第18話 カツアゲの真相

 クリフォードの私物が紛失するようになったのは、今年の夏前のことだった。

 始めは文具などの小さな物がなくなる程度だった。それがあまりに頻発するので、レオナルトはクリフォードには内緒で調査をした。

 そして、それが下級生の少年によって盗み出されていることを知った。


 始めは口頭注意だけで済ませるつもりだった。だが、盗難は続いた。エリアスという少年はその場ではおどおどとした卑屈な態度で謝って、盗品を返却するのだが、しばらくするとまた盗みをくり返すのだ。

 盗まれる物も徐々にグレードが上がり、とうとう下着までなくなるようになった。


 本来なら教師に相談するべきだろう。

 だが、レオナルトは教師を信用していなかった。彼らは一見、優しげな顔を浮かべ、こちらの味方であるかのように振る舞っているくせに、いざとなれば平気で自分たちを裏切る。それを身をもって知っているからだ。

 だから、レオナルトは問題が起これば、自分の力で解決することにしている。


 エリアスには何度も注意をした。言っても聞いてくれないのだから、実力行使に出るしかない。前回の時、「次やったら蹴るぞ?」と警告したのに、懲りずに犯行に及んだのは彼なのだ。


(それにしても、あの新任教師は、変わっている)


 レオナルトは寮に戻りながら、そんなことを考えていた。


 ――リーベ・バルテ。

 ――雰囲気は少しリュディヴェーヌに似ている気もしたが……。


 こんなところにリュディヴェーヌがいるはずがないし、彼はそもそも故人だ。

 それにリュディヴェーヌとリーベでは格差がありすぎる。リュディヴェーヌは知的で、かっこよくて、魔術で何でも華麗にこなす。一方、リーベは何にもできない。運動神経も悪いし、どんくさかった。先日見かけた時は、何もない廊下でつまずいていた。


 あんなに情けない男がリュディヴェーヌであるわけがない。


 そうわかっていても、レオナルトにとって彼は少し気になる存在となっていた。


 一見すれば、弱々しくて、とろくさいのに。

 彼は女生徒から嫌がらせを受けても、まったく気にしていなかった。それどころか、アルバートの話では、「嫌がらせされてたことにすら気付いていなかった」のだという。その話を聞いた時、レオナルトは少し笑ってしまった。


 リーベに嫌がらせをしていた女子には、レオナルトが注意をしてやめさせたのだが……。その女生徒の方が「あの人、やたらと運がいいし、全然へこたれないから怖い!」と戦慄していたので、それもまた、おもしろかった。


(――変なやつ)


 教師が嫌いだったのに、レオナルトはリーベにだけは嫌悪感を抱いていなかった。彼があまりに教師らしくないので、毒気を抜かれてしまうからだろう。


(それに、あいつ。何でこれのことを知ってるんだ?)


 レオナルトは聖剣をいつも身につけている。

 胸元のそれを手の中に握りこんだ。




 テオドールの死後、政府は聖剣と契約できる第二の勇者を探していた。

 そのため、レルクリア人は皆、聖剣の適性検査を受ける義務があった。子供の場合は学校の入学前――11歳の時に一律で検査を受ける。

 レオナルトが検査を受けたのもその時だ。


 聖剣はリブレキャリア校で保管されていた。子供が列になって、その前に並ぶ。1人ずつ手をかざして、聖剣の反応を見るのだ。

 レオナルトの番になった時――聖剣が光を発した。台座から浮かび上がり、自らやって来ると、手の中に収まったのだった。


 その瞬間、周りは大騒ぎとなった。


 レオナルトをとり巻く環境が、その日を境にがらりと変わった。記者が毎日のようにやって来て、自分の話を聞きたがった。街を歩けば、周囲から注目されるようになった。

 そして、3日後にはレオナルトはローレンス家の養子となっていた。養父となった男は、国でも有数の権力者だった。


『聖剣の契約者が見つかる!』


 連日のように自分の名前が新聞に載るようになったのを、レオナルトは不思議な気分で眺めていた。自分のことなのに、自分の意志の介在しない形で、今後の行く末がどんどんと決まっていく。気が付けば、リブレキャリア校の魔器特進科に進むことになっていた。


 入学前からレオナルトは全校生徒からも、教師からも、注目を集めていた。


 魔器特進科の生徒が、『魔器実戦』の授業を行うのは2年生となってからだ。誰もが期待し、その瞬間を待ち望んだことだろう。聖剣の真の姿が披露される瞬間を。勇者テオドールのようにレオナルトが聖剣を構える、その瞬間を……。


