第3話 先生はしないって言ってるよね!?


『三大浮島』の1つであるレルクリア共和国。首都サンヴィルの上方に、その浮島は存在していた。

 星光石がきらめく合間に威容を構え、まるで天空城だ。

 リーベはその情景を見下ろして、内心で感嘆をついた。


(おお、これが噂の魔導学校)


 浮島の中央に存在するのは校舎だ。壁に囲まれ、両脇と中央に尖塔が連なっているので、城のような外観をしている。周辺には森が広がり、川まで流れている。

 そのすべてが学校の敷地となっているのだ。

 魔導学校リブレキャリア。

 リーベも実際に目の当たりにするのは初めてだ。


 その威容に見とれていると、リーベの脇を飛行船が通り過ぎていく。リブレキャリア校と首都の間を運行する船だった。学校に向かうには、その運行船に乗るのが唯一の交通手段である。

 だがそれは、魔術師以外の人間に限っての話だった。


 リーベはひらりと体を旋回させて、飛行船を避けた。丸窓には子供が張り付いて、外の景色に目を輝かせている。リーベのいるすれすれの位置を通り過ぎて行った。だが、子供の視線はリーベに向けられることはない。リーベは自身の周囲に幻術を施していた。そのため他者の視界に映らないのだ。


 自分の領地からずっと飛行術でやって来たので、さすがに疲れた。と、リーベは飛行船に腰かけた。

 リブレキャリアの近くまで来たところで、身を投げ出す。速度を調整しながら滑空し、敷地内の森へと降り立った。


 時刻は朝の8時前。

 ちょうど通学時間である。


 リブレキャリア校は全寮制となっていて、生徒は敷地内の寮で暮らしている。森の中は閑散としているが、生徒たちの活気が流れこんでいるのか、明るい空気に満ちていた。


(さて、初出勤といくか。本当に人生初だな……職場に務めるの)


 リーベは懐からメガネをとり出してかける。

 ベストにスラックスといった、勤め人にふさわしい装いだ。胸元にはビジュー付きのループタイを結んでいる。長い銀髪は黒い細布をリボンのようにして、1つにまとめていた。

 ただの用務員にしては上品な格好である。元々の美貌もあり、知的な学者然とした雰囲気でまとまっていた。


 ――今から僕は、魔術師リュディヴェーヌではなく、ただの用務員のお兄さん。リーベ・バルテ。


 リーベは自身に言い聞かせる。

 開けたところに出ると、辺りは一気に騒々しくなった。リーベが出たのは、校舎に斜め横から臨む位置だ。生徒たちが正門に集まって来るのが見える。

 幻術を解除して、リーベは人の流れに紛れた。


 ブレザーを着た女生徒が楽しそうに談笑しながら、脇を通り過ぎていく。こういう喧騒が久しぶりなこともあって、リーベには眩しく映った。その様子をぼーっと眺めていると。


「邪魔だ、どけよ。くそ地味なおっさん」


 後ろから来た男子生徒に、乱暴に押しのけられる。

 リーベは青筋を立てて、振り返る。


(『お兄さん』だけどぉ!?)


「地味な」という部分には反発しない。

 事実だからだ。

 普段のリーベの容姿であれば、道を歩くだけで10人が振り返ったり、熱を上げたり、突然求婚されたりすることもある。だが、今のリーベは道端に落ちた石ころのような存在感のなさだった。


