゃ? 似合うかや?」

「えー、あー、うん。嫌になるくらい似合ってますよ、イクスさん」

「そうかや、そうかや! うんうん、ならばいいのじゃ」


 商店街、道行く誰もがイクスに振り返る。

 そこにはゴスロリエルフのロリババアが杖を突いて歩いていた。

 この、フリルとレースがフル装備の服を選んだのはチイである。まさかヤイバも、彼女にこんな隠された趣味があるとは思わなかった。チイの行きつけのショップで、まず最初に買った服がこれである。

 ちょっとなんだか、ヤイバは不安になってきた。

 だが、先を並んで歩くチイとカホルは、嫌に乗り気である。


「いいんちょ、さあ。こういう趣味あるわけ? ……ちょっと、かわいいじゃん」

「私は好きなのですが、自分で着ても似合わないのはわかってますので」

「そ、そんなことないし! あーし、わかるよ……着てほしいもん」

「い、いえっ! 似合わないので! ……私には、あの手の服は、本当に。それにしても、イクスさん、かわいい。あ、次はどちらに」

「あーしの行きつけのショップ! えっと、こっち!」

「では行きましょう。ヤイバ君、イクスさんも」


 やけにカホルが張り切っている。

 なんだか、ヤイバにはこうした同世代との時間が酷く新鮮で懐かしい。

 学校に行かなくなって随分たつが、こんな空気は久しぶりである。

 それに、不思議とカホルにいつもの距離感がない。

 誰とも仲良く一定の距離を保って、接近を許さぬ野良猫のような少女。それが今は、チイに随分と心をひらいているようだった。

 チイはチイで、相手によって態度を変えるような人間ではない。

 そのことはヤイバは昔から知っていたし、二人がとても仲睦まじく見える。

 そんな目で見ていたからだろうか、イクスもムフフと嗤って刃を小突く。


「華やかでいいのう。やはり若い娘たちは賑やかでいい。少年、どっちが好みじゃ? 年頃ともなれば、恋をせねば損じゃからのう」

「あ、いえ……そういうふうに考えたことなかったので」

「恋して愛を得よ。三千年生きてるワシが言うんじゃから、これはもう名言、心理なのじゃよ」


 ふふん、と得意げにイクスが胸を張る。

 たわわな二房の実りが揺れて、幼い見た目のアンバランスさに妙な自信が満ちていた。

 恋……恋愛、それはヤイバには縁遠い概念だ。

 なにせ、ここ半年ほどずっと母親としか会っていないのだ。

 そして勿論、母のミラはそういう対象ではない。

 ただ、親としての愛情をたっぷり注がれ、ヤイバ自身も母を敬愛していた。

 そんなことを考えていると、歩きながらイクスは言葉を続ける。


「人間には発情期がないのじゃ。それはエルフも同じなのじゃが……決定的な違いがある」

「イクスさん、あの、ちょっと……直接的すぎませんか」

「まあ聞け、少年。魔王討伐より200年、人類は復興の中で爆発的に増えた。子をなし土地を広げて、あっという間に元の暮らしを取り戻したのじゃ。……それは、人間にしかできん」

「エルフは、あとドワーフやホビットとかは」

「滅びた。もともと亜人は少数民族な上に、発情期がないからじゃなあ」


 イクスによれば、厳密にはこうだ。

 人類には発情期がない。

 逆説的に、いつでも交配と出産が可能なのだ。

 エルフは違う、本当に発情期がない。

 長寿故に、種の存続という概念が本能的に希薄なのだとか。


「ワシも以前、人を愛したことがある」

「えっ、それって」

「あ、や、ちがうぞよ! ツルギではない、決してツルギではないのじゃ! ……ツルギにはミラがいるからのう。エルフ、それもハイエルフともなれば、倫理観は眼鏡なのじゃ」

