意地っ張りで可愛いアイツと、鈍感で自信の足りない俺の一騎打ち! 全てはニコイチの座を護るため!

弥生ちえ

はなさないで・よね

 家が隣同士で、お互いの母親の腹の中に居た時からの付き合い。保育園も小学校、中学校も、ずっと同じとこに通っていた。


 その「一緒」は高校2年になっても続いている。


 ――気付けば、そこに居る。


 ただそれだけの関係だけど、なんとなく回りのヤツラからは、ニコイチに扱われることが常だった。


「話さないでよっ!」


 だからアイツが俺にキレたのは理不尽極まりない。


「聞かれたから答えただけだろ? おかしくねぇ?」


 いつもアイツを取り巻いている女友達のひとりが、俺たちの関係を聞いて来たんだ。だからそのまんま答えたんだけど? 俺に聞いて来たアイツの友達まで、ぽかんとして見てんじゃねぇか。


「そんな、馴れ合いな関係じゃないんだから! ボクと君は」


 ピッと人差し指を立てて俺に向けて来るアイツは、眉を吊り上げて頬を上気させている。ただでさえ色白の肌にピンクに色付いた頬が綺麗で、そこにラベンダーブラウンの真っ直ぐな髪がぱらりと掛かった。


 鬱陶し気に長い髪を背中に払い除けたアイツは、トドメとばかりに鋭い視線を俺に向けて来る。


「それにっ! ここに名前が並んでる間は、ボクと君とはそれぞれの要求を戦わせる敵同士でもあるんだ!! 断じて、だらだら続くだけの関係なんかじゃない!」


 ビシッと音が付きそうなくらい勢い良く腕ごと振り回して指し示したのは学内掲示板だ。そこには「生徒会長立候補者」の表示が、黄色い紙に黒い太字で、くっきり記されている。その下に、俺とアイツの名前が白い縦長の紙に書かれて、書き初めのように並んでいた。


「敵って……大袈裟なヤツだな」


「いーや、生徒会長の椅子はひとつ! 仲良く半分コとか、一緒なんてワケにはいかないんだ!」


 そして再び俺に人差し指を向ける。


「ボクは君に勝つ!!」


 強気に告げられても、可愛くしか見えない。怒りすぎて目を潤ませてるなんて、本人は無自覚に違いない。以前から、周囲のヤツよりも頭一つ分飛び抜けて可愛いかったアイツ。それが、高校に入って何に開眼したのか、どんなバフがかかったのか、とんでもない可愛さに――可愛いが過ぎるヤツになってしまったんだ!!


 それに比べて、俺は……。今ではニコイチの面影が見えない程、モブな成長を遂げちまった。個性の欠片もない。十把一絡げ、背景エキストラそのものな、きっちり着た詰襟の学ランが嵌り過ぎる姿でしかない。


 こんなに差を付けられたままじゃあ、ニコイチの座に返り咲くことなんて出来ない……! ならば大学は華の有る有名校に! そして、きっちり学ランモブじゃなく、個性あるメイン男子になって、アイツのニコイチの座に返り咲きたいんだ!!


 そんなわけで、確実に志望校に受かるための一押しである「生徒会長」の称号が、俺には必要だった。


 だから、負けるわけにはいかないんだ!









 俺とアイツの一騎打ちとなった生徒会長選挙。その結果は、僅差で俺が勝利した。


 アイツを良く知らないやつでも見た目の華に惹き付けられ、付き合ってみれば思い遣り深く面倒見のいい性格に益々好感を持ってしまう。そんなアイツだから、生真面目さと勉強くらいでしかアイツに勝てない俺は、本当にやばかったんだ。


 選挙結果の出たその日。偶然アイツと帰宅時間がかぶった。


 なんとなくバツが悪くて、アイツも同じだったのか、2人とも黙りこくったままで。並ぶこともなく微妙に距離を取って歩いていたけど、家の前までやって来たところで、俺は思い切ってアイツの前に回り込んだ。


 アイツは、怒った様でも、泣きそうな様でもある表情で、じっと俺のことを睨んできた。


「なぁ、昔からの付き合いで、俺のダメなところも、やりたいことも分かってるくせに、何で俺が立候補した後で、わざわざ対立候補になったの?」


「君の邪魔をするためだよ。生徒会長になろうとしたのは、大学推薦のためだろ? だからさ」


 目元を赤くして、俺のことを睨みつけて来るアイツはとっても悔しそうだ。けど、待て。俺が大学推薦への内申点稼ぎのために立候補したのが分かってて邪魔をしたって言ってないか?


「ひっでぇな、落ちればいいって?」


 憎まれ口を叩き合うことは腐るほどあるけど、それでもここまで続いた仲だし。本気で俺の志望大学ゆめを邪魔するはずがない――そう信じたくて、わざとおどけた口調で言ってみた。


 いつもなら、さらに悪口で返してくる時だって、睨み付けながらも口元はニヤリと笑っていたりするのに。


「そうだよ」


 真顔で目も合わせずに、一言だけ告げたアイツは、さっさと家へ入って行った。


 嘘だろ? マジか……。本気で嫌がらせされるくらい、嫌われてたのか? いつの間に……。




 じゃあ、俺は何のために、あの大学に行こうとしているんだろう――








 それから、俺とアイツの何となくギクシャクした空気感は変わらなくて。生活する距離は変わらないのに、気持ちの距離はぐんと離れてしまっていた。


 推薦入試の校内選抜を無事勝ち取ったある日――2年生の時に俺とアイツとの関係を聞いて来た女子に、告白された。


「あの子のこともあるし、ずっと、2年の時から迷ってたんだけど。大学に行って離れ離れになる前に、どうしても言っておきたくって」


 そう言われたけど、離れるかもしれない時が迫ってる今になって、何でわざわざ言ってくるんだろうって首を傾げてしまった。ちょっとだけ言葉に出てたかもしれない。


「鈍いって言われるでしょ?」


 目元を赤くしながら、大きくため息を吐いた彼女には悪いが、イケメンでもない俺にそんな女子絡みのスキルを求められても困る。辛うじて、何やら俺が彼女の恋心に対して思わしくない反応をしたんだろうな・と理解するのがやっとなんだからな。


