第10話 彼がニートになった理由

 リーベの学校生活は、変わり映えがしなかった。

 多くの生徒には嫌われて、無視をされる一方で、


「リーベちゃん~。聞いてよ、今日さー」


 アルバートが放課後、リーベを訪ねてくることがあった。

 特に用はなくても現れて、いろいろな話をしてくる。彼の視線にはリーベに対する好意がにじんでいた。でも、懐かれる理由がわからなくて、リーベは困惑するばかりだった。

 また、エリアスがリーベを訪ねてくることも増えた。


「リーベさん……ふへ……こんにちは」


 彼は距離感をつかむのが下手なのか、やたらとリーベに体を寄せてくる。リーベは苦笑しながら、エリアスと距離をとって、話をした。




 次の休日が訪れると、リーベは電話でセザールに泣きついていた。


「う、セザールぅ……。10代って、何であんなに生意気なんだろう」

「おや」


 セザールは呑気な口調で言う。


「まるで教師のようなことを言うんですね。このまま教師を続けてみてはいかがです?」

「ええ!? 絶対いやだ!」


 リーベは全力で拒否をする。


「生徒に『先生』って呼ばれるだけで、鳥肌とまらないし。子供って、生意気で、自分勝手で、怖いよ……」


 最後はいじけモードで、電話線を指に巻き付けていた。

 セザールは呆れたようにため息をつき、


「レオナルトくんについての報告書を見ましたよ。本当に彼を殺す気ですか」

「書いた通りだよ。『少々やんちゃ』とか、可愛い言葉で誤魔化さないでくれる? 恫喝に暴行、カツアゲ。被害者も多数。あんな子を勇者に据えるなんてもっての外だよ」

「夏休みに自殺したカミーユ・フィレールという生徒。そしてその後、教師のモルガン・アーチボルトが辞職している。それをやったのはレオナルトくんだという話ですが。本当に彼がそのようなことを……」

「なに? 君、レオナルトくんに肩入れしてるの?」

「いえ。ただ、少し……思っただけです」


 セザールはためらってから告げる。


「彼は、似てますよね」

「誰に?」

「て……前の勇者に」

「どこがー!?」


 リーベは思わず叫んでいた。


 ――レオナルトとテオドールが似ているとか、正気か!?


 何から何までちがうじゃないか!

 テオドールの方がかっこよかったし!

 優しかったし!

 人間できてたし!


 テオドールは決して人を傷付けるようなことはしなかった。例えるのなら、まるで太陽のような暖かさと清らかさに満ちていた男なのだ。

 そこまで考えて、脳裏にテオドールの姿を思い浮かべていたことに気付いて、リーベは胸をぐっ、と苦しくした。

 明るい声で話を変える。


「ところで! 久しぶりにサンヴィルに行ったけど、すごかったね。人多すぎて酔うかと思った」


 電話の向こうで、セザールが息を呑む気配がする。

 しかし、すぐに話に合わせてきた。


「そうそう、あなたのお気に入りのパイ屋、潰れましたよ」

「ええ、そんな! 僕が買い支えてあげられなかったから! ちょっと24年、行かなかっただけなのに……」

「そんなんで、よく優良顧客ヅラできますね」


 今はただ、そんな無駄話にも付き合ってくれるセザールの存在がありがたかった。




 ◇



 ――首都サンヴィル。


 高層ビルの1室に、セザールは佇んでいた。受話器を置くと、窓際まで歩く。眼下に広がる夜景を見つめて、彼はため息を吐いた。

 リュディヴェーヌとの通話で、自分の目論見が失敗に終わったことを知ったからだった。


(やはり、ダメだったか……)


 20年以上経っても、忘れることのできない光景がある。

 それは先の大戦での記憶だった。

 レルクリアは帝国と戦争し、三英雄による活躍で、レルクリア側が勝利を収めた。しかし、それによって失ったものも多かった。


 勇者テオドールが死んだのだ。


 戦いの後――。

 リュディヴェーヌはずっと彼の亡骸を抱きしめていた。何時間も、冷たい体を腕にかき抱いていた。

 セザールはかける言葉もなかった。だから、冷たくなった友人と、彼の死を悼む友人のそばで、何も言わずに佇んでいた。

 やがて、夜の更ける頃合となる。セザールはリュディヴェーヌの体力が気になり、声をかけた。


「そろそろ……戻りましょう」


 その時、セザールは気付いた。

 リュディヴェーヌの手は、テオドールの心臓の辺りに触れている。そこから淡い光が零れていた。

 それは治癒魔術の光だった。

 セザールは息を呑んだ。


「あなた……、ずっと……?」


 リュディヴェーヌは一言も話さなかった。

 氷のような顔付きで、その後も体力が尽きて倒れるまで、テオドールに治癒の光を当て続けていた。

 だから、次に彼に会った時、


「僕、これからは、引きこもりになろうと思います!」


 打って変わって脳天気な様子で、リュディヴェーヌが言い出したので、セザールは戸惑った。

 それからのリュディヴェーヌは別人のようだった。外に出たくないと言い張り、仕事はしたくないと言い張り、誰とも会いたくないと言い張る。

 マイペースに駄々をこねているだけのようにも見えた。

 だが、セザールは理解していた。

 英雄リュディヴェーヌは、あの時、テオドールと共に死んだのだと。


(あなたはこれからもずっと、そうやって生きていくつもりなのですか? 気が遠くなるほど長い年月を、1人で……)


