リトライするらしい

『………あ』


 しばらく走っていると、前方に何やら丸い影が現れた。


 あれは、もしや。


『スライムくんじゃーん』


 やっぱりか。


 丸いフォルムにぷよぷよと跳ねる様。ゲームをしない人でも知っているだろう、典型的な雑魚キャラスライム。

 圧倒的弱さを誇るこいつだが、今の俺には端的になり得ない。なぜなら俺のHPは脅威の20。スライムの攻撃2回で死に絶えるのだから。


『今のレゲちゃんクソ雑魚だからなぁ』


 悪かったなクソ雑魚で。


『あんま戦いたくないよなぁ』


 そうだな。こっちには気付いてないし、避けて走ろうぜ。


『ま、戦うんですけどね』


 ふざけんな。


 俺の意思に反して体が動く。丸い物体に近づいていく。


 まてまてやめようぜ? 2回で死ぬんだぞ俺! せめて防具とか武器とか買ってからにしよう。今の俺ほぼ素っ裸に素手だから!


『元魔王だし余裕でしょう! ね、レゲちゃん?』


 全然余裕じゃないが?


 焦る俺のことなんかお構いなしに、体はスライムへと向かう。

 くるんと丸いそれが回って、こちらを視認した。いや、目とかないから見られたかどうかはわかんねぇけど動き的に多分そう。つまり、気づかれた。


 ぴょん、とスライムが飛び上がる。体をぶつけて攻撃してくるつもりだ。

 どうする? 避けるか? いやこの距離で避けれるか?


『その技はもう見切ってるんですよ!』


 ぐりんと視界が回る。勝手に体が宙をまった。

 スライムは目標を失いぺしょりと地面に着地する。

 その隙を見て俺はスライムに近づく。「今がチャンスだ」と頭の中で悟って、無我夢中でスライムに拳をつきだした。


 ぶよん


 変な感触。


『あ、まずい。このスライム物理攻撃無効タイプだ』


 は?


 ぴょん、とスライムがまた飛んだ。焦りで思考がショートしている俺にスライムの攻撃があたる。


 10ダメージ。HPが半分になる。

 痛みは感じない。ただ、いきなり体が怠くなった。


『やばいなぁ。まだ魔物図鑑持ってないから特性わかんないのかそっか。喧嘩売ったの間違いだったかも』


 そんなこと言う前にはやく操作してくれ! もう一回くらったら俺死ぬ……っ!


 もう一度飛び上がったスライムが、俺の腹にダイレクトヒットした。

 瞬間、体から力が抜けた。立っていられない。どさっと地面に倒れてしまう。


 え、なに、死んだ? 俺死んだ?

 体が動かん。視界もぼやけてきた。

 怖い。嫌だ普通に死にたくない。


『ごめんねレゲちゃん。私の確認不足で…!まぁ、始めたばっかだしこういうこともあるよね』


 なにが始めたばっかだ。お前前作やってんだろうが。


『次はちゃんと避けて通ろう。やっぱ魔物といえど喧嘩あるのは良くないよね』


 もう雑談はいいって。

 だんだん意識も遠くなってきた。体が死んでいってる。こんな馬鹿みたいな死に方嫌だわ。どうにかしてくれ。


『はい。記念すべき一発目のリトライですよ〜』


 霞んでいた視界が一気に元に戻る。体に力が入る。意識が覚醒する。


『時が戻りました。これぞご都合主義。リトライ最高』


 何も最高じゃないが?


『これからじゃんじゃかお世話になるからね。挨拶がてらおさせていただいたわけですよ。全然、ミスって死んだとかじゃないから』


 さっき思いっきりミスを語ってたじゃねぇか。つか挨拶で人を殺すんじゃねぇ。


『レゲちゃんも死んだ記憶抹消されてるからね。あれは無かったことになりました』


 いや全然記憶あるけどな? 

 死にかけて、てか死んで。くっそ怖かったけど?

 俺今から何回も死ななきゃいけないの? 嫌だが?


『んじゃ、これからもお願いしますねリトライどの』


 やめろ。二度と使うな。


『んじゃ、気を取り直してしゅっぱーつ』


 取り直せねぇよ。こちとらさっき死んだんだぞ。


『結構とさ戻されたからまた走らないとね。レゲちゃん頑張れ』


 おいこらきいてんのか。


『てか裸足でぺたぺた走ってんの可愛くない? めっちゃ好きだわ』


 きいてねぇな。


『防具買うのやめようかな。今のボロボロのレゲちゃんめっちゃ好きなんだよね』


 何を言ってるんだこいつは。さっきスライムに負けたんだぞ? 防具必要だろ! 俺はもう二度と死にたくないぞ。

 めっちゃ重たい鎧に馬鹿みたいにデカい盾買おう。武器とかもう小刀みたいなのでいいから。倒すより倒されないことに重きを置いてプレイしてくれないか?


『倒される前に倒せばいいし、防具なんて正味いらんでしょ』


 だめだ思考が真逆だ。こいつ脳筋すぎる。


 そうこうしているうちに、さっきのスライムのところまでやってきた。

 仇め。いつか復讐してやるからな。今度はしっかり防御を固めて。


『腹立つから魔法ゲットしたら真っ先にこのスライム倒そ。覚えてるからなお前』


 スライムに対する気持ちは同じようでよかった。

 雑魚キャラのスライムに負けたの屈辱でしかないんだよな。スライム以下の元魔王とか終わってるだろ。


 スライムを避けてまた走る。たまに草むらで花や薬草のようなものを摘んだり、木を殴って果物を取ったりしながら走る。


 そしてやっと、村のような場所に到達した。


『来ました《スターテ村》! やっとできることが増える〜! ここからが《ワルアル》の真骨頂だからね。わくわくするなぁ』


 とりあえず防具買いに行こうぜ。











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