第2章 前勇者の記憶

第7話 問題児は問題がいっぱい!


 それからというもの、顔を合わせる度にアルバートはリーベに声をかけて来た。

 リーベは生徒と廊下ですれちがっても、誰もあいさつしてくれない。空気のような扱いを受けている。

 それなのに、


「リーベちゃん! おはよ~!」


 アルバートだけは笑顔で手を振ってくる。

 人懐こく声をかけてくる彼を、リーベは無下にすることもできずに、苦笑いで手を振り返していた。


 ――そうすると、やたらと周りの女生徒からの視線が突き刺さる。


 アルバートは女子からの人気が高いようだった。彼が近くを通ると、周りは一斉にそわそわして、アルバートに視線を寄せる。そして、アルバートと話しているのがリーベであることに気付くと、「はあ? アルバートくんが何であんな地味男と!」と不満そうにするのだった。


(何となく、クラスの様子が見えてきたな)


 アルバートと関わるようになると、彼を中心にして、それ以外の人間関係も見えてくる。


 まず、リーベの任務対象の、レオナルト・ローレンス。

 赤髪に深紅の瞳、少年とは思えない濡れた色気を湛えている。ブレザーを着崩して、ピアスや銀アクセをつけているので不良のような出で立ちだ。常に無愛想で、相手を威圧するような空気をまとっている。

 彼も女生徒からの人気が非常に高い。しかし、アルバートとは異なり、近寄りがたい雰囲気なので、遠目から熱い視線を向けられていることが多かった。


 レオナルトとよく一緒にいるのは、グレン・リトレ。

 黒髪黒目の少年だ。ブレザーをきっちり着こなしているので、優等生然としている。しかし、リーベと目を合わせると、馬鹿にしたような顔で笑う。見た目は優等生でも、教師に対する態度は正反対のようだった。うっかり近付いたら噛みつかれそうな、危うい雰囲気を秘めている。

 レオナルトが獅子だとすると、こちらは狼といったところか。

 彼もよく、女生徒から熱視線を向けられている。


 もう1人、クラスで目立つ生徒がいる。

 クリフォード・ピールだ。細身で色気のある見た目の少年である。金髪に翡翠色の瞳、つり目が特徴的だ。気まぐれで油断なさそうな雰囲気を秘めていて、猫のようだった。


 この4人は、学校中に多くのファンが存在しているらしい。どこにいても目立っていて、熱い視線を向けられている。


(ま……いくら顔がよくても、僕からは子供にしか見えないけどね)


 年齢が3桁を超えているリーベは、学生同士の色恋沙汰には興味が持てなかった。


(それよりも、セザールがレオナルトくんのことを問題児だって言ってたけど)


 確かにリーベから見ても、レオナルトの行動は目に余る。

 教師の言うことは平気で無視する。授業には顔を出さず、ふらっと教室からいなくなることもある。注意してきた教師を眼光だけで震え上がらせ、黙らせる。

 誰の言うことも聞かない、まさに唯我独尊である。


 リーベは他の教師に、レオナルトのことを尋ねてみることにした。

 学年主任のファブリスに、「相談があって」と切り出し、


「僕のクラスの生徒について聞きたいのですが。レオナルトくんと、彼の友人について」

「ああ……」


 ファブリスは同情的な目に変わった。


「バルテくんも大変でしょう。新任なのに彼らの担任を任されるなんて……。彼らに怖い目に遭わされたりはしていませんか?」

「いいえ、まったく」


 リーベは本心から答えていた。しかし、ファブリスはそれを『強がり』と受けとったらしく、痛ましそうな顔付きになる。


「バルテくんのその細腕では、彼らに何かされたら、太刀打ちできないでしょう。何かあったら、すぐに私たちに相談してくださいね」


 リーベの見た目は貧弱そのものだ。肌は青白く、全体的に薄い。引きこもり生活が長かったのと、何でも魔術で解決するために筋力がつかなかったせいだった。

 そもそもリーベは、「歩く」「走る」という当たり前の運動すらしない。リュディヴェーヌ時代は、常に飛行術で移動していたからだ。

 そのせいで、学校では階段を上り下りするだけで死にそうになっていた。


 学校では魔術を使わないで過ごしているので、ひ弱そうに見られている。しかし、リーベの正体は三英雄の魔術師リュディヴェーヌ・ルースなのである。


(大丈夫です! あんな子供、僕の魔術で返り討ちですから!)