 それは彼がかけているメガネに秘密がある。

 三英雄の1人、リュディヴェーヌ・ルースといえば、このレルクリアで知らぬ者はいない。史実の教科書には顔写真付きで載っている。

 だから、学校に潜入するには変装することが必須だった。

 そこでリーベが用意したのが、このメガネである。予め幻術の魔術式を組みこみ、かけるだけで効果を発揮する。

 周囲はリーベの真の顔を認識できない。地味でパッとしない青年としか映らないのだ。


 ――年齢的には20代半ばに見えるはずなんだけど。それで『おじさん』呼ばわりは遺憾である。


 もっとも、これくらいの年頃の子にとっては、20をこえる相手は「おばさん」「おじさん」だったりする。

 リーベは気をとり直して、正門へと足を向けた。校舎は城壁で四方を囲まれている。

 正門を通り抜けようとした時、


「うーむ。おかしいねえ」


 上から声が降ってきた。

 正門脇に脚立が置かれ、そのてっぺんで老人が首をひねっている。彼は壁にとり付けられた電灯を手に持っていた。


「どうして、ここだけ光らなくなってしまったのかねえ」


 リーベは脚立下まで歩み寄る。


「おじいさん、どうしました?」

「おお、君は? いや、それがね、この電灯が壊れてしまってね。明かりがつかなくなってしまったんだよ」


 老人が脚立から降りてくる。


「見せてください」


 彼の手が持っていた魔導式ライトを、リーベは預かった。

 ドライバーを借りて、ねじを回す。中を開けると、一目で問題がわかった。魔導式のライトは中に星光石が埋めこまれている。そこからエネルギーを得て、光を灯す仕組みになっているのだ。


 その星光石と導線の接触が悪くなっていた。リーベはバレないようにこっそりと魔術を起動する。小さな火花が手元で発生したが、老人側からは見えないように、もう片方の手で覆い隠した。

 カバーを付け直して、スイッチを入れる。

 すると、電灯は光を灯した。


「はい、直りましたよ」

「……はやい」


 老人は感心して、リーベの顔を凝視する。

 そして、弾んだ声を上げた。


「すばらしい! 他の教師には、修理できなかったというのに」

「え?」

「君、魔導に詳しいの?」

「い、いえいえいえ! 全然! まったく!」

「魔導機関が発明された年は?」

「浮島歴1764年!」

「魔導機関を開発するために、初めに資金を投資した貴族の名は?」

「ウェンネル侯爵! ドミニク・グローヴ!」

「魔導機関を用いて作られた世界初の飛空挺といえば?」

「クレモーリア号!」


 すらすらと返答しながら、リーベは内心で冷や汗をかいていた。


(うわああ、僕の馬鹿あああ!)


 リーベは根っからの学者気質だった。

 知識には貪欲であり、率直だ。聞かれたことには正しい答えを返したくなってしまう性質なのである。

 ――特に魔導学に関してだけは、嘘を吐きたくない。

 というわけで、脊髄反射的に正解を返してしまったわけだが。

 それが自分の首を締め上げていることにも気付いていた。リーベが答える度に、老人の目が爛々と輝き出す。


「君、リーベ・バルテくんでしょ。今日から用務員として採用されてる」

「なぜそれを?」

「履歴書見たよ。それにしても、どうして用務員に? それだけの知識と腕を持ちながら? そんなの、もったいないではないか」


 老人はリーベの両肩に手を置いて告げた。


「採用!」

「……はい……?」

「魔導学の担当教師であるアーチボルド先生が、急遽、辞職してしまってねえ。はっはっは、いやあ、困った困った……ところに! 現れたのが、君! これは天啓だとは思わないかい?」

「ええっと……。採用って……何に、ですか?」


 もうほとんど答えがわかっているのに、何かの間違いであってほしい、とリーベは一片の期待を胸に聞き返した。

 老人は高らかに答える。


「もちろん、新しい魔導学の教師に決まっているじゃないか!」

「ひぃ、やだやだやだ! むりむりむり!」

「無理ではない。君ならできる。私の長年の経験で培われた勘がそう言っている」

「先生だけは……! 絶対に嫌だ! ところで、おじいさんはいったい誰なんですか!?」

「うん、私?」


 老人がコートをめくって、中を見せる。

 胸元にはリブレキャリア校の校章が堂々と掲げられていた。


「私の名はアルジャーノン・リブレ。この学校の校長を務めているよ」


『終わった……』とリーベは思った。


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