第4章 英雄はパンツを握りしめた

第17話 これは何ですか?パンツです!!

 リーベはレオナルトの調査を再開することにした。幻術で身を隠して、彼の後をつけることにした。

 そうしていると、その現場に出くわした。昼休みのことだ。レオナルトとエリアスが向かい合っている。


「おい。例のもの、いい加減持ってこい。放課後な」

「は、はい……わかりました」


 エリアスが壁際に追いつめられている。泣きそうになりながら、こくこくと頷いていた。


(またカツアゲしてる!)


 2人の間に介入しようとして、リーベは思い直す。この瞬間を咎めたところで意味はない。また自分の見ていないところで、エリアスが脅されるだけだ。それだったらカツアゲの瞬間、言い逃れができない状況を取り締まる方がいいだろう。

 教師という職に情熱を注げないでいるリーベではあるが、目の前で行われる「弱い者いじめ」を見逃せるほど薄情でもなかった。


 というわけで、放課後。

 今度はエリアスの護衛に努めることにした。


 エリアスは中庭へと向かう。その手には紙袋が握られていた。レオナルトはすでに待ち構えていた。鷹のような鋭い視線でエリアスを射抜く。

 気の弱い者であればその眼光だけで、泣き出してしまうかもしれない。エリアスはびくりと震えてから、「ふへ……」とおもねるように笑った。

 そして、おどおどと袋を差し出す。


「あの、これ……」

「寄こせ」

「えっと……これで、全部です」


 レオナルトがその袋を受けとろうとした寸前で。

 リーベは死角から近付く。幻術を解除し、2人の間に割って入った。


「これは僕が預かります」

「なっ、いつの間に?」


 レオナルトは訝しげに眉をひそめ、エリアスはなぜか頬を紅潮させる。リーベのことをじっと見つめていた。

 リーベは顔を引き締めて、レオナルトと向かい合った。


「またエリアスくんからお金を巻き上げようとするなんて。今度は言い逃れできないよ?」


 袋を開けてみれば。

 そこに入っているのは現金ではなかった。

 視界に飛びこんできたのは、男物の下着だ。


「え?」


 リーベは唖然とした。


「ぱ、ぱんっ……ぱ、っつ……!?」


 衝撃のあまり、声帯が「ぱ」と「ん」と「つ」しか発しなくなった。

 これはカモフラージュで、袋の底に現金が隠してあるのか!?

 手をつっこんでパンツをつかむ。

 その下には誰かの私物らしい物が入っていた。ペンやノート、上着。


(あれ? 名前が書いてある……)


 リーベがそのことに気付いた、その時。


「バルテ先生?」

「ひ、ひぃい、ヴぇ、ヴェルネ先生!?」


 リーベはびくりと背中を震わせた。別に後ろめたいことはないはずなのに、咄嗟に袋を背中に隠してしまった。

 そして、リーベは気付いた。


 自分の手が――パンツを握りしめたままであったことを!


 リーベは「ぴゃあああ!?」と蒼白になってから、背中に隠した。怪しさしかない行動だった。

 ヴェルネの目は、一連の流れをいっさい見逃さなかった。

 何も言わずに、メガネをくいっと持ち上げている。

 怖い。無言の沈黙が怖い!

 リーベが冷や汗を流していると、ヴェルネは静かに言った。


「それは、生徒の下着ですね」

「は、はい……」

「ところで、話は変わりますが。以前から生徒の私物が紛失するという件が続いていて、職員の間では盗難事件ではないかという声も上がっていまして」

「……うう、はい……」


 ヴェルネの眼差しが段々と冷めたものに変わっていく。「ゴミムシ」を見る目で、リーベを見ていた。

 一呼吸の間。

 ヴェルネは鬼のような形相でリーベに詰め寄るのだった。


「あなた、これはいったいどういうことですか―――!?」

「ひ、ひぇぇえ、……っ」


 リーベはあわあわと視線を漂わせる。

 エリアスは「ふへ……」となぜか笑っている。

 レオナルトが呆れた顔で、目を細めているのが印象的だった。





 そして、数分後。


「ひ、ひどい目にあった……」


 散々ヴェルネに叱られたリーベは、魂が抜けそうになっていた。

 叱責の途中でリーベを助けてくれたのが、意外なことにレオナルトだった。「風で飛ばされた下着をそいつが拾って届けただけで、盗難事件とは関係ない」と口出したのだ。


 ヴェルネもレオナルトのことは苦手なようで、それ以上は追及してくることがなかった。「紛らわしい真似をしないように。……あと、いい加減パンツから手を離しなさい!」と言い置いて、立ち去る。