 と言うわけにもいかないので、リーベは曖昧に笑った。

 実際、レオナルトたちを「怖い」と思ったことはない。睨まれても、馬鹿にされても、怒りの感情すら湧かない。前戦争で10万の兵士や魔人兵を相手に戦っていたリーベからすれば、素行の悪い生徒なんてとるに足らなすぎて、相手にならない。

 リーベがあまりにへらへらしているので、


「バルテ先生! 笑っている場合じゃないですからね!」


 別方向からお叱りの声が入った。クレマンス・ヴェルネだ。


「あまり大きな声では言えないけど……彼らは本当に危険なのよ。暴力事件を多く起こしたり、女生徒を泣かせたり。前任のアーチボルト先生が退職したのも、彼らが原因ではないかという噂があるほどなんです」

「ヴェルネ先生! その話は!」

「バルテ先生は知っておくべきだわ。それに……フィレールくんのことだって」


 ヴェルネは目を伏せる。ファブリスはぐっと口を噛みしめて、俯いた。


「フィレールくんとは?」 

「カミーユ・フィレール。今年の夏休みに、亡くなった生徒の名前よ。飛空艇から身を投げ出してね……。でも、自殺の真相は今も闇の中なの。噂では彼の死にも、ローレンスくんたちが関わっていると聞いたけれど……」

「以前、ローレンスくんがフィレールくんを脅している姿を、私も目撃しました。あの時、私が強く止めていれば……あんなことには」


 ――レオナルト・ローレンスのせいで、人が死んでいる?


 リーベは愕然としていた。

 もしそれが本当だとすれば、素行が悪いどころの話ではない。犯罪行為ではないか。


「そんな子が、野放しになっているんですか?」

「ローレンスくんの父親は、前統領で顔も広い。それに彼本人も聖剣の契約者とあってはね……。学校としても、彼を持て余しているんだ……情けないことだけれど」


 想像以上に、レオナルトは問題児のようだった。だが、彼が聖剣に認められている以上、この学校から追い出すことはできないのだろう。

 それほど「勇者」という称号は、レルクリアにおいて重要視されている。

 24年前、旧レルクリア王国は他国から侵略を受けた。それを撃退したのが3人の男だった。その3人は『三英雄』と呼ばれ、人々から崇められている。


 魔術師リュディヴェーヌ・ルース

 革命家セザール・リブレ。

 そして、勇者テオドール・グランテ。


 勇者テオドールは、聖剣を手にし、戦場において一騎当千の活躍をした。その勇姿は20年以上経った今も、人々の目に焼き付いている。


「レオナルトくんって、聖剣と契約しているんですよね?」

「ああ。でも、彼、聖剣を起動できないみたいなんだよ」

「え?」

「バルテくんは聖剣がどういうものか、知ってるかい?」


 ――知っているも何も、テオドールが使っているのをいつも目の前で見てました!

 とは言えないので、リーベは模範解答を述べる。


「聖剣は魔器の1つ――そして、魔器とは古代兵器のことです。勇者テオドールが手にしていた魔器を、聖剣と呼びます。通常はアクセサリーのような形状をしていて、戦闘時には武器の形態に変わるんですよね」

「その通りだ。それが聖剣『アスタ=ラミナ』。だけど、ローレンスくんは聖剣を起動できない。授業もよくさぼっているし、本人にやる気も素質もないのだろうね」

「そうなんですか……」


 ――だから、僕が遣わされたのか。


 リーベは納得した。


 テオドールの死後、政府はずっと、聖剣と契約できる第二の勇者を探していた。

 聖剣には意思が宿っているとされていて、使い手を選ぶのだという。多くの人間が聖剣を使おうと試みたが、結界に阻まれて、触れることすらできなかった。

 そして、20年越しに現れた聖剣の契約者がレオナルトだ。

 聖剣はレオナルトの手に渡った。


 しかし、彼は聖剣を起動できない上に、学校でも扱いに困るような問題児だった。

 それで、『抹殺』か『教育』かの二者択一となったのだろう。

 聖剣と契約できる者は1人だけと定まっている。レオナルトが存在する限り、次なる勇者は永久に現れない。


 とはいえ、レオナルトがいなくなった場合も、次に聖剣と契約できる者が現れるのが何年先かわからない。だから、政府もレオナルトの扱いに困っているのだ。

 彼に素質があるのならこのまま勇者として育てたいが、素質がないのなら速やかに処分して、また新たな勇者が現れるのを待ちたい、ということだろう。

 しかし、今の話を聞く限り、レオナルトには能力面よりも人格面に問題があるのではないか、とリーベには思えてきた。


『少々やんちゃでして』


 セザールの言葉を思い出す。


(どこが少々~!?)


 リーベは呆れ返った。他人を害するような問題行為を『やんちゃ』の言葉で片付けるのは、納得できない。

 とはいえ、


(噂話だけを鵜呑みにするのはよくないよね。僕もレオナルトくんと話してみよう)


 ――もしそれで生意気な態度をとるようなら、魔術でガツンとやっても許されるでしょうか。


『絶対に、やめてくださいね!?』


 セザールの幻聴が聞こえてきたような気がした。

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