第24話:一級錬金術 チェコ・アーリル

「それでは、手の甲を差し出してもらえますでしょうか?」


 真っ白のそびえたつ王城の前で、兵士にそう言われた。

 右手に魔法印を刻印され、俺とレナセールは行動が制限される。

 

 何か悪さをしたり、禁止区域に入ったりすると捕縛される。


 とまあ、大げさにいったがただの安全策だ。


 エアコンの錬金については、驚くほど順調だった。


 レナセールが、以前よりも精度が上がってるのではないですか? と言ってくれたが、おそらく本当にそうだ。

 これは、俺自身の技量が上がったのだろう。


 一回目より二回目が良くなるのは当然だが、初めから成功率が高いとすぐに到達できる。

 将来的には一発で成功できる可能性すら秘めているのかもしれない。


 そんな期待感と作業的にも余裕があり、前期分の提出物を見学に来た。


 商人ギルドに申請し、王城の一階にある広い部屋で物を見せてくれるらしい。

 日付が決まっていたので、朝一に精一杯おめかしをした。


 普段は着ない襟付きのシャツ。

 レナセールは、気品のある白と黒のワンピースを着ていた。


 人は身なりで判断する。

 できるだけ装飾品も高価に見えるものにしておいた。


 といっても自作だが。


「ベルク様、私のイヤリング似合ってますか?」


 そのとき彼女が、小声で話しかけてきた。

 穴をあけるのが申し訳なかったのでイヤリングにしたが、随分と気に入ってくれたらしい。

 手作りで申し訳ないが、彼女にとっては天に上るほど嬉しかったらしく、毎晩毎朝眺めている


 そして今日、ある意味では初のお披露目というわけだ。


 錬金術師が奴隷を所有していることはめずらしくない。

 といっても、ほとんどの人がわざわざ身なりを整えたりはしない。


 王都を歩いていると、明らかに奴隷だとわかる人が目につく。

 だがこの世界普通のこと。いつかなくなればいいと思う反面、レナセールをに頼っている自分にも嫌悪感も抱く。


「とても似合ってるよ。ワンピースもな」

「えへへ、ベルク様のシャツも凄くカッコイイですよ」

「ありがとう」


「ではこちらへどうぞ。他の錬金術師様もいらっしゃいますので、過度な大声はお気をつけください」


 オストラバでは鷹の紋章が国旗になっている。

 肩に縫い付けられた翼の後をついていく。辿り着いた先は、まるで展示会だった。


 事細かに書かれた説明書と錬金物、流石にエアコンはないが、火打石のようなものがあった。


「ベルク様のより随分と大きいですね」

「小型化は日本人の特権だからな」


 レナセールには絶対わからないであろう冗談を交えつつ、端から見ていく。

 日常から使えるものや、湯沸かし器のようなものもあった。


 中には強そうな武器まで。


 一番凄いなと思って足を止めたのは、連絡装置だった。

 携帯スマホではないが、魔力を使って声を飛ばし、一定の距離であれば連絡ができるというもの。


 ……凄いな。


 説明文を見たが、戦場では使えないらしい。

 魔力が電波のように干渉することで遮られるからだ。

 だが、王城の中なら使えるだろう。


 口には出せないが、王家の人がとんでもなくグータラならこれで優勝もありえる。


「……今年もたいしたことないなー」


 そのとき、隣からか細い声が聞こえた。

 視線を向けてみると、驚くほど綺麗な女性だった。


 年齢は十代後半、いや二十代前半だろうか。


 黒髪で眼鏡をかけた細身、横顔でもわかるが、目鼻立ちがかなり整っている。

 ただ何よりも若さに驚いた。


 俺が言うのもなんだが、錬金術師に若手は少ない。

 勉強しないといけないことが多いからだろう。


 そしてその時、俺は彼女のピアスに気づいた。

 鷹が、一本矢を咥えている。


 これは――一級錬金術師に与えられる称号だ。


 ……そう言えば、前回の優勝者は女性だと聞いていた。


 名前は確か――チェコ――。


「……あれ、もしかして――ベルクさんですか?」

「え?」


 すると、その女性に声を掛けられた。

 驚いた様子で返すと、レナセールが俺の腕をぎゅっと掴んだ。


「もしかして、隣の人が、レナセールさんですか?」

「……そうですが、なぜ知ってるんですか?」

「ベルクの回復薬、ベルクの状態異常薬は王都で有名じゃないですか。私も買いましたよ。凄い効力でした。――でも、あれってわざと手をぬいてますよね?」


 突然の事でドキっとした。できるだけ平常心で返す。

 

「わざと……というのは?」

「C級とは思えないほどの品質でしたから。おそらくB級やA級も余裕で作れるのではないですか? いや……もしかしたらS級も」


 その時私は、鳥肌が立った。

 何もかも見透かされているような声、よくみると目が青と赤のオッドアイだ。


「っと、すいません。検索するのは良くないですね。私の名前はチェコ・アーリルです。もしかして後期の応募予定です?」

「一応、その予定です。俺の名前はベルク・アルフォンで、彼女が助手のレナセールです。間違っていたらすみません。もしかして、前回優勝した方ですか?」

「あはは、そうですよ。でも、良かったです。この魔力連絡は私が作ったんですが、ベルクさんが相手なら楽しみです」


 実に堂々とした立ち振る舞いだ。

 天才と聞いた事がある。


 変わった人だなと思っていると、レナセールがまさかの声を上げた。


「ベルク様は必ず優勝しますよ」


 鋭い目で、まさかの言葉を強く。

 慌てて訂正しようとしたが、チェコは嬉しそうに微笑んだ。


「ふふふ、だったら私ももう一つ作ろうかな。そうだ。良かったらこの後、食事でもどうですか? 同じ錬金術師同士、色々話も合いそうですし」


 誘いは嬉しかった。錬金術師同士で話す機会はそうない。

 一級錬金術なら口も堅いだろう。


 それに、ライバルの動向も知りたい。


「いいですよ。ただもう少し見学したいので、でしたら、また後で」

「はい。それじゃあ」


 不思議な人だが、なぜか憎めない感じだ。

 レナセールにもそう伝えようとしたが、初めて見る表情をしていた。


 じと目で、凄く俺を睨んで……いる?


「どうしたレナセール」

「何でもないです。何でもないですが、何でもないですよ」


 もしかして、選択……間違えたかもしれない。

 

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