 聖剣及び、魔器の起動は難しいものではない。星光石をエネルギーとして起動するので、特別な力は必要なかった。使用者はただ念じるだけでいいのだ。

 実際、他の生徒は初めてなのにも関わらず、皆、魔器を武器の形に変化させることができていた。


 ――レオナルトだけだった。


 聖剣を手にした途端――体中の力が抜けて、その場にへたりこんでしまったのは。


『何をしている! 真面目にやりなさい!』


 教師がすぐに叱りつけてきた。しかし、レオナルトは気分を悪くして、立ち上がることができなかった。

 その後もずっと、レオナルトは聖剣を起動させることができなかった。起動しようとしても、一瞬だけ剣の形にするのが精いっぱいで、すぐにかき消えてしまう。そして、必ず全身の力が抜けて不調に陥る。


 初めの頃はレオナルトも必死だった。やり方が間違っているのかもしれないと思って、教師に尋ねてみたこともある。だが、その教師は険しい表情で、むしろ叱りつけてくるのだった。


『起動しようとすると気持ち悪くなる? 嘘を吐くんじゃない! そう言って、授業をさぼるつもりだろう』


 それ以降、レオナルトは教師に相談するのをやめた。授業を受けるのも馬鹿らしくなって、さぼるようになった。

 そのうち、周囲の目は落胆したものに変わった。特に教師陣や養父は、失望した目でレオナルトを眺めてくるようになった。

 養父が情報規制を敷いたのと、リブレキャリア校が閉鎖的な空間であるために、世間にはまだ知られていない。だけど、いずれ事実は暴かれて、周知されることになるだろう。


 ――第二の勇者は、聖剣を起動することができない。


 そうなった時、自分がどうなるのか……。考えるだけでレオナルトは嫌になった。

 どうにかしなければいけないことはわかっている。

 だけど、教師は当てにならない。友人に相談してみても、『魔器の起動にコツはいらない』と皆が言う。


(俺が……だめなのか……? 俺にテオドールのような素質がないから……)


 だから、聖剣は応えてくれないのだろうか――。


 レオナルトはずっと悩んでいた。

 そんな時だ。


『君、聖剣を起動しようとするたびに、気持ち悪くなったりしない?』


 頼りないと思っていた教師から、そんな言葉をかけられるとは!


 リーベの指摘にレオナルトは驚いた。


 ――何で、こいつ、それを知っているんだ!?


 他の教師は誰もそのことに気付かなかったのに。

 リーベは何かを知っている様子だった。


(あいつなら……どうして、俺がこれを使えないのか教えてくれるのかな……)


 レオナルトはそんなことを考えながら、聖剣に視線を落とす。

 その時、


「待って、ローレンスくん」


 先ほど聞いたばかりの声。マイペースでふわふわとしていて、聞いているこちらの覇気がそがれそうな声音が背後から。

 レオナルトは足を止めて、振り返った。


「何だよ」


 リーベがいる。

 いつものように頼りない笑顔を浮かべて、歩み寄ってくる。


「少し、君に確認したいことがあるんだ」


 レオナルトは険のある態度をゆるめていた。

 リーベに気を許していたのである。

 だから、特に構えることも緊張することもなく、その姿と向き合うのだった。


 ◇


 その日、レオナルトが寮に戻ってきたのは、夜遅い時間だった。

 グレンとレオナルトは同室だ。読んでいた本から顔を上げて、グレンはルームメイトを見る。

 レオナルトは無言だ。その空気感だけで、グレンは察した。

 様子がおかしい。荒れている。


 怒りを抑えようとして、それでも抑えきれずにいる。レオナルトは何も言わずに、ベッドへと向かう。膨れ上がった怒気が八つ当たりのように周囲を威圧している。


 ――レオがここまで怒っているのは、珍しいな。


 グレンは眉をひそめる。

 そして、尋ねた。


「どうした?」

「……何でもねえ」


 絞り出すように告げて、レオナルトは乱暴にベッドに腰かける。こちらには背を向けている。

 グレンは夕刻見た光景のことを思い出した。学生寮の前で、レオナルトがリーベに声をかけられていた。そして、2人はどこかへと向かった。

 その後、レオナルトは夕食の時間にも現れなかった。

 やっと戻ってきたと思えば、この状態である。


「今日、お前、バルテ先生と……」


 グレンが言いかけると。

 レオナルトは横目で制してきた。グレンが思わず息を呑むほどの眼光だった。


「何でもねえよ」


 レオナルトは自身を抑えるように、そうくり返すのだった。

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