第4話 教員免許?ありません!(あります)

 リーベは教師業を免れようと必死だった。


「あのー、僕は教師には向いていないので、辞退します」

「ほっほっほ、またそんな謙遜を。君の知識も技術力も素晴らしい。ぜひ魔導学の教師を務めるべきだ」

「いや、でも! 僕は、ほら、人格的に問題が! 日が昇る頃に寝始め、日が落ちる頃には熟睡して、夜が更けた後は二度寝を始めるような、ダメ人間なんです!」

「それでお肌綺麗なのね。ほっほっほっ、私の見る目に間違いはないよ」


 道すがら、リーベはいかに自分が教師に向かないかを語りつくしたが、アルジャーノンには馬耳東風だった。気が付けば、リーベは職員室の前まで連れてこられていた。

 アルジャーノンは浮かれた様子で、扉を開ける。


「皆さん、魔導学の新しい教師が見つかりましたよ!」


 おおっ、と歓声が上がる。

 リーベは愕然として、アルジャーノンの背中を見た。


(うわあああ、僕まだ了承してないのにー!?)


 恐る恐る、室内を覗く。

 職員室にはすでに他の教師が集まっていた。立ち上がって、リーベに視線を寄せてくる。


「いやー、新学期に間に合ってよかったですな」


 リーベは新学期に合わせての就職だったので、現在の日にちは9月1日。夏休み明けの初日である。

 リーベが入り口で固まっていると、数人の教師がアルジャーノンに呼ばれてやって来た。

 男の教師がじっとリーベの姿を見ている。年齢は30代前半くらいだ。爽やかな風体の男だった。彼は手を差し伸べ、


「前任のアーチボルト先生が夏休み中に辞職されてしまって、後任が見つからずに困っていたところなんですよ。あなたが来てくれて助かりました。えーっと……」

「リーベ・バルテくん」

「バルテ先生。よろしくお願いします」


 その一言に、リーベの全身が強張る。


『先生』


 それほど嫌な響きを持つ言葉はない。

 その言葉を聞くだけで、あの声を思い出してしまうからだ。

 リーベは動けなかった。それを男は別の意味に解釈したらしく、


「おや、緊張されていますか? 初日ですからね。私は5年の学年主任を務めているファブリス・ラサルです。普通科2組を担当しています。わからないことがあれば何なりと聞いてください」

「え? いや、あのっ」


 リーベはようやく我に返った。

 しまった、このままでは教師になるコース一直線である! それは絶対に阻止しなくてはならない!

 リーベが口を開き、反論しようとした時だった。


「待ってください、校長」


 ぴしゃりと叩きつけるような声が割って入る。

 中年の女性教師だった。メガネをかけ、きつそうな面差しをしている。リーベのことを睨み付けていた。


「新任の教師が来るなんて初耳です。いつどのようにして選考が行われたのか、説明を求めます。それに言っては何ですが……このようなたるんだ顔をした者に、教師が務まるとは思えませんが?」


 ねちねちとした嫌味な声音だった。本来であれば、出合頭にこんな嫌味をぶちまけられれば顔をしかめるところだが、リーベからしたら彼女は救世主だ。その神経質そうな声さえ、優美な音楽に聞こえる。


(ありがとう! もっと言ってください、僕をボロクソにけなしてください!)


 ここがチャンスとばかりにリーベは口を開く。


「その通りです! 僕に教師は向かないと、僕も思います!」


 すると、女教師は目を細めて「は?」と言った。

 なぜだろう。

 彼女の言葉を肯定しただけなのに。

『何を言っているんだ、このボケは?』みたいな顔をされてしまった。


「そもそも、ちゃんと教員免許を持っているんですか、この方は?」


 ――教員免許!?


 リーベの前に光条が差しこんだ。

 知らなかった。教師になるのに免許が必要だったとは。

 それならば断言できる、そんなもの自分は持っていな……。


「持ってるよ。魔導学の教員免許」

「えええ~!?」


 アルジャーノンが告げた言葉に、一番びっくりしたのはリーベ自身である。

 すると、女教師は更に不機嫌な顔でリーベを睨み付けた。

『自分のことなのにそんなこともわかっていないのか、このアホンダラは』といった顔である。


「ほら。履歴書に書いてある」


 職員室に来る途中で、アルジャーノンは事務室に寄っていた。そこでリーベの履歴書を受けとっていたのである。

 彼が差し出した紙に、リーベは目を通した。


 リーベ・バルテ。24歳。

 と、記載されている。年齢は大ウソだった。100の位が足りない。顔写真は本来の顔ではなく、幻術がかかっている時の冴えない顔の方が添付されている。

 経歴のところに、2年前に教員免許を取得したと記されていた。


(セザール! こんな経歴詐称を! って、いや、ちょっと待って。2年前……2年前……?)


