第9話 勇者様は暴力、やはり暴力ですべてを解決する

 リーベは今、彼らの背後に浮いている。幻術で隠れているが、音を立てれば気付かれる可能性があるので、近付くのは得策ではない。


 どうしようか、と2人の姿を眺めていると。

 黒髪の少年が顔を上げ、リーベの方を向いた。


(……ん?)


 目が合った。


(いや、そんなはずが……僕のこと見えるはずがないけど)


 リーベの幻術を見破った者は、今まで存在しないのだ。

 視線が合ったのは一瞬で、少年はまた俯いて、前髪で目が隠れてしまう。気のせいだろうか。

 レオナルトが顔をしかめて、振り返る。しかし、彼の視線はリーベを素通りした。やっぱりだ。レオナルトには見えていないのだ。


「何だ? 何かいたのか?」

「あ、いえ……別に」

「誤魔化そうとすんな」


 レオナルトは少年の方に向き直る。


「今すぐ部屋に戻って、持って来い」

「あの……そんな急には。もう少しだけ待ってもらえませんか? 必要なもので……ふ、ふへ……」


 少年がおもねるように笑う。


「は?」


 瞬間、レオナルトの雰囲気が険悪に染まる。リーベからは顔が見えないが、その威圧感だけで凄みのある空気が窺える。


「お前、自分の立場わかってんのか? 笑ってんじゃねえ、気持ち悪いんだよ!」


 あっ、と思う間もなかった。

 レオナルトは少年の腹を、乱暴に蹴り上げた。

 少年が腹を押さえて、体を折りたたむ。げほっ、と苦しげに咳きこむ音が聞こえた。


(え……えええ……)


 話には聞いていたが、目の当たりにすると衝撃だった。

 レオナルト・ローレンス。

 問題児そのものじゃないか!

 さすがにこれ以上は看過できないと、リーベは地面に降り立つ。

 幻術を解除して、2人に駆け寄った。


「こらー! 校内でカツアゲ禁止! あ、校内だけじゃなくて、全国的にやっちゃダメだけど」


 リーベの登場に、レオナルトが振り返る。


「……はあ?」


 呆れたように目を細めている。


「君たち、授業中に何してるのさ?」

「それはあんたもだろうが」

「う……、生徒の自立性を高めるために、たまの自習はきっと効果的で……って、僕のことはどうでもよくて! 君、今この子からお金を巻き上げてたでしょ?」


 レオナルトは鬱陶しそうに眉を寄せる。何も答えず、その場から立ち去ろうとする。リーベは慌てて声を上げた。


「レオナルトくん! この子からとった物、返しなよ」

「うるさい、へぼ教師」

「へ、へぼ!?」


 後を追いかけようとした時、


「う……うええ……っ」


 カツアゲされていた少年が呻き声を上げる。

 腹を押さえて、嘔吐した。


「え? わー! 君、大丈夫!?」


 リーベは少年の背をさする。その混乱でレオナルトをとり逃してしまうのだった。




 リーベは少年を医務室に運んだ。

 人をかつげるほどの筋力も体力もないので、こっそり浮遊術をかけてから、抱えている風を装った。

 医務室は無人だった。リーベは少年をベッドに横たえ、吐瀉物で汚れた上着を脱がした。


 すると、少年の貧相な体が顕になった。一目で栄養状態が悪いことがわかる。体は骨と皮しかないような状態で、ガリガリだった。

 少年がぽーっとなっていることをいいことに、腹に手を当てる。こっそりと治癒術を使った。掌にマナを集約させ、魔術を練り上げる。


 少年がぼんやりとした瞳でリーベを見た。

 そして、ハッと息を呑む。彼の真っ白だった頬が赤くなった。


「……先生……? 新しい先生だよね?」


 ぼやけた声で少年が呟く。

 リーベは彼の体から手を離して頷いた。


「そうだよ。リーベ・バルテ。魔導学を担当してる。気分はどう?」

「だいぶよくなりました……、ありがとう。僕はエリアス・ファロス。普通科の4年です」

「そっか。エリアスくん。さっきレオナルトくんにお金を巻き上げられていたでしょ。僕がとり返してくるから、安心して」

「いえ、もういいんです!」


 エリアスはハッとして、リーベの服をつかんだ。指先にかなりの力が入っていて、必死だった。


「それより、構わないでください……。知られたく、ないから」

「そんなわけにはいかないよ。ああいうこと、よくあるの?」

「蹴られたのは初めて……だけど。怒られたことは何度か……。怖いんだ、あの人……」


 エリアスはベッドの上で膝を抱えた。


「リーベ先生は……」

「先生って呼ばれるのは苦手だから、やめてほしいな」

「リーベ先……リーベさんは、アーチボルト先生の代わりに来たの? 5年の特進クラスの担任?」


 リーベが頷くと、エリアスは同情的な目になった。


「それじゃあ、大変だね……」

「レオナルトくんがいるから?」

「あ……えっと……」


 余計なことを言ったという顔で、彼は黙りこんだ。

 リーベは静かに尋ねる。


「レオナルトくんって、アーチボルト先生を辞めさせたとか、1人の生徒を自殺まで追いこんだとか……悪い噂があるみたいだけど。君は何か知ってる?」

「それだけじゃないよ……」


 エリアスはおどおどと続ける。


「6年生に不良の先輩たちがいて……。彼らとケンカになって、怪我をさせたんだって……。先輩たちは入院したみたいで、その後、学校をやめているんだ……」


 リーベはため息をついた。

 レオナルトの武勇伝(悪い方の)が増えた。


「ケンカの原因は何?」

「前に先生たちが話しているところを聞いたよ。ローレンス先輩は低学年の頃からケンカばかりしていて、気に入らない人がいたら、殴りかかったりするんだって……。それで、6年生の先輩たちにも、一方的につっかかっていったみたいで……。入院した先輩たちの怪我、本当にひどかったみたい」

「その処分を、レオナルトくんは受けたのかな。普通は停学とかになるよね」

「あの……ローレンス先輩のお父さんって、前統領だよね……。彼に事件のことは握りつぶされたみたいで……」


 リーベは愕然とした。


(どうしようもない……!)


 そんな問題児を野放しにしているのか!

 これはもう暗殺ルートの方が、世間のためになるのではないか。リーベはそう思った。

 エリアスに「安静にするように」と伝えて、医務室を後にする。



 ◇



 リーベは知らなかった。

 リーベと別れた後、2人の少年が、それぞれ思いつめたような表情をしていたことを。


(あの話し方と雰囲気? いや、まさかな……。顔が全然ちがう)


 レオナルトは目を伏せる。




 一方、エリアスはベッド上で、自身の膝を抱えていた。リーベが去った方向に熱い視線を送っている。


「リーベ先生、か……」


 はあ、とため息を吐く。

 彼は頬を赤く染め、保健室のドアを見つめていた。そうしていたらリーベがまた戻って来てくれるのではないか、と期待をしているようだった。


「やっぱり、先生がそうなんだ……。僕のお腹、治癒魔術で治してくれた。さっき、姿が見えなかったのは幻術かな……?」


 エリアスはリーベが座っていた場所を撫でる。そして、うっとりと目を潤ませた。


「リーベ先生……すごくいい匂いだったな」

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