 それに俺は、志望大学を決めた「一番の理由」がワケも分からないうちに砕け散っていたんだ。それで一時は、色んなものがどうでも良くなりかけもした。けど、獲ってしまった生徒会長の肩書が俺に次々に仕事を運んで来たお陰で考え込む間もなく、やるべき仕事をこなして進み続けることが出来た。ホントは胸の中に何も無くなったのかと思うくらい、全部にテンションが上がらなくなっていたんだけどね。


 それでも時間は待ってくれないから、止まることが許されない受験生の俺は、これまでの夢の「通過点」を「目標」に切り替えて、進み続けて来たんだ。


 今は何も考えずに、ただ目標の大学に受かりたい。


「だからごめんね」


 つらつらと、取り留めなく彼女に話した気がする。


「やっぱりね。それがあなたの答えなんだよね」


 寂し気に、けど今度は笑って、彼女は去って行った。


 何が彼女を納得させたのかは分からないけれど、俺の高校生活の山場はあれだったのかもしれない。その後は受験の大波小波が次々に到来して、俺の高校生活は終わった。




 無事に志望大学合格を果たした俺が、郷里を離れるその日――

 出発する電車のホームに、彼女がアイツを連れて見送りに来た。


 たまに彼女から話しかけられることはあっても、アイツとは碌に話すことも無くなっていた。だから、はっきり言ってこの見送りは驚き以外の何物でもなかった。


 いかにも不承不承で不貞腐れた様子だけど、彼女に腕を引かれてではあるけど。


 もしかしたらアイツも……


 そんな淡い期待を抱いた。


 けど、彼女に背中を押されてよろめきながら一歩、俺に踏み出したアイツはやっぱり視線も合わせようとしなくて。


「はなしたくない」


 それだけ言うと口を噤んでしまった。彼女が「困った子よね」なんて苦笑していたけど、俺には全く笑えなかった。最後の最後で、傷口に塩を揉み込まれた最悪な気分だった。






 希望した通りの大学に進んだ俺は、望み通りちょっとだけモブじゃない自分に進化した。


 そのまま無事大学を卒業し、就職も決まった。Uターン就職だった。


 大学に通い続けた4年間、不貞腐れたアイツを忘れたことは無かった。現実の距離をとって互いに気持ちが落ち着いたお陰か、俺とアイツはまた少しづつ連絡を取る様になっていた。以前みたいに、いつも顔を合わせては喧嘩したり、訳もなく一緒に行動するようなニコイチの関係ではなくなったけど、適度に距離を取りつつも繋がっていられる関係に、少しだけ気持ちが安らいだ。


 けど、ニコイチだったアイツとの距離はもどかしくも寂しくて、俺は卒業と同時に一人暮らしの部屋を引き払い、地元へ戻って来た。




 今度も、電車のホームには、俺の家族と一緒にアイツもいて――


 けど今度は、電車から降りた俺にアイツの方からそっと近付いて来てくれた。


 どれだけか振りに見た、にこりと笑った顔はやっぱり可愛すぎた。どれだけ憎まれ口を叩かれたところで許せてしまえるし、ニコイチでずっと一緒に行動していたからか、そこにアイツが居ないことが寂しい。重症な自分に、この4年間の距離が気付かせてくれた。


「やっと戻って来た」


 唇を尖らせて言いながら、どこか不敵にニヤリと笑い掛けてくる。何か企んでいそうだと思いつつも、つられて笑いかけたところでアイツはそのままくるりと背中を向けて立ち去ろうとする。


「おい!」


 思わず俺はアイツの腕を掴んで引き寄せていた。


 くるりと振り返ったアイツは、目元を赤くして、俺のことを睨みつけている。あの時、俺が生徒会長になるのを邪魔するって言った時と同じ表情だった。


「ボクは君に背中を向けられて、ものすごくショックだった。離れて欲しくなかったのに。ちょっとはボクの気持ちを思い知ったかい?」


 どうやら、生徒会長就任を邪魔しようとしたのは、俺の県外行きを阻むためだったらしいと今更ながら気付いた。だけど、あのときのまんまの俺だと、自分に自信が無さすぎて堂々と一緒に居られる気はしなかった。


 言い訳かもしれないけど、一緒に居るために必要な時間と距離だったんだと思う。


「自信の持てない俺を、待っていてくれてありがとう」


 想いを込めて、ようやく告げた言葉は、4年の頑張りの成果もない格好の悪いものだった。だけど、もう気持ちに嘘はつきたくなくて真っ直ぐに伝えた。


 アイツは、泣きそうに目元を顰めて、けど口元はモゴモゴさせながら、なんとか笑みの形にして――


「今度は、放さないで・よね」


「ったりめーだ」


 お互い同じくらい不格好な言葉で


 それでも今度は、勘違いすることなく――気持ちが通じ合ったと思う。

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