 そこでリーベは思い出した。

 そういえば、2年前にセザールが用事もないのに城を訪れたことがあった。顔を見に来ただけだ、と言っていた。24年間の引きこもり生活において彼が用もないのにやって来たのはそれが初めてだった。だが、持参された高級ブランデーに気をとられて、リーベははしゃいでいたので、深く考えなかった。


(あの時、そういえば、セザールに暇つぶしと言われて、何か書類を渡されて……)


 そこには魔導学に関する問題が記されていた。

 退屈していたリーベはそれを片手間に解いた。魔術で紙を宙に浮かべて、パラパラとめくりながらすべてを記入するのに、数分もかからなかった。

 セザールはその書類を見て、「さすがはリュディヴェーヌ様。全問正解。合格ですね」と言っていた。


 その後は酔っていたのでよく覚えていないが……謎の書類にサインをさせられたような……?


(あれ、教員免許の試験問題だったのか~!)


 リーベは頭を抱えた。

 自分が知らぬ間に教員免許をとらされていたとは!

 新たな情報に混乱して、リーベは呆然とする。


「免許があって、校長が認めた方ということでしたら、何も問題がありませんね!」


 ファブリスが爽やかな笑顔で言ってのける。

 リーベは愕然として、顔を上げた。


「え! ええっ!?」


 反対してください! こんな人物は教師に相応しくないと言ってください!

 期待をこめて、女性教師を見る。

 すると、彼女は渋い顔でため息をついた。


「……その通りね」

「そ、そんな……!」

「は? せっかく採用が決まったというのに、なぜそんな顔をしているの? 私はクレマンス・ヴェルネ。5年3組を担当しているわ。この学校で問題を起こしたら承知しませんよ、バルテ先生」

「ひぃ……!」

「そして、5年1組の担当が彼だよ」


 アルジャーノンの言葉で、リーベはその場にもう1人いたことに気付いた。ものすごく影の薄い男だった。

 リーベと目が合うと、すぐに逸らされてしまう。

 彼はおどおどと視線を漂わせながら口を開いた。


「な……ナルシス・オジェ……。5年1組担当、……です……」

「5年生の担当はこの3名だよ。バルテ先生」

「ひ……っ」

「校長。彼の担当クラスはまさか?」

「もちろん、アーチボルト先生の後任を任せるつもりだよ。5年生の魔器まき特進クラス」


 ファブリスもヴェルネも息を呑んだ。リーベをまじまじと見つめてくる。何かを言いたげな視線だった。

 しかし、リーベはそれどころではない。

 トラウマのある言葉――『先生』を何度も聞かされて、拒否反応が出ていたからだ。


「ひ……1つだけ、お願いが……」


 リーベは告げる。


「先生と呼ばれるの、僕、嫌いなので……。先生とだけは呼ばないでください」


 校長を含めた4人はぽかーんとしていた。

 やがて、ファブリスが曖昧に頷く。


「は、はあ……。わかりました。バルテせんせ……いえ、バルテくん」

「それじゃ、これからの流れについて説明しましょ。もうすぐ予鈴が鳴っちゃうから手短にね。バルテくん」

「うう……はい……」


 アルジャーノンに促され、リーベは連行される気持ちで項垂れていた。

 だから、気付いていなかった。

『5年生の特進クラス』という言葉を最近、目にしたことがあったということに。

 標的の経歴書に、その単語が記されていたということを。



 ◇


 校長とリーベが去った後で。

 ファブリスとヴェルネは顔を見合わせていた。


「いいんですか? 彼に教えてあげなくて。5年の特進クラスは地獄ですよ」

「例の連中ね」

「ええ、そうです」


 ファブリスは目を細めて、その名を口にする。


「――レオナルト・ローレンス」


 ヴェルネは苦い顔で考えこんだ。彼女もその名前には何か思うところがあるらしい。

 もう1人の5年教師であるナルシスは、会話には加わらず、こそこそと自分の席に戻っている。

 ヴェルネはため息を吐いて、


「まあ、大丈夫じゃないかしら? 噂によれば、例の問題児グループが目を付けるのは、見目の整った者だということ。アーチボルト先生もほら、女生徒に人気があったでしょう? それに例の男子学生も……」

「ああ。確かに綺麗な子でしたよね」

「その点、バルテ先生はこう、地味というか。パッとしない感じですから。彼らに目を付けられることはないでしょう」


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