「はあ」

「……人間の命は短い。子をなし家族の憩いを得ても、それはワシには一瞬で過ぎ去る夢のようなものじゃったよ」

「お子さんは、じゃあ、ええと、ハーフエルフ?」

「ハーフエルフの寿命は人間とほぼ同じじゃ。夫を看取り、子も皆先に旅立ってゆく」


 知らなかった。

 というか、意外だった。

 イクスも以前は家族がいて、お母さんだったのだ。

 だが、エルフ同士でなければ互いが共有する時間の密度が全く違う。

 因みにイクスは、エルフたちの中ではあまり魅力的な女性じゃなかったらしい。


「少年、いつか恋して愛を得よ。眼の前にほれ、とても魅力的なおなごがいるじゃろ?」

「いや、チイは……カホルさんもちょっと、そういうんじゃないかなと」

「なんじゃ、人間はいつもそうじゃの。好かれておるのに鈍いのじゃ」

「僕が好かれてる? はは、まさか。……僕はそういうのに値しない陰キャですよ」

「いんきゃ……なんじゃそれ、部族かなにかの俗称かや?」

「ま、おいおい話しますよ。あ、二人があの店に入るみたいです。行きましょうよ」

「ん、まあ待て。杖があるから歩きやすいが、そう年寄りを急かすでないぞよ」


 前をゆく二人に遅れて、ヤイバはイクスを伴いブティックに入る。

 流行りのアパレルショップらしく賑わっているが、入店と同時にチイとカホルが迫ってきた。二人共、手にかわいらしい服のハンガーを握っている。


「エルフさん、これ着て! これ! あーしのオススメコーデ!」

「いえ、もっと清楚で可憐なこちらを……あ、わ、私の趣味というか、その」


 ギャルギャルしい服、ゴスゴスでロリロリな服。

 あっという間に二人によって、イクスは試着室に拉致られていった。

 それを見送り、ふう、とヤイバは一息つく。

 周囲は女性客ばかりで、ちょっとだけ居心地が悪い。

 それに、こんな人混みの中に出たのは久しぶりだった。


「恋かあ。そういうのはなあ……ちょっと分不相応な気がするな」


 店の隅っこで大人しく気配を消して、静かにひとりごちる。

 ヤイバにそういった甘やかな体験は、なかった。生まれて16年、一度もなかった。ずっと一緒だった幼馴染のチイとも、そういう雰囲気になったことは一度もない。

 無理もない、昔は一緒にお風呂にも入っていたし、家族も同然の付き合いだったから。

 だが、恋に恋して恋い焦がれる気持ちはわかる。

 年頃の少年をやってる自覚はそれなりにあるのだ。

 そんな彼の前に突然、三千歳のハイエルフが現れたのだった。


「少年、どうじゃ! 似合うかや? ……もう少し気楽な服が欲しいんじゃが」


 客の視線を全て集めて、イクスがゆっくり歩いてきた。

 どうやらまずは、チイの選んだ衣装を試着したらしい。

 そう、衣装だ。

 まるで今のイクスは、絵本から飛び出した不思議の国のアリス。空色と白のエプロンドレスを着て、頭に大きな赤いリボンを乗せている。本人は苦笑しつつも得意げで、ヤイバの目にも酷く似合って見えた。

 生まれながらの美貌が、全ての虚構の登場人物に見せてくる。

 なにを着ても、イクスには特別なステージ衣装になってしまうのだった。


「似合いますよ、イクスさん」

「ふむ! じゃが、こぉ、もうちっと……楽に着られるのがいいのう。あと、胸がきつい」

「あとでユニクロにも行きましょうか。ジャージとかあると便利ですし」

「ゆにくろ……そういう店もあるのかや? 代金は足りるじゃろうか」

「あ、母から預かってるので遠慮はいらないですよ」


 そうこうしていると、今度はカホルが服を持ってくる。


「エルフさん、次これ! 絶対これだって! あ、あと」


 彼女は、熱心にイクスをスマホのカメラで撮影しているチイに振り返る。

 いつになくそわそわと、落ち着かない様子だ。

 そして、何故かチイは鼻息も荒く撮影に夢中である。


「あ、あのさ……いいんちょ」

「はい? ああ、そうですね。カホルさんもこちらに。イクスさんも。三人で自撮りしましょう。店長さんの許可は得てますので。……そ、その、ヤイバ君も」

「そうじゃなくて! あの……いいんちょにも、着て、ほしい、服……あるんだけど」

「は? え、いや、こういうお店の服は私は」

「ちょっち来て! そして着て! あ、あのね、あーし……いいんちょ、美人だと思う」


 かすかに頬を赤らめ、カホルがチイの手を引く。

 チイは意味不明な疑問符を頭に浮かべながら、硬直していた。


「いえ、私には似合いません! あの、こういうのはやはりイクスさんが」

「あーしが選ぶから! いいんちょには、いいんちょに似合うコーデがあるっしょ。ちょ、ちょっと着てみてよ……写真、ほしいし」

「え、あ、ちょっと! カホルさん!」

「はいはい、こっちこっち! ヤイバっち、エルフさんも! ちょい待ちヨロッ!」


 ちょっと強引に、カホルがチイを引っ張り奥へ消えてゆく。

 それを見送り、何故か満足げにイクスはうんうんと頷いていた。


「青春じゃのう……ワシにもああいう時代があった。友が、同胞がいて、なによりツルギとミラがいた。懐かしいわい」

「イクスさん……」

「こっちの世界にも、人の暮らしが、営みがある。決してキルラインとやらの好きにさせてはいかん。二つの世界の調和が乱れれば、必ず何かしらの災厄が訪れようぞ」

「……なんとかしないと、ですね」


 今、見えない脅威が確かに暗躍している。

 午前中に遭遇した、異世界からの来訪者……キルライン伯爵。彼はダークエルフのブランシェを利用し、イクスの持つ魔法の全てを手に入れようとしているのだ。

 それは、第二の魔王が二つの世界をまたいで誕生するという悪夢である。

 それはそれとして、ギャルギャルコーデでカチコチになってるチイが現れて……無言でヤイバはスマートフォンを取り出すと、写真をとりあえずとっておくのだった。

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