第16話 何かがおかしい(英雄顔)


 リーベは自室でコーヒーを淹れながら、悩んでいた。


(このままでいいのかな)


 アルバートはレオナルトのことを「良い奴」だという。そして、彼に関する悪評の1つ。『ケンカばかりしていた』という噂の、真実を教えてくれた。

 リーベはカミーユの遺書を見つけてしまった。その内容は、彼の自殺にレオナルトが関わっているとされるものだった。

 それも信じていいのだろうか。


『――言えない』


 カミーユのことを聞いた時、アルバートは切なそうな顔をした。あの表情は何なのだろう。

 もし、レオナルトにまつわる噂に、すべて裏があるのだとすれば……。


(あの子たちは、何かを隠している)


 リーベは空中でペンを走らせ、わかったことを書き出してみる。


--------------------


☆モルガン・アーチボルト

元魔導学の教師。夏休みに突然、辞表を郵送で提出。それ以降、誰も姿を見ていないらしい。彼が離職したのは、レオナルト、グレン、クリフォード、アルバートの4人が何かをしたのではないか、という噂がある。


☆カミーユ・フィレール

6年生の普通科生徒。夏休みに飛空艇より飛び降り自殺した。夏休み前に、レオナルトが彼を脅していたという目撃情報がある。彼の遺書には、「レオナルトとグレンのせいで命を絶つ」と書かれていた。


--------------------


(うーん……)


 リーベは普段の情けない表情を引き締めた。途端に理知的な雰囲気をまとう。

 神秘の魔術師――リュディヴェーヌ・ルース。その称号に相応しい面持ちを、彼はその間、浮かべていた。


 それまで、リーベは今回の任務を無気力にこなしていた。

 というより、この24年間ずっと、リーベは惰性で生きていた。何にも興味を持てず、何かを楽しいと思う気持ちも忘れて。ただ起きて、寝てをくり返すだけの生活を送っていた。


 だから、政府から命じられる任務も疑問を抱かずこなしてきた。

 レオナルトを殺せというのなら、殺す。そのつもりだったのだけど。


(いまいち、釈然としない)


 リーベは空中に浮かんだまま、あおむけに倒れこんだ。

 もう少しだけ調べてみよう、と思い直していた。


 アルバートとの帰り道を思い出す。彼は憧憬の眼差しでリーベを見つめていた。

 その視線を思い出すと、むずがゆいような気持ちになって――本当にこのままでいいのだろうか、という焦燥感にかりたてられるのだった。




 ◇



「レオ」


 廊下で友人に呼び止められて、レオナルトは振り返った。

 声をかけてきたのは猫似の少年、クリフォードだ。彼はにこやかな表情でやって来る。窓枠に腕を預けて、中庭を眺めた。レオナルトは壁に背中を預け、2人は正反対の方向を向く姿勢となった。


「グレンが気にしてるよ。あの新任教師のこと。あの先生の部屋って、アーチボルトの部屋をそのまま使ってるんだってさ」

「それで?」

「アーチボルトの私物とか、部屋に残ってるみたいだよ。もし何か残ってて、見つかったらまずいって」


 レオナルトは黙りこむ。そんな彼にクリフォードは誘うような、流し目を向けた。


「ねえ、レオ。もし、カミーユ先輩の自殺の原因がばれたら……」

「その話はするな」

「うわっ」


 レオナルトはポケットから何かをとり出して、彼の顔に投げつけた。


「証拠は燃やした。今さら何かを見つけられるとは思えねえ」

「ま、いいよ。レオがそう言うんならね」


 クリフォードはにやりと笑って答える。それから投げつけられた物に視線を落とした。ペンだ。クリフォードの名前が書かれている。


「あれ? なくしたやつじゃん。何でレオが持ってんの?」

「拾った」

「へえ。ふーん?」


 探るような視線を向けるクリフォード。

 レオナルトは顔を背けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る