第27話 振り抜いて!


 レオナルトが姿を現すと、ファブリスはせせら笑った。


「ああ。探したぞ、ローレンス」


 彼が掌を上げると傍に魔人兵が現れ、剣を構えた。


「ファブリス・ラサル」


 レオナルトは瞳に燃えるような怒りを宿して、ファブリスと対峙する。


「俺の友人を弄び、踏みつぶした……あんたのことは許さない」

「ふ……ははは! かっこいいなあ! まるで勇者様じゃないか! 聖剣も満足に起動できない、出来損ないの分際で!」


 ファブリスはじっくりとなぶる視線でレオナルトを眺める。そして、嘲笑った。


「生徒は皆、言葉を話す猿のようなものだ。それを人間へと育ててやるのが我々教師の役目なのだ。わかるか? その猿に反抗されたら、どれだけ腸が煮えくり返ることか」


 笑ってはいるが、そこにこめられた感情は愉悦ではない。格下と思いこんでいる相手に歯向かわれた、屈辱だ。

 その感情をすべてを解き放つように、ファブリスは吼える。


「猿は猿らしく、従順に教師の言うことに従いなさい!」


 魔人兵が飛びかかってくる。レオナルトはその光景をじっと見据えた。

 先ほどリーベに言われた言葉を思い返す。


 ――その聖剣には問題がある。とり付けられた星光石が合っていないんだ。だけど、今は付け替えている暇もないから、応急策でいくよ。


 魔人兵が迫る。白刃が闇夜を斬り裂いて、肉薄してくる。焦るな、とレオナルトは自分に言い聞かせる。

 まだだ! リーベの言葉を1つずつ辿ることで、焦燥を抑えていく。


 ――少し手を貸して。


 そう言って、リーベはレオナルトの手をとった。包みこむように握る。

 その瞬間、淡い光が零れ落ちたように見えた。その光はすぐに消えてしまう。目の錯覚を疑うほど、一瞬の出来事だった。

 何をしたのか、と尋ねると、リーベは優しくほほ笑んだ。


 ――おまじない。君の思いに、聖剣が応えてくれますように。

 ――後は、いい? 相手が飛びかかって来たそのタイミングに合わせて、思い切り、


 魔人兵が弦を引き絞るように腕をしならせる。その刃が星屑の光を反射して、きらめいた。

 瞬間、レオナルトは構えた。

 手の中に剣が形作られていく。




 ――振り抜いて!




 頭の中でリーベは告げたのと同時に。

 レオナルトは一太刀で闇を裂いた。


 光が波及、三日月形に疾駆。

 その軌跡は、彼方に浮かぶ星影を斬り裂くかのごとく、魔人兵の胴体に食らいついた。

 魔人兵が真っ二つに分断され、レオナルトの背後へと吹き飛んでいく。

 同時に聖剣が限界を迎えた。光の粒子となって、宵闇に溶けていく。

 ファブリスは愕然とする。


「な、何……貴様……!?」


 レオナルトは男に向かって、一歩、踏みしめた。

 ファブリスはハッとして、後ずさる。魔人兵を失った今、不利な立場になったことを痛感したらしい。

 ファブリスは唇を歪め、背を向ける。そして、闇の中へと駆け出した。


「おい、待て……!」


 レオナルトは後を追おうとする。

 が、そこで脚から力が抜けていく。意識がぼやけて、視界がかすむ。

 崩れ落ちそうになったところを、


「がんばったね。お疲れ様」


 生徒をねぎらうように優しく。

 1人の教師が抱きとめるのだった。



 ◇



 少し無理をさせすぎたか、とリーベは思う。

 レオナルトの体からは力が抜けていく。大量のマナを消費し、衰弱していた。

 その体をリーベは抱えて、


「マナ欠乏症……重症だ。君、よっぽどファブリスのことが許せなかったんだね。最後まで聖剣を離さなかったから、たっぷりマナを吸われてる。すぐに治療を……」

「いい。それよりも……」

「話さないで。危険な状態だよ。だから……」

「俺のことなんてどうでもいい! 話を聞いてくれ!」


 本来ならすぐにでも、意識を手放してもおかしくない状態なのに。

 レオナルトは必死な様子で口を開く。

 リーベは彼の手を握りしめた。ぽうっ、と淡い光が宿る。手から注ぎこんで、自身のマナを譲り渡す。この方法では譲渡できる量がわずかばかりなので、気休め程度にしかならないが。

 レオナルトは苦しそうに告げる。


「ラサルがカメラを持っている。それを燃やしてくれ……。残しちゃいけないものが、その中に入ってる……頼むよ……」


 リーベは頷いた。

 誓いを立てるように、その手を強く握る。


「任せて。君たちが守りたかったものを、これ以上、傷つけさせない」


 リーベの言葉にレオナルトは安心したようにほほ笑む。そして、意識を手放した。

 ぐったりとした体。腕の中で生命力が徐々に失われていくことがわかる。

 その様はどうしたって――。

 テオドールの最期を思い出さずにはいられなかった。

 リーベは目元を歪める。碧眼に涙をにじませ、その体を抱きしめた。


「レオ……レオ……、君を死なせたりはしない。僕の目の前で、勇者を二度も失うなんて嫌だよ」


 冷たくなっていく頬を撫でる。

 リーベは自身の横髪を耳にかけ、彼に顔を近付けた。


「だから……今度は、生きて」


 願いと共に、リーベは若き勇者に唇を重ねた。

 口づてに自身のマナをレオナルトへと移していく。




 マナが希薄となった浮島で、リーベが古代魔術を扱える理由。それは自分の体内でマナを生成できるためだった。

 史実の教科書には、リュディヴェーヌ・ルースについて、こう書かれている。


『彼は、生まれつきのマナ生成体質である――』


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