 レオナルトとエリアス、リーベの3人がその場に残っていた。

 リーベはへろへろになりながら、どういうことか状況を整理しようとしていた。


「あの、エリアスくん」

「なあに……?」

「その下着って、どうしたのかな?」

「庭で干されていたのを借りたんだよ……」

「持ち主に断って?」

「ううん」

「それは『借りた』って言わないよね!?」


 つまり、エリアスは泥棒で。それもパンツまで盗むような下着泥棒で。


(この私物……全部にクリフォードくんの名前が書かれている)


 エリアスが盗んでいたのは、クリフォードの持ち物だった。

 ということは、レオナルトはエリアスから友人の持ち物をとり戻そうとしていただけ?

 そこでリーベは思い出す。以前、エリアスと交わした会話を。


『怒られたことは何度か……。怖いんだ、あの人……』


 あの時、エリアスはこう言っていた。

『脅されている』なんて一言も言っていない。「レオナルトに金を巻き上げられているのでは」というのは、すべてリーベの勘違いだったのだ。

 レオナルトはすさまじい剣幕でエリアスに詰め寄っている。


「お前、もうクリフのパンツ盗むなよ。次やったら殺す」

「ごめんなさい……。どうしても我慢できなくて……ふ、ふへ……」


 反省しているのか、していないのか。いまいちな反応でエリアスは笑みを漏らしていた。

 そこでリーベはあることに気付いて、


「どうして盗んだの? 盗んで、どうするつもりだった?」

「匂いを、かぐんだ……ふへ……」


 もう何て言ったらいいのかわからないリーベ。レオナルトは顔をしかめて、「気持ち悪ぃ……」と零している。

 微妙な空気が流れる。

 リーベは我に返った。

 とりあえず、ここは教師として、びしっと決めなくては!


「人の物を……人のパンツを盗んではいけません!」

「わかったよ……もうやらないよ……。人の物、盗んだりしない。代わりを、見つけたから……」


 ふへ……と、にやけているエリアス。

 リーベはレオナルトと向き直った。


「えーっと、誤解してたのはごめん」


 レオナルトは何も言わずに視線を逸らす。リーベは『気まずい』と思いつつも、これだけは言っておかなくては、と続ける。


「それで、エリアスくんにも非はあったみたいだけど。それでも、人のお腹は蹴っちゃダメだよ」


 ちょんちょん、とリーベの裾が引っ張られる。エリアスがこちらを見上げていた。


「……本気じゃなかったと思う……」

「え?」

「ふ、ふへ……。先輩が本気で蹴ってきたら、僕、無事じゃいられないよ……」

「いや、でも! 君、あの時、吐いてたよね!?」

「ああ、僕、吐きぐせがあるんだぁ……」


 ふへ、とにやけるエリアス。

 リーベは戸惑ったものの、振り上げた拳は今さら下ろせないのだ! という理論で、


「でも、蹴るのはやめよ?」


 レオナルトは何も答えない。

 クリフォードの私物が入った袋を抱えて、背中を向ける。


(あー……やっぱり今日も無視かなあ)


 リーベは諦めの境地でそう思ったのだが。

 その瞬間、レオナルトはぶっきらぼうに答えた。


「……そいつが何も盗まないなら、蹴らねえよ」


 リーベは目をぱちぱちとして、レオナルトを見つめる。

 その時、自分の胸に湧き上がった感情が何か、リーベにはわからない。

 焦燥感とか、このままでいいのだろうかという気持ちだった。それに呑まれて、リーベはレオナルトに手を伸ばす。


「待って! 話したいことがあるんだ。君の持つ、聖剣のことで」


 腕をつかまれて、レオナルトは嫌そうに振り返る。


「何だよ」


 リーベは他の人には聞こえないように、レオナルトに身を寄せ、耳元で告げる。


「君、聖剣を起動しようとするたびに、気持ち悪くなったりしない?」

「…………っ!? 何で知って……!」


 レオナルトは愕然とする。

 思わずといった調子で口走ってから、ハッとして、口元を押さえた。


(ああ。やっぱりそうなんだ……)


 リーベは「レオナルトがなぜ聖剣を起動できないのか」の理由を悟った。

 そして――リーベであれば、その原因を解決することができる。


「君が、聖剣を使うところを見せてほしい」


 レオナルトは探るような目付きでリーベを見ている。

 沈黙が流れる。

 やがて、レオナルトは視線を逸らした。


「……考える」

「え……?」

「答えは明日でいいか」


(あ、あれ?)


 てっきり断られるものと思っていたので、リーベは唖然とした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る