 リュディヴェーヌは特殊体質の持ち主だ。体には常に大量のマナが満ちているので、歳をとることがない。セザールより長く生きるのだ。セザールが死んだ後……彼は本当にひとりぼっちになってしまう。その先がどうなるのか、想像しただけでセザールは恐ろしかった。


 今は自分が政府とリュディヴェーヌの間の調整役を果たしている。政府がリュディヴェーヌに命じる任務内容について、自分という存在が歯止めになって、取捨選択を行うことができる。

 だが、セザールが死んだ後は――。

 リュディヴェーヌを気遣う者など誰もいない。彼はあの城で孤独に生きる。そして、3年に1度、政府が便利に使える『暗殺人』として、永久に飼い殺されていくのだ。


 政府はリュディヴェーヌに『暗殺人』としての価値を見出している。それでもセザールは、彼に人殺しなんてしてほしくなかった。

 レルクリア共和国の政治は、三統領制度をとっている。3人の代表が選挙によって選ばれ、国の舵取りを行っているのだ。

 セザールは大戦での活躍を認められ、長年、統領の1人を担ってきた。だから、今までは『リュディヴェーヌに暗殺を任せよう』という議論が持ち上がったとしても、セザールが異論を唱え、根回しして、何とか回避してきたのだった。


 今回の任務が初めてだった。彼の任務に、『暗殺』という言葉が盛りこまれたのは。

 他の2人の統領を説き伏せることがどうしてもできなかったのだ。それでもセザールの調整でどうにか、『レオナルトに勇者の素質が認められるのであれば教育する』という一文を入れた。

 そして、セザールは賭けた。

 リュディヴェーヌが人殺しなんて方法をとらずに、そちらの道を選択してくれることを。


 希望は……わずかながらにあった。リュディヴェーヌがレオナルトに会えば、自分と同じ感情を抱くのではないかと思っていたのだ。


 セザールが初めてレオナルトの姿を見たのは、彼がリブレキャリア校に入学することが決まった時だ。

 一目見て、ドクンと胸が跳ねた。


 ――似ていると思った。


 見た目こそはちがうけれど。鋭い雰囲気も、目付きも。テオドールの若い頃にそっくりだった。

 だから、希望を抱いてしまった。

 彼ならば、リュディヴェーヌを暗闇の中から救い出してくれるのでは? と。

 我ながら、馬鹿げた幻想を夢見てしまったと思う。


 テオドールが数十年の時を超えて、また自分たちの下に戻って来てくれたのではないのか、なんて。

 そんなことが、ありえるはずがないのに。


(リュディヴェーヌはテオドールの若い頃を知らないから、気付かないのも無理はないのですが)


 今でこそテオドールは、聖人のように称えられているが。

 若い頃はそうではなかった。

 だいぶ尖っていたし、『やんちゃ』だった。触れたら切れるナイフのような男だったのだ。


『あ? 文句あんのか?』


 街中でケンカや暴力沙汰はしょっちゅう起こしていた。

 ――今のレオナルトにそっくりだったのだ。


 しかし、リュディヴェーヌがテオドールと出会ったのは、それから先のこと。彼が20代になって、だいぶ落ち着いてからだ。その頃のテオドールは史実で語られるような、優しく器の広い男に変貌していたのだった。


(ですが、似ていると思ったのも、私の希望的観測に過ぎないのかもしれない)


 若い頃のテオドールは、どうしようもなかった。

 しかし、彼は迷惑人ではあったけど、“ あらくれ者”ではなかったのだ。彼が暴力沙汰を起こすのは、必ず『誰かのため』であると決まっていた。

 近所の老人が詐欺被害にあえば、殴りこみで金をとり返しに行き、若い娘が貴族に脅されていると知れば、殴り飛ばしに行った。


 だから、セザールは「このはた迷惑な脳筋野郎が!」と辟易としつつも、彼と付き合いをやめようとは思わなかった。

 その時のことを思い出して、セザールは自嘲気味に笑う。


(テオドールのことを引きずっているのは、リュディヴェーヌだけでなく、私も同じか……)


 さて、レオナルト・ローレンスの件だが。

 彼もテオドールと同類の人間なのか、それとも単なる無法者なのか。見極める必要がありそうだ。


 カミーユ・フィレールとモルガン・アーチボルトの件、背後関係を洗ってみるか、とセザールは考えていた。それでもし、レオナルトが他人を平気で踏みつけにできるような人間性なら、諦めもつく。

 テオドールが戻って来てくれたなんて――そして、リュディヴェーヌが生きる希望を見出してくれるかもしれないだなんて。馬鹿げた幻想を抱かないで済む。


 セザールは街並みから視線を外して、夜空を見上げる。

 濃い色をした夜の帳――。

 その中で夜景よりも美しく、眩しく。星光石がきらめているのだった。



 ◇



 学生寮の一室。

 目覚めてすぐに、レオナルトは顔をしかめていた。


「またあの夢か」


 自身の脚で頬杖をつき、顔を埋める。

 彼は小さな声でうめいた。


「三英雄……リュディヴェーヌ・ルース……」


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