第8話 勇者様はカツアゲをした

 レオナルトに接触しようとしたリーベの試みは、呆気なく終わった。


「レオナルトくん。少し話が……あっ、待って!」


 レオナルトを見かける度に声をかけてみたのだが、睨んでくるか、無視するかだった。


(うん、すがすがしいほどの無視。この調子で12月を迎えたら、君、暗殺ルートだってわかってる?)


 12月の選抜戦でレオナルトが結果を出せなかったら、彼は勇者の素質なしと判断されて、殺される。

 選抜戦では魔器を使って、生徒同士で戦う。

 今のレオナルトは聖剣を起動することすらできないのだ。このままでは選抜戦で負けることは確実だった。そうなれば、政府からの指令通り、リーベはレオナルトを暗殺するしかなくなるのだが……。


 レオナルトの首には聖剣がかけられている。本体にチェーンを通して、ネックレスにしているのだ。

 聖剣は普段、二重リングの形をとっている。本体に触れることができるのはレオナルトだけなので、彼が所持することになっていた。

 契約者が念じると、リングは戦闘形態へと変化する。


 光をまとった神々しい剣になるのだ――リーベはそれを何度も見ていた。テオドールの隣で。

 そのことを思い出して、リーベの胸はずきりと痛んだ。




 次の日、学校の廊下をリーベは歩いていた。

 授業時間内のことである。当然、リーベにも授業の予定があったのだが、黒板に大きく「自習」と書くと、教室を抜け出していた。


 リーベはレオナルトの行方を捜していた。彼はよく授業を抜け出して、どこかに消える。何をしているのか調べてみようと考えたのだ。

 もしかしたら陰でこっそり、聖剣の起動の練習でもしているのかもしれない。それならば彼のことを見直せるのだけれど。


 リーベは校舎の外へとやって来ていた。周囲を見回して、誰もいないことを確認。

 無音詠唱で魔術を起動する。

 透明化の幻術と飛行術を二重詠唱。

 とん、と地面を蹴って、宙に浮かび上がった。


 校舎の上まで飛翔して、浮島全体を俯瞰する。浮島は上から見ると、円の形をしている。中央に校舎、その外側には寮や購買部、外食店などがあり、まるで小さな街だ。

 島の外縁は森となっている。


(僕、感覚強化はできないから、地道に探すしかないんだけどね)


 リーベは校舎の合間を泳ぐように飛んで、眼下に視線を配る。

 校庭には運動着姿の生徒が集まっている。ファブリスが彼らの前で何かを話していた。『魔器実戦』の授業だ。

 魔器特進科の生徒には、1人につき1つ、魔器が支給される。魔器は通常、アクセサリーの形状をとっていて、生徒が念じると、戦闘形態へと変わった。剣、槍、弓――形は様々だが、どれも武器へと変化する。


 この魔器を古代遺跡から発掘したのは、三英雄だった。彼らは全国を旅して、遺跡に潜り、魔器を集めた。当初、この魔器は『現代では起動できないもの』だと思われていた。魔器はマナをエネルギーとして起動する仕組みとなっているからだ。

 マナとはすべての生物に宿る、生命エネルギーのようなものだ。

 古代であれば、大気中にも潤沢にマナが漂っていた。そのため、人は古代魔術や、魔器を使うことができた。しかし、マナの薄い浮島では魔術や魔器を使うと、人はマナを失って、衰弱してしまう。下手をすれば死に至る。


『マナに変わるエネルギーがあれば……』


 そう言い出したのは、セザールだった。

 それから、三英雄は魔器の起動方法を模索した。そうして見つけたのが『星光石』だった。星光石を魔器にとりつけて、そこからエネルギーを引き出す。そうすれば、現代でも魔器を起動できるということを発見したのだ。古代魔術の知識を提供したのはリュディヴェーヌで、それを技術として落しこんだのがセザールで、最後の1人がその実験台となった。


『すごいな! 2人とも天才だ!』


 彼は聖剣を手にして、晴れやかに笑った――。

 その顔を脳裏で思い浮かべていることに気付いて、リーベは目を伏せた。


(僕のせいだ。僕があの時、教えたせいで彼は……)


 頭を振って、その光景を消し去る。

 それより今は、レオナルトのことだ。

 魔器の授業風景から目を背ける。寮の方を覗いてみることにした。


(いた! 誰かといる)


 学生寮の裏手に、レオナルトの姿があった。

 壁際に誰かを追いつめている。リーベが近付くと、話し声が聞こえてきた。


「さっさと出せよ」

「ひぅ……わかったよ……。渡すから、殴らないで……」


 レオナルトと話しているのは、見るからに陰気な少年だった。前髪を長く伸ばして、目が隠れ気味になっている。顔色が悪く、頬もげっそりと痩せこけ、不健康そうな感じだ。

 少年がおどおどと袋を渡す。レオナルトは中身を確認して、顔をしかめた。


「これだけか? 他はどうした?」

「今は持ってなくて……」

「は?」


 レオナルトが声を尖らせると、少年はびくびくと震えた。


「ご、ごめんなさい……!」

「お前、ふざけんなよ」


 リブレキャリア校の制服は紺色のブレザーだ。

 レオナルトは制服を着崩して、耳にはピアスを付けている。髪も目も赤いので派手だ。


 対する少年は制服がお下がりなのか、色あせしている。小柄なこともあり、いかにも貧相な姿だった。レオナルトに追い詰められて、泣きそうになっている。

 どこからどう見ても、『大人しい生徒から金を巻き上げようとしている不良』という構図だった。


(か、カツアゲしてるー!?)


 そのどうしようもない状況に、リーベは